進次郎氏の
こども保険』って何だ?

6月9日に閣議決定された、ことしの「経済財政運営と改革の基本方針」、いわゆる「骨太の方針」に盛り込まれた、一つの項目が注目を集めています。「幼児教育や保育の早期無償化」です。

段階的に進められてきた幼児教育と保育の無償化を「早期」に実現すると明記しました。財源確保の具体的な手段として、自民党内で有力視されているのが、小泉進次郎衆議院議員らが提唱した「こども保険」です。

しかし、これには異論もあります。今後、財源をめぐる議論が活発になることが予想されるのを前に、「こども保険」を考えるに至った背景などを、政治部・山本雄太郎記者と経済部・後藤匡記者が聞きました。

少子化=静かなる有事

ことし3月末の自民党本部。自民党の小泉進次郎衆議院議員らは記者会見し、幼児教育・保育の実質無償化を実現する新たな社会保険制度の構想を発表しました。「こども保険」の創設です。

今回、小泉氏に取材すると、日本が直面する「有事」に対応するためだと説明しました。

「『今そこにある危機』と感じるものは、政治も世の中もすぐ動くんです。でも、少子化ってあまり実感がないものなんですよ。日常生活で子どもの姿を全く見ないとか、そういったことではないですから。『1年間に国内で生まれる子どもが100万人を切ったね』と言われても、規模感も大きいですし。そういう意味で、少子化の問題は、日本の『静かなる有事』だと思うんです」

狙いは“違和感”

「こども保険」という聞き慣れない言葉。自民党の議員の中からも、「『こども保険』って何?」という声が相次ぎました。

しかし、これこそ、小泉氏が意図していたことだったようです。

「“違和感”が必要なんですよ。『うん?』って思わないと、議論にならない。もっともらしい難しい言葉で、長ったらしい名前をつけたら、たぶんここまで議論にならなかったと思います。賛否も含めて、ここまでの議論が巻き起こった理由の1つは、このネーミングのおかげだと思っています。ですから、ここまでは、『こども保険』でよかったと思いますね」

「こども保険」とは?

では、小泉氏が考える「こども保険」とは一体どのようなものなのか。おおまかに言えば、「保険料を徴収して、子育て支援に使う」ということです。

保険料を支払うのは、働いている人と、その勤め先の企業。こどもがいる、いないにかかわらず、今の厚生年金や国民年金の保険料に上乗せする形で徴収します。

負担する保険料は、働いている人も企業も、まずは、毎月の給料の0.1%ずつ(国民年金加入者は月160円)。その後、この割合を0.5%まで(国民年金加入者は月830円)引き上げるのが目標です。

試算では、保険料率を0.5%まで引き上げると、集まる財源は1兆7000億円。従来の児童手当とあわせると、幼児教育・保育を実質無償化できるというわけです。

「保険というのは明確なんですよ。『このために集めて、このために使います』。これは保険の大きなメリットです。『これは本当に保険なのか』と批判されることもありますが、さまざまな形の社会保険があると思うし、保険制度を活用した在り方は真剣に検討されるべきだと思います」

消費税に逃げるな!

しかし、社会保障制度を支える財源の本筋は、やはり「税」。永田町でも、社会保障を支える財源として、「消費税の引き上げ」が幾度となく議論されてきました。それをぶつけると、小泉氏は「消費税による財源確保は、政治的に現実的ではない」と、極めて明確に答えました。

「もちろん、税も考えましたよ。ただ、少子化対策は待ったなし。悠長なことは言ってられないんです。新たな子ども向けの財源を消費税で集めようとすると、消費税率は11%以上に引き上げる必要があります。

しかし、8%まで消費税率を上げるために、何年かかり、いくつの政権を必要としたでしょうか。いつできるかわからない財源をあてにした少子化対策は無責任です。僕は消費増税は不可避だと思うけど、消費税は『増税されて、これが良くなった』という成功体験が国民にないんです。

その理解を得なければ10%以降の話はできないと思うんです。
それを考えても、この待ったなしの状況で、消費増税をあてにした議論はできません。政治的に現実的ではないんです。よく『消費税から逃げるのは無責任』だとか、『消費増税から逃げるな』と言われるんですが、むしろ、『消費税に逃げるな!』ということを言いたいんです」

「こども保険」は議論の始まり

一方で、「こども保険」は、さまざまな課題も指摘されています。

「サラリーマンや企業だけが保険料を負担し、高齢者が負担しない仕組みで『全世代型の社会保障』と言えるのか」
「子どもがいない家庭や子育てが終わった家庭は、保険料を支払う“納得感”を得られないのではないか」
「現金給付ではなく、現物の支給やサービスの充実を優先すべきではないか」

実際、経団連は「働く世代や企業にのみ負担を求めるのは著しくバランスを欠く」と批判したうえで、「新たな税財源を確保すべきだ」と指摘しています。

こうした指摘をどう考えるか聞いてみると、小泉氏から逆質問を受けました。

「山本君と後藤君なら、どう考える?」突然の質問に、「う~ん…」と考え込んでしまった私たち。

すかさず小泉氏は、「という議論を巻き起こしてほしいんだよね」と言葉に力を込めました。今回のような議論が巻き起こることこそ、「こども保険」がもたらす一つの効果だと説明します。

「高齢者に負担を求めていくべきという声があるのは事実です。それも含めて、『こども保険』の原案に足りないところ、理解を得られないところをどう乗り越えていくか。知恵はこれから出しようがあると思います。

『私ならこうする』という形で、いろいろなアイデアをたたきあってもらって、いちばんいい形になってほしい。

僕は、頭をがちがちにして、『保険とはなんぞや』とか、そんなことを言っているわけじゃない。子どもたちのために、社会全体の利益のために、国は本気だということを見せて、結果を出す。僕が見ているのは、そこだけです。決まっていることをやり続けることが政治だったら、政治家やらないです。政治家は行政マンじゃないですから」

保険制度に異論も

「こども保険」のような社会保険制度での財源確保を疑問視する人もいます。その1人、財政や社会保障のエキスパート、明治大学の田中秀明教授です。

田中教授は、「理念として、無償化自体を否定するつもりはないし、小泉氏が問題提起をしたことについては評価している」と話しました。

 

一方で、「中身については非常に大きな問題がある」と指摘。

「『保険』というのは、“誰も”が負っているリスクがあって、それに対してみんなでお金を拠出して助け合いましょうと。年金なら長生きのリスク、医療保険なら病気になるリスク。でも、子どもについては、持たない・持てない人にとっては、リスクゼロなので、彼らには拠出する道理がありません。それから、最大の問題は、保険料は逆進性が強いことで、高所得者ほど負担率が低くなり、低所得者にとって、より保険料負担が厳しくなることです」

消費税がダメなら所得税で

そのうえで、田中教授は、一般財源、とりわけ消費税や所得税の増税で財源を確保すべきだと主張します。

「消費増税に時間がかかるという小泉さんの主張はわかるが、だからといって保険料が次の選択肢なのか大きな疑問です。なぜ所得税ではダメなのか。所得税は累進的なので、所得の高い人が多く負担します。また、保険料と比べれば、所得税の方が負担を免除される人が多いので、低所得者の負担は低いです。

それから、保険料はほぼ毎年引き上げられ、その総額は60兆円を超え、今や所得税や住民税などの所得課税の倍以上です。われわれも、給与明細を見て保険料の高さを感じていると思いますが、それをさらに引き上げるのでしょうか。

東日本大震災の際に、復興のための費用を、所得税に上乗せする形で負担しましたが、なぜ子どものためにそれができないのでしょうか。

子どもの育児のためには財源が必要です。まずは、医療費などの効率化。そして、それなりの増税は不可避で、『なぜ所得税ではダメなんですか』、『所得税より保険料が優れているのか』というのが最大の論点です」

取材を終えて

「こども保険」をめぐる政府・自民党内での動きについて、小泉氏は、「新しい保険をつくるというとんでもないことが、異例のスピードで進んでいる」と分析しました。

2065年には高齢者1人を1.24人の現役世代で支えることになるという、日本が直面する「静かなる有事」が、「異例のスピード」の背景にあることは間違いありません。

一方で、小泉氏が持つ“発信力”が追い風になっているという面もありそうです。小泉氏と田中教授は財源を確保する方法論は異なりますが、老後の生活を支えている年金や医療、介護などと同じように、子育ても社会全体で支えなければいけない時代に来ているという認識では一致していました。

日本の社会保障制度は、まさに薄氷を踏むがごとしで、高齢化による医療費や介護費の増大も避けられそうにありません。

「イノベーションは、やってみたら生まれちゃったということも結構ある。いちばんよくないのは、何もやらないリスクだ」とは小泉氏。

「骨太の方針」には、財源を確保する方法について、「年内に結論を得る」と明記されています。「こども保険」がどうなるのか、政府・与党内で行われる、来年度の予算編成に向けた議論から目が離せません。

政治部記者
山本 雄太郎
2007年入局。山口局勤務を経て政治部。
経済部記者
後藤 匡
平成22年入局。松江局から経済部へ。現在、財務省・内閣府を担当。