理めざす3人の違いは

安倍総理大臣の後任は誰か。
8日に告示された自民党総裁選挙には、元幹事長の石破茂、官房長官の菅義偉、政務調査会長の岸田文雄、の3人が立候補した。
与党第一党の党首は、すなわち総理大臣。当選者は、第99代の総理大臣に就任する。
党首選びといえども、自民党員だけの話ではない。3人の違いを政策面から探った。

安倍政権との距離感は

今回の総裁選挙で焦点の1つになるのが、7年8か月の憲政史上最長となった安倍政権を継承するのか、転換するのかだ。3人のパンフレットからは、安倍政権との距離感が読み取れる。

石破は幹事長、地方創生担当大臣と政権の要職を務めた。4年前の2016年に閣外に出てからは、安倍とは距離を置いてきた。「納得と共感。」を強く打ち出している。森友学園や加計学園を巡る問題などでは、政府に説明責任を果たすよう求めてきた。「納得と共感」が得られなければ、1強状態の自民党も、国民からの支持を失いかねないと警鐘を鳴らす。新しい時代に生き残るためには「グレートリセット」して、国民の納得と共感を得ながら、この国の設計図を書き換える必要があると訴える。

「国民を信じない政治が、国民から信頼されるはずはなく、誠実に、謙虚に、真正面から逃げることなく訴え、国民の納得と共感のもとに政策を実行することが、次の時代に課せられた責任だ」(1日 立候補表明会見)

菅は第2次安倍政権発足以降、一貫して官房長官を務め、屋台骨として政権を支えてきた。パンフレットには、キーワードに位置付ける「自助 共助 公助」とともに、菅の署名入りで立候補会見での発言内容が添えられている。立候補表明の記者会見で打ち出した、安倍政権の継承だ。

「国難にあって政治の空白は決して許されず、一刻の猶予もない。安倍総理大臣が全身全霊を傾けて進めてきた取り組みを継承し、さらに前に進めるために、持てる力をすべて尽くす覚悟だ」(2日 立候補表明会見)
パンフレットに並ぶ政策も、これまでの実績や今の政府の方針が多くを占める。

岸田が大きく掲げた「分断から協調へ」というスローガンには、微妙な立ち位置がにじむ。外務大臣、政務調査会長と、安倍政権では要職に起用され、安倍を支えてきた。前回2年前の総裁選挙では、直前まで立候補を模索したが、最終的には安倍の支援に回った。安倍からの「禅譲」を期待したという見方も出ていたが、今回、安倍から明確な支援は得られなかった。安倍政権で進めてきたことは評価し、成果を土台としながら補完、修正していく立場を取る。

「大きな成果が上がったが、どんな政策も10年、20年と通用するほど甘いものではない。時代は変化しており、その変化に対応していかなければならない。新たに浮かびあがった課題にしっかり取り組みたい」(1日 立候補表明会見)

アベノミクスから、〇〇ミクスへ

安倍政権の看板政策といえば、アベノミクスだ。デフレからの脱却に向けて、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の「三本の矢」を打ち出した。このアベノミクスをどう評価し、今後どうするのかも、総裁選挙の注目点だ。

菅は、株価も約8000円から2万3000円前後まで上げ、雇用も増やすこともできたと実績を示した上で、「アベノミクスをしっかりと責任をもって引き継ぎ、さらに前に進めていきたい」と強調する。“異次元”の金融緩和を行ってきた日銀との関係についても、「総理と同じように進めていきたい」と維持する方針を示した。
地方の経済を活性化させるために打ち出しているのが、地方銀行の再編だ。「地方銀行は数が多い」と口にしていて、人口減少の中で、経営環境も厳しくなるのは避けられないとして、経営基盤を強化するために、再編も選択肢の1つだとしている。

政調会長として、安倍政権の経済政策にも関わってきた岸田。アベノミクスでGDPが拡大し、雇用が改善されたことは実績として評価している。
一方で、成長の果実が大企業や富裕層にとどまり、中間層や中小企業や地方にまで届いていないという指摘があることに言及。子どもの貧困が話題になるなど格差の問題が生じているとして、新たに浮かび上がった課題に取り組むとしている。中間所得層を重視した経済政策を進めるとして、最低賃金の引き上げに加え、教育費や住宅費の負担軽減策に取り組むと訴える。

石破も、株価や企業の利益は上がったが、低所得者の所得を上げることは十分に実現できておらず、アベノミクスは軌道修正が必要だと指摘する。所得格差が固定化されたとして、低所得者や子育て世代への支援を拡充することを打ち出している。
人口減少が進む中で日本経済を維持するためには、潜在力が高いものの、まだ十分いかしきれていない地方や中小企業、第1次産業や女性などの生産性をあげていくことが不可欠だと主張。地域分散と内需主導型経済への転換を目指すとしている。

新型コロナ対策

目下、最大の課題は、新型コロナウイルスへの対応だ。いかに感染拡大を封じ込め、経済社会活動と両立させていくのかが問われている。来年に延期された東京オリンピック・パラリンピックの開催が実現できるのかにも大きく関わることになる。

3人とも最優先に取り組むことに掲げていることには変わりない。その中で論点の1つとなっているのが、新型コロナ対策の特別措置法の見直しについてだ。与野党からは、休業要請などの実効性をあげるため、「強制力がともなうようすべきだ」とか、「要請に応じた事業者に補償すべきだ」などの意見が出ている。3人はどう考えているのか。

菅は、まずは感染の収束に全力を挙げるべきだとして、従来の政府の見解通り、感染の収束後に特措法見直しの検討を本格化させたいという立場だ。

これに対し石破は、「早く収束させるために、どうするかという考え方もあるはずだ」として、速やかに見直しに向けた議論を始めるべきだと主張している。

岸田も「自粛要請に応じるか、応じないかで不公平感がある」と指摘し、強制的な措置を可能とすることも含め、法改正に向けた議論を進めるべきだとしている。

このほか、菅は、感染防止と経済の両立を図るため、「Go Toキャンペーン」を推進する考えを示す。
岸田は、医療機関の経営が深刻な状況であるとして、財政面での支援の充実を訴えている。
石破は、家計を支えるため税負担の軽減を含む経済的支援を主張している。

消費税は

新型コロナの影響が長引き、日本経済への打撃は深刻さを増している。ことし4月から6月までのGDP=国内総生産は、リーマンショック後を超える最大の落ち込みとなった。消費を喚起するために、野党側からだけでなく自民党内からも、消費税を一時的にゼロにすべきだという声もあがっている。消費税の減免はあり得るのか。3人の考えを見てみる。

菅は、収入が減少した事業者には消費税の納税猶予の措置はとっているものの、「消費税自体は、社会保障のために必要なものだ」と否定的な考えを示している。消費税収を活用した幼児教育や高等教育の無償化などを進める考えだ。

党内では財政再建論者と見られている岸田も、「基幹税である消費税を引き下げた場合、終息後に、平時の状態に速やかに戻すことが難しくなる」と指摘し、否定的な考えを示している。財政や金融での支援で、対策を進めるべきだという立場だ。

石破は消費税にほとんど言及していない。コロナへの経済対策として、「家計を支えるため税負担の軽減を含む経済的支援」と打ち出している。具体的にどの税か、明らかにしていない。

外交で存在感示せるか

7年8か月にわたり総理大臣を務めた安倍は、80の国と地域、のべ176の国と地域を訪問。国際的な存在感を示してきた。中でもアメリカのトランプ大統領とは個人的な関係を構築し、日米同盟はこれまでで最も強固だとも言われた。一方で、北朝鮮による拉致問題や北方領土問題などでは、解決の道筋は見出せないままだ。安倍のあと、外交面で存在感を示せるのだろうか。

歴代最長の4年半余りにわたって外務大臣を務めた岸田。外交経験も豊富で、強みの1つだ。アメリカの現職大統領として初めて、オバマ大統領の被爆地・広島への訪問にも力を尽くした。
広島が地元でもある岸田。核軍縮はライフワークだとして、核兵器のない世界を目指すという大きな方向性に向けて取り組む考えだ。外務大臣の経験も生かし、日本の科学技術や文化・芸術を生かした「ソフトパワー外交」を打ち出している。

拉致問題担当大臣も兼務している菅。立候補表明の会見では、安倍との出会いは拉致問題を通じてだったと明らかにした。問題解決のためには、ありとあらゆるものを駆使してやるべきだという考えは安倍とも同じだと強調。「北朝鮮のキム・ジョンウン朝鮮労働党委員長とも、条件をつけずに会って、活路を切り開いていきたい」と決意を語った。
菅は、日米首脳の電話会談には、すべて同席してきたという。日米同盟を基軸としながら、近隣諸国とも関係を作っていく今の日本の立ち位置は変えるべきではないというスタンスだ。

石破は安倍外交について、「アメリカのトランプ大統領や、ロシアのプーチン大統領との関係など、外交関係が強化された」と評価。首脳個人の信頼関係を、政府と政府、国民と国民の関係に広げ、日米同盟や日ロ関係の強化などに取り組みたいとしている。
拉致問題の解決は、安倍政権で実現できなかった大きな問題の一つだとして、ピョンヤンに連絡事務所を設置するなどして主体的に取り組む考えだ。

政治への信頼は

森友学園や加計学園の問題、「桜を見る会」をめぐる対応は、内閣支持率低下の一因ともなり、自民党内からも、「長期政権によるおごりやゆがみの象徴だ」という指摘が出ていた。森友学園をめぐる問題では、財務省で決裁文書が改ざんされるという前代未聞の事態が発生した。真相を解明するため再調査を求める声もあがっている。

石破は「総理の言うことは、信用できる、共感できる、納得できる、そう思ってもらえなければ、政権なんか担う意味はない」と言ってきた。国民から疑念が上がる以上、説明責任を果たすべきだと主張する。国会として調査を行う方法もあるという考えも示している。

岸田も、納得しない国民がいる以上、説明を続ける必要があるとして、政府に対応を促してきた。政治姿勢については、こう強調する。
「低姿勢でもなければ、高姿勢でもない。正しい姿勢、正姿勢の政治を進めていきたい」

立候補表明の会見で、こうした問題を問われた菅。森友学園をめぐる問題については、財務省で関係者が処分され、検察の捜査も行われて、既に結論が出ていると強調した。公文書の管理も含め、法令や規則に基づいて適切に対応していくと繰り返す。

憲法改正は

安倍が強い意欲を示してきた憲法改正。自民党の党是でもある。
安倍政権下で、与党と憲法改正に前向きな勢力が、衆・参ともに改正の発議に必要な3分の2の議席を占めた時期もあったが、国会で具体的な議論には至らなかった。
憲法改正に、3人はどう向き合うのか。

3人の中で一番明確に考え方を示しているのは石破だ。党草案による憲法改正を目指すとしている。注目すべきは、改正内容を「党草案」としていることだ。安倍政権のもとでまとめられた、自衛隊の明記などの4項目ではない。自民党が野党時代の2012年にまとめた、9条を改正して「国防軍」を保持するなどとしたものだ。よりハードルが高いような気もするが、石破は「国民の理解を得つつ、真正面から向き合う」と述べる。

菅は立候補表明時に、安倍から引き継ぐものの1つとして憲法改正に言及した。打ち出した政策にも「憲法改正にも取り組みます」と記されている。自民党がまとめた4項目のたたき台に基づき、国会の憲法審査会で与野党の枠を超えて建設的な議論が行えるよう、挑戦していきたいとしている。

岸田も「時代の変化に対応した憲法改正を、国民の理解を深めつつ、国民とともに目指す」としている。党内ではハト派と目される岸田は、かつて9条の改正は当面考えないとしていたが、徐々に前向きな姿勢を示すようになり、去年秋からは「自衛隊の明記」など4項目の党の改正案を説明に地方行脚を始めていた。「ポスト安倍」レースで安倍の支援を期待したい思惑があったものとみられる。「もし私が政権を担うことになったとしても、しっかり取り組んでいきたい」と語る岸田。4項目の改正案の実現に取り組む考えだ。

カラーは出ているか?

最後に3人のこだわりを見てみたい。独自のカラーが出ているだろうか。

初代の地方創生担当大臣を務めた石破は、地方の活性化を強く訴える。視察や講演で地方を訪れ、人一倍、現場を見てきたという自負がある。

新たに「東京一極集中是正担当大臣」を設け、農林水産業や中小企業の振興とともに、遠隔医療や自動運転、ドローン技術の導入を地方から始め、今世紀中頃までに約300万人の地方移住を実現させることを目指すとした構想を打ち出している。

菅が訴えるのは、携帯電話料金の引き下げ。第1次安倍政権で総務大臣を務めて以来、問題意識を持ってきた。上位3社が市場のほぼ9割を占める状態が続き、諸外国と比較しても高い料金を維持し、約20%もの営業利益を上げていると指摘。おととし、「携帯電話料金は、4割程度引き下げられる余地がある」とも発言した。

事業者間で競争がしっかり働く仕組みを徹底をしていくと主張する。そして、こう力を込める。
「行政の縦割りを打破し、既得権益を取り払い、悪しき前例主義を排し、規制改革を全力で進める。国民のために働く内閣を作りたい」

岸田が打ち出すのは「デジタル田園都市国家構想」だ。どこかで聞いたことがある。そう、岸田の派閥の大先輩にもあたる大平正芳総理大臣が掲げた「田園都市国家構想」だ。

都市の活力と田園のゆとりの結合を目指した40年前の構想を、新しい時代に合わせて、最新のデジタル技術やビッグデータを活用したものにリメークした格好だ。5Gを地方から整備するなどして、地方の利便性向上や経済再生を図り、豊かな地方と都市が共存を図ろうと訴える。

知りたいことは他にも

新型コロナによる国民生活への影響が長引く中、どうこの国を導いていくのか。
社会保障は、安全保障は、教育は、エネルギー政策は…。
まだまだ知りたいことは山ほどある。
14日の投票まで、党員だけでなく、国民にオープンで深い論戦を期待したい。
(文中敬称略)