員なのに、投票できない

「党員を大事にするなら、党員投票を行うべきだった。なぜやらないのか」
国会議員票と地方票で争われる自民党総裁選挙。
今回は、緊急事態として本来の「党員投票」は見送られ、各都道府県に地方票3票が割り当てられた。
本来の投票ができないことに地方からは不満の声も上がり、多くの地域で党員の投票に道を開く「予備選挙」が行われることになった。
慌ただしく対応に追われる地方組織の舞台裏に迫った。
(鵜澤正貴、眞野敏幸)

予備選挙とは

今回の総裁選挙は、国会議員票394票と各都道府県連に3票ずつ割り当てられた地方票141票の合計535票で争われる。
本来なら全国の党員の投票は394票に換算され、国会議員票と同じになる。つまり、地方の党員の票は、国会議員と同じ重みを持つ規程となっているのだ。
本来の党員投票は見送られたが、地方票3票をどう使うかは各都道府県連の決定に委ねられた。そこで、各地で党員の投票が反映される予備選挙が行われようとしているのだ。

しかし、通常の総裁選挙に比べて地方票の占める比重は減り、選挙期間も短い――

党員との約束が守れない

「党員を大事にするのであれば、本格的な党員投票を行うべきだった。やろうと思えばできることをなぜやらないのか」

こう語るのは、国会議員票で優位に立つ菅官房長官の地元、神奈川県連で幹事長を務める土井隆典・県議会議員だ。


党員投票に代わる予備選挙を行うことになった神奈川県での総裁選挙管理委員会の委員長でもある。

神奈川県連は、総裁選挙が党員投票を省略して行われることが決まる前、党本部に通常通り党員投票を実施するよう声を上げた。

それはなぜか。

党員を集める売り文句が「総裁選挙に投票できる」だからだ。
党員投票がなければ、「せっかく党員になったのに、投票できないじゃないか」と言われかねない。現にそのような声は聞こえているという。

全国の対応は

今回、通常の党員投票は見送られたが、44の都府県連では地方票3票を割り振るための予備選挙が行われ、党員が投票して意思を表明する機会は確保された。
36の府県連では得票数に応じて3票を配分する「ドント方式」を採用。
一方で、東京や神奈川、埼玉、千葉などでは、1位の候補者に3票を割り当てる「総取り」の方針だ。

他に北海道と新潟県では予備選挙ではなく、意向調査やアンケート調査を行い、判断の参考にするという。
秋田県は予備選挙や調査を行わず、国会議員や地方議員が協議して決めるとしている。

4000円の見返り

神奈川県連幹事長の土井は、おもむろに胸ポケットから名刺入れを取り出し、あるカードを見せてくれた。
「これが党員証。毎年、4000円で届くよ。20年継続すると、功労党員証というのももらえるんだ」

自民党の党員になるためには、年間4000円の党費を支払う必要がある。党員の継続や新規募集の声かけは、毎年夏ごろから始め、11月末までには党費を納めてもらうという。
今の時期、まさに地方議員などが党員獲得のために地元を回っている。
神奈川県議会議員や横浜市議会議員は1人あたり200人がノルマで、選挙の際、党から公認を得るための条件にもなっている。

土井は、今も予備選挙ではなく、本格的な党員投票をやりたかったと残念がる。
県連が党本部に党員投票の実施を求めた要請文には、ある一文があった。

『党員ならば自民党の総裁を決める総裁選挙に票を投じることができるという、党員唯一ともいうべき利点を伝えつつ、党員獲得目標達成に向け精励している』

「はっきり言って、党員のメリットはそれしかない。あとは機関誌や安倍首相のカレンダーをもらえるくらいで、それも地域によってはサービスが及んでいないところもある」

「地方で日々、党員と向き合う我々からすると“総裁を選べる党員投票”というのは本当に大切なことなんだ」

自民党に吹く逆風

さらに、ある事件の影響が尾を引いているという。
河井前法相と案里夫妻が罪に問われている選挙違反事件だ。

去年の参議院選挙の前、夫妻のそれぞれの党支部には党本部からあわせて1億5000万円が振り込まれていたことがわかっている。

「『集めた党費の4000円が事件で使われたのか』などという声が党員から上がっている。非常に大きな影響が出ている」(土井 神奈川県連幹事長)

ましてや、コロナ禍の今年は党員の家を訪ね歩くこと自体が難しくなり、活動が遅れているという。
「このままでは党員が離れかねないという危機感がある。我々は11年前に当時の民主党に政権交代を許した時の屈辱を忘れていない。苦しいときも支えてくれたのが党員。党員あっての自民党だ」(土井 神奈川県連幹事長)

意外に低い?党員の投票率

かくして苦労して集められる党員だが、取材の中で気になることもあった。
過去5回の神奈川県内の党員投票や予備選挙の投票率は50%台から60%台前半にとどまっている。

“総裁を選べる”ことが、党員の唯一の利点であるはずなのに、投票率が意外と低いように感じてしまう。

これについて、土井はこう語る。
「一口に党員と言っても関わり方はさまざまだ。『党の役に立ちたい』と言って、事務所のドアを叩いてきてくれるような熱心な人もいれば、名前を貸して下さっているだけという程度の関わりの人も確かにいるかもしれない」

例えば、党員の中には「職域」と呼ばれる、医師会や建設業界など、自民党の支援団体からまとめて加入している人もいる。さまざまなつながりから党員にはなっていても、関わり方が薄い人がそれなりの数に上るのであれば、思ったよりも投票率が伸びないのも理解できる。


神奈川県での総裁選挙管理委員会委員長も務める土井は、こう力を込めて話した。
「どうせ総裁選挙をやるからには党勢拡大につなげなければならない。予備選挙にはできるだけ多くの人に投票してもらい、ぜひ党との関わりを深めてほしい」

“広すぎる”北海道の事情

神奈川県連のように独自の予備選挙を打ち出す県連が相次ぐ中、北海道連は幹部による「協議」で3票の割り振りを決める方針をいったんは固めていた。

ただ党本部は9月1日、党員投票を見送る代わりに、都道府県連に対し予備選挙を促す通知を出していたのだが…。

ある道連幹部が言った。
「予備選挙? しない、しない。できないよ。北海道は広いんだ。時間が足りない」

時間が足りないとはどういうことか。
北海道の面積は8万3000平方キロメートル余り。実に東京都のおよそ38倍だ。


東西500キロ、南北400キロ。その広大さは、桁違いだ。離島も多い。利尻島に、礼文島、奥尻島。日本海には、焼尻島や天売島も浮かぶ。ほかの県連のように、郵便投票での予備選挙と言ってもそう簡単な話ではない。

札幌市内から道内の島に普通郵便で投票用紙となる往復はがきを送る場合、届くまでに3日かかることもある。往復なら6日だ。今回の総裁選は告示から投開票までわずか1週間しかない。

道連幹部はこう言う。
「予備選挙なんてやるには日数が足りないんだよ。そんなことは北海道の議員なら誰でも知っている。残念ながら、党員に意見を聞くなんて時間は北海道にはない。投票先は道連の役員会で決める」

苦肉の策

「北海道連、投票先は役員会で決定」
原稿を書きかけていた、その矢先だった。
「やはり党員に、往復はがきを使って投票先を書いてもらうことにした。対象は道内3万8000人の全党員・党友だ」
連絡してきたのは、道選出の国会議員だった。
往復はがきは告示前日の7日に発送。集計結果を13日にまとめるため、前日の12日必着とすることを決めた。告示日から締め切りまではわずか5日。物理的に間に合わない人が出てくることも予想される。

その国会議員は予備選挙ではないと強調した。
「もちろん予備選挙としては間に合わないだろう。選挙ではなく、あくまで『意向調査』とする。党員の意見を反映させるために、そういう措置をとることにした」
別の道連幹部も言った。
「党本部は『可能な限り党員・党友の意見集約に努めるように』と通知してきた。何もやらないわけにもいかなくなった」
北海道ゆえの苦肉の策だった。

予備選挙と何が違う?

公平な予備選挙にならないから、意向調査にするとは言うが、では、その「意向」をどうやって道連が持つ3票に反映させるのか。
道連関係者は、頭を悩ませていた。

「予備選挙と同じような扱いとし、集計結果を尊重すべきか。あくまでも参考意見として役員に一任とするのか。しかし、意向を聞いておいて、役員だけで投票先を決めるなどということが許されるのか…」
7日に行われた、北海道連の役員会は紛糾した。

「今からはがきを出しても、締め切りまでに返ってくるのは2割、3割になるかもしれないぞ。それを『党員の意向』としてよいのか」
そんな意見も出た。
結局、3票の行方は意向調査の結果に加え、地方議員の意見なども総合的に勘案し、最終的には役員会で決めることになった。

自民党員は全国で約108万人。果たして地方票の結果は党員の民意を反映したものになるのだろうか。
(文中敬称略)

報道局選挙プロジェクト記者
鵜澤 正貴
2008年入局。秋田局、広島局、横浜局を経て18年から選挙プロジェクト。
札幌局記者
眞野 敏幸
新聞記者を経て、2019年入局。札幌局で道庁・道議会、自民党の取材を担当。