ストコロナを生き残れ

新型コロナウイルスで、私たちの生活は大きく変わった。在宅勤務、テレワーク…働き方が変わった職場も多い。
改革に後ろ向きと見られがちな地方議会も例外ではない。旗振り役に話を聞くと、逆境をチャンスにつなげようとする小さな自治体の生き残り戦略が見えてきた。
(立石顕、桜田拓弥)

小さな町で全国初の…

日本百名山の1つ、磐梯山の麓に広がる福島県磐梯町。


夏は登山、冬はスキーと観光が主要産業の人口約3400の小さな町の議会で、今月、ある実証実験が行われた。

部屋に入ってくる議員の手元にはA4サイズより一回り大きな真新しいタブレット端末。


本来は1つの部屋で行う委員会の議論を、この日はあえて2つの部屋に分け、オンラインでつないだ。

「聞こえますか」「もう1回返事お願いします」「一応これテイク1で…」慣れない画面越しでの議論に、年配の議員たちはやや緊張した面持ち。
それもそのはず。わずか2週間前に、初めてタブレット端末を触った議員もいるのだ。

実験とはいえ、これは正式に議事録が残る委員会での質疑。実は、全国で初めての試みだ。
離れた場所からでも参加できる議会を実現しようーこうして磐梯町議会は新たな一歩を踏み出した。

オンライン化で町を変える!

議会のオンライン化を提案したのは佐藤淳一町長(58歳)。

全国で高級旅館などを展開する星野リゾートで東京営業所長などを務めた経験を持つ。サラリーマンの時、力を入れていたのが、顧客満足度を調べるためのオンラインでのアンケートだった。利用客がどこに満足し、どこに不満を感じたのか、全国から集まる情報を分析して改善に役立てていく手法を、町政にも取り入れられないか。

小さな町だからこそ、デジタル機器の使い方次第で町民との意見交換をきめ細かく行うことができるはずだという。

首都圏の専門家からアドバイスを受け、オンラインによる町政報告会や行政視察に加え、保育園と保護者の情報交換をもっと簡単に行えるようにすることやAIスピーカーを高齢者世帯に配布して見守り活動に役立てることなどを検討している。

町長が目指す姿、それはずばり「オンライン化で町を変える!」


「私が地元の磐梯町に戻った10年前に強く感じたのは、町民と行政、議会の間に距離があるということだった。町長就任前に1期務めた町議時代も、『議員っていったい何やってるの?』という声をよく耳にした。議会をオンライン化していつでもアクセスできるようにすれば、多くの町民が、議員の活動をより身近に感じ、町の行政にも関心を持ってくれるんじゃないか」

「議会」と「会議」は違う!?

新型コロナウイルスの感染拡大で、いまや多くの民間企業では、ZoomやTeamsといったアプリを使って、遠くにいながら会議や打ち合わせを行っている。

授業も就職活動も「オンライン」。家に帰れば友達との飲み会も「オンライン」…ネット環境さえあれば、いつでもどこでも、なんでもできるじゃないかと感じた人も多いはずだ。

しかし、同じことを「議会」でやろうとすると、実はある壁が立ちはだかる。「会議」にはなくて、「議会」にはあるもの。そう、それは法律というルールだ。

「普通地方公共団体の議会は、議員の定数の半数以上の議員が出席しなければ、会議を開くことができない」(地方自治法113条)
この条文の「出席」の定義が、戦後長らく「現に議場にいるものだ」と解釈されてきたのだ。

コロナが追い風に

この法律の適用範囲は本会議だけとされてきたが、慣例として委員会も本会議と同じ扱いとなってきた。

ところが、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、総務省はことし4月、感染予防などを目的に、委員会に限って、オンラインでの開催、つまり、離れた場所からの参加も許されるとした通知を出した。


磐梯町は、1年かけて議会のオンライン化に向けた議論を進める予定だったが、総務省の通知を追い風にわずか2か月で、実証実験ができるところまでこぎつけたのだ。

初の女性議員が感じた戸惑い


この動きをとりわけ歓迎するのが古川綾議員(42)だ。半世紀以上にわたる町の歴史で、5年前、初めての女性議員となった古川は、かつてリクルートで約10年間、広告の営業として働いていた。当時からインターネットの利用が当然だっただけに、議員になって初めて足を踏み入れた地元の町議会の状況に、大きな戸惑いを感じたという。

「議会のホームページも議場の録画配信もない。自分で書いて発信したいからFacebookに議員活動をアップして批判されたこともあった。ネットを使う文化が全くなく、非常にやりにくかった」

オンライン化の議論が進むにつれて、閉鎖的だった議会の雰囲気は確実に変わった。さらに、古川がいま期待しているのは、「議員のなり手の広がり」だ。

2人の小学生を育てながら議員活動を続ける古川。夫は東京での生活が続いている。初めて当選した頃は、まだ子供は保育園通い。急に体調を崩してしまうこともあったという。子供はもちろん大事、でも議会も大事。「家から参加できればいいのに…」そう思ったことは、一度や二度ではなかった。

それだけに、「議員の出席=議場」という議会のしきたりが変われば、出産や育児を抱える世代の人たちにも議員を目指すという選択肢がより身近になるのではないかと感じている。

「環境や状況にあわせてどんな参加手段があるかを選べると本当にいい。議員であるがために出産などできないのはおかしいと思う。女性でも誰でも議員になりやすい環境になって欲しいなと思う」

安易なオンライン化はいけない?

一方、オンライン議会を体験した町の議員からはこんな指摘も。


「年配になると耳が遠くなるし、小さい画面を見ながらだと疲れる。
もう少し老人に優しく簡単な議会があってもいい」(77歳・男性)
「聞き取れないところもあったのでマイクなど設備の改善が必要」(68歳・男性)
慣れない画面越しのやりとりに「顔を見ながら話すのが一番いい」という声も出た。


「安易にオンライン化を進めてしまうと、議会そのものを自己否定してしまう恐れがある」
こう指摘するのは、全国の地方議会を研究している吉田利宏・元衆議院法制局参事だ。

「執行部が出してきた議案を十分に審議せず、また十分に市民の意見を聞かずに多数決を取って可としてしまう議会も多い。オンライン化を進めると確かに議会の手続きは非常にスムーズになるが、そこに目を奪われていると十分な役割を果たしていない議会は、ますます形ばかりになってしまう」

議会出席は「不要不急」?

少し話は横道にそれるが、新型コロナウイルスの感染拡大の中でこんな動きもあった。

「密を防ぐ」ことを理由に、会期を短くしたり、執行部に迷惑をかけないように一般質問を取りやめたりといった議会が相次いだのだ。

見方によっては議会に出席するための外出を「不要不急」と自己否定しているようにも受け取れる。

柔軟な活用で豊かな議論を

オンライン化は議会の質を高めることにつながるのか。


総務大臣や鳥取県知事を務めた早稲田大学政治経済学術院の片山善博教授は発想の転換が必要だと指摘する。
「子育て中の主婦も参加できるし、場合によってはサラリーマンが時間休を取って会社の会議室でオンラインを通じて発言することもできる。そうなれば、議会の議論はもっと活発になるし、市民の意見が反映しやすい形になる。そういう議会に脱皮するといいと思う」

全国に広がる動き

オンライン議会を目指す取り組みは、磐梯町だけではない。


大阪府議会や大阪市議会は、出産や介護を抱える議員がオンラインで委員会に参加できるよう規則を改め、府議会では9月から実施して行く方針だ。


茨城県取手市議会は「民主主義のアップデート」をかかげ、大学や企業と共同で研究を進めている。
全国都道府県議会議長会も、ことし5月、国に対して本会議も含めてオンライン化の実施ができるよう法律の改正などを求める決議をまとめた。

生き残りをかけて

議会を含め、町全体としてオンライン化を目指す福島県磐梯町。牽引する佐藤町長はこう語る。

「議会は、地方に行くほど、その土地の慣習、しきたりに支配されている。法律上は可能なことも、『前例がないから』という一言で議論が終わり、その殻をなかなか破ることはできない。しかし、人口が減り、人材が都会に集中する中で、小さな町が生き残る最大の手段がオンライン化だと思う」

 

小さな町の生き残りをかけて始まった議会のオンライン化。その小さな波紋は、国を巻き込んだ大きな渦となるのか。コロナが生み出す前向きな変化に期待したい。
(文中敬称略)

福島局記者
立石 顕
2014年入局 甲府局 17年から福島局 いわき支局で沿岸の復興を取材。現在は福島県政を担当。
選挙プロジェクト記者
桜田 拓弥
2012年入局 佐賀局、福島局を経て 19年から選挙プロジェクト 各地の地方議会を取材。