ゴルゴ13 テロ対策を説く

世界各地でテロ事件が頻発する中、外務省は、海外に赴任する企業関係者らを対象に安全対策を指南するマニュアルを作成し、ホームページで掲載を始めました。その指南役を務めるのは、人気劇画「ゴルゴ13」。激動の国際情勢下を生き延びてきた主人公が、なぜテロ対策の指南役に起用されたのでしょうか。

指南役は「ゴルゴ13」

「それで、大臣・・・・要点はなんだ・・・」
3月下旬、外務省のホームページに突如登場した「ゴルゴ13」。外務省が、新たに作成した海外の安全対策に関するマニュアルは、むだな会話を好まず、請け負った仕事は必ず遂行する超一流のスナイパーである主人公が、外務大臣からの依頼を受ける場面から始まります。
「ゴルゴ13」は、ことし秋に連載50年目に突入し、今月5日にも最新刊が発売されるなど単行本の発行は184巻にもおよぶ、言わずとしれた国民的な劇画作品のキャラクターで、政界では、麻生副総理兼財務大臣も欠かさず読むなど、大ファンであることが知られています。

なぜ、ゴルゴ13に?

外務省は、「ゴルゴ13」を海外の安全対策の指南役に、なぜ依頼することになったのでしょうか。初回のストーリーで、「高倉外務大臣」が理由を明かしています。この高倉大臣、どことなく、岸田外務大臣に似ているような気もします。

「強いて言えば、東郷さん・・・あなたが臆病・・・だからでしょうか・・・・。そのような人間がこの仕事に相応しい」

臆病であることが安全対策を講じるうえで、どんな役に立つと言うのでしょうか。今回、「ゴルゴ13」に白羽の矢を立てた仕掛け人の一人、外務省邦人テロ対策室の江端康行首席事務官に話を聞きました。

「臆病な人は行動が慎重になります。怖いもの知らずでリスクをかえりみない行動をとるより、慎重に行動するほうが自分を守ることにつながるので、安全対策の上で臆病であることは重要なのです」(江端さん)

また、単に安全対策のノウハウをまとめてマニュアルにしても、難しい文章ばかりが並んでいてはなかなか読んでもらうことが出来ません。江端さんは、知名度も人気も高い「ゴルゴ13」というキャラクターをマニュアルの指南役にすることで、より多くの人にマニュアルに目を通し、安全対策に関する知識を身につけてもらいたいと考えました。

「強烈な個性があって、50年近くも激動の国際情勢の中で生き残ってきた人物。そういうキャラクター像というのが、おそらく説得力があるでしょうし、そういう人から言われれば、ひとは言うことを聞くんじゃないかと思うんですよね」(江端さん)

背景には広がるテロの脅威と日本企業の活動

外務省が安全対策の周知に本腰を入れる背景には、世界の治安情勢が一層、不安定さを増していることがあります。おととし11月にフランス・パリで起きた同時テロ事件では、合わせて130人が犠牲となりましたが、外務省によりますと、この事件に象徴されるように、テロの脅威は今や中東やアフリカ地域にとどまらず、ヨーロッパやアジアなどに広がっているということです。

また、テロの標的として日本や日本人が名指しされるケースも出てきています。テロの脅威が高まる一方で、安い労働力や新たな市場を求めて海外に進出する日本企業は年々増えていて、おととし3月末の時点で、日本から現地拠点に派遣された従業員の数は6万6000人余りに上っています。日本人の活動範囲が全世界に広がる中、被害を防ぐためにはどうしたらよいか。外務省が、真剣に悩んだ結果、「ゴルゴ13」に行き着いたのです。

安全対策1 まずは情報を!

マニュアルは、「ゴルゴ13」の13にちなんで、6月中旬まで週1回、全13回にわたって掲載されることになっています。ここで、ゴルゴ13が厳しく指摘する安全対策のポイントを、まだ掲載されていない場面からいくつかご紹介します。

まず、海外の安全対策を考える上で、何が最も重要か問われた「ゴルゴ13」は、こう答えています。「・・・10%の才能と20%の努力・・・そして30%の臆病さ・・・残る40%は・・・“情報”だろう・・な」

自分ではどうにもならない才能と、みずからの心構えに関係する努力、臆病さを除き、情報の重要性を強調した「ゴルゴ13」。背景には、去年7月、バングラデシュのダッカで起きた人質事件での教訓があります。

この事件では、JICA=国際協力機構の委託を受けて現地で活動していた建設コンサルタント会社の社員など7人も犠牲になりましたが、この事件の1か月余り前、過激派組織IS=イスラミックステートは、イスラム教の断食月のラマダンの期間中のテロを広く呼びかける声明を、インターネット上に公開していました。

これを受けて、外務省は、イスラム過激派組織らによるテロの危険性が高まっているとして、海外にいる日本人に対し、注意を呼びかける情報をホームページ上などで発表。特に注意すべき点として、「集団礼拝の行われる金曜日」や「人が多く集まる場所」などを挙げていました。

事件で襲撃されたのは、金曜日の夜、多くの人が集まっていた飲食店でした。世界各地で発生した最近のテロは、レストランや公共施設、イベント会場などを狙ったものが増加しているといいます。いわゆる、ソフトターゲットと呼ばれる不特定多数の人が集まる日常生活の場が攻撃対象とされるため、いつどこで起きるのか予測が難しくなっている面があります。

このため、現地の治安状況に関する情報を積極的に入手し、その地域で危ないとされる時期や狙われやすい場所などを把握しておくことが安全を確保することにもつながるというわけです。

「日本政府が、海外で起こるテロを防ぐということは当然出来ない。ただ、海外にいる日本人がテロの現場に居合わせないための情報を提供し、皆さんが入手することはおそらくできるんだろうと思うんです。情報を知ることによって、もしかしたらテロの現場に行かない、やめておこうという行動の変化が出てくるかもしれない。その意味で、情報というのは最初のステップとして大事なものです」(江端さん)

マニュアルでは、さらに「情報は変化する。くれぐれも油断は禁物だ」とも指摘。日々変化する治安の最新情報を、常に収集しておく重要さを呼びかけています。

安全対策2 小さな心がけから

一方、海外のホテルでありがちなこんな場面での注意点も指摘しています。1人でホテルに宿泊している女性。ドアの向こう側から声をかけられると、不用意にドアを開けてしまい、見知らぬ男に襲われそうになってしまいます。

しかしそこで危機一髪、「ゴルゴ13」が現れ、男を追い払ったあと、次のように話します。「部屋にいる時は防犯チェーンを掛け、相手を確認してから、ドアを開ける。そんな事は常識だ」 ごく基本的な防犯対策の一つですが、そうした小さな心がけから怠らないよう呼びかけているのです。
「ゴルゴ13」の作者、さいとう・たかをさんも、こうした小さな心がけこそが重要だと訴えています。作品の執筆のため、何度も海外に取材に出かけてきたというさいとうさんは、行くさきざきで日本人のある様子が気になっていたといいます。
「海外に行くたびに、日本人というのは気楽な人種だと気になっていました。『用心』の『よ』の字もしていない人がいる。外国は違う生活様式、違う考え方の人がいるところで、日本とは全く違うという頭でいないといけないんです」(さいとうさん)

外務省から協力の要請に「ぜひやりたい」と即座に引き受けたさいとうさん。このマニュアルをきっかけに、どのような安全対策を講じるべきか、一人一人が意識を高めてほしいと話しています。

安全対策3 企業トップの責任

一方、マニュアルでは、会社の利益追求を優先しようとする企業のトップに呼びかけるこんな場面もあります。「責任あるトップは自ら危機管理と安全対策に関与すべきだ。肝に銘じるんだな・・・」(ゴルゴ13)

トップが安全対策に関わってこそ、企業全体の意識を高め、財産である従業員を守ることにつながることを伝えるもので、具体的な対応として、あらかじめ、従業員の安全対策を管理する責任者や部署を決めておくことなどをアドバイスしています。

自分の身は自分で守る

外務省は、今後、ホームページ上での連載を終えることし6月中旬以降、マニュアルを冊子にまとめて企業関係者などに配布することにしています。とはいえ、このマニュアルを読めば必ず安全が保障されるわけではないことは言うまでもありません。

マニュアルの中では、かつて「ゴルゴ13」から指南を受け、組織内で安全管理の責任者に就任したある男性が、部下に対し、最終的には自分たちのマニュアルを自分たちで作ることで、安全への意識を高め、身につけることができる、と説く場面も登場します。

海外を訪れる日本人は今や年間1600万人に上る一方で、ことしに入ってからも世界各地でテロが頻発し、日本人がテロの標的とされるリスクも高まっていると言えます。「ゴルゴ13」の登場で、今回のマニュアルが、海外の安全対策に関心を持つきっかけとなるにとどまらず、一人一人が、常日頃からテロへの備えを考え、実行に移すことが大事だと感じました。

政治部記者
及川 佑子
平成19年入局。金沢局、札幌局、テレビニュース部を経て政治部。現在、野党クラブ担当。