「多選」は悪くない!?

8月27日行われた茨城県知事選挙は全国的にも注目を集めました。現職が、全国最多の7期目の当選を目指し、いわゆる「多選」の是非が争点の1つになったためです。しかし、茨城県民は現職の7期目の当選を認めず、自民・公明両党が推薦する新人が勝利を収めました。茨城県での知事交代はおよそ四半世紀ぶりです。各地の首長選挙では「多選」が争点になるケースが少なくありません。今回の茨城県知事選挙を通して「多選」とは何なのかを考えます。(政治部記者 安藤和馬/水戸放送局記者 千明英樹 本間祥生)

「わかっちゃいるけど…」

「長すぎる!7選阻止」
自民・公明両党が推薦した新人、大井川和彦氏の演説会場には「7選阻止」と書かれた青いのぼり旗が並びました。

大井川氏が公約の目玉に据えたのは「多選禁止条例」の制定。言うまでもなく、6期24年の現職・橋本昌氏を意識したものです。
今回の茨城県知事選挙。橋本氏は現職としては全国最多となる7期目を目指していました。しかし、選挙戦序盤、大井川陣営の「多選批判」は鋭さを欠いていました。自民党本部の中からも「なぜ、もっと『多選』を批判しないのか」という声が聞こえていたほどでした。

陣営の幹部は「多選批判が必要なことはよくわかっている。しかし、以前のように内閣支持率が高くない。東京都議会議員選挙も惨敗した中で、橋本氏への個人攻撃を強めることで票が逃げてしまうのではないか」と心配を口にしました。

どうアピールする?

一方で、中央から応援に駆けつけた党幹部らは「多選批判」を繰り返しました。小泉進次郎 筆頭副幹事長は、茨城県出身の横綱・稀勢の里を引き合いに出し、「日本人横綱の誕生は19年ぶりだった。茨城の知事はそれよりももっと長い」と、有権者の印象に残るように繰り広げました。

菅官房長官は「茨城県の魅力度ランキングが最下位なのは、現職が大事なことを発信できていないからではないか」と皮肉も口にしました。

選挙戦も終盤に入る頃、選対幹部の1人は「『7選はさすがに長すぎる』という意識は多くの有権者が持っているはずだ。最後は『多選批判』の一点突破だ。選挙は勝たなければ意味がない」と話しました。幹部の表情からは吹っ切れた感じさえ見て取れました。

多選の何が悪いのか

全国最多の7期目を目指した橋本氏は躍起になって反論しました。「相手陣営は『多選』の何が悪いのか具体的に言っていない。24年間、悪いことは起きていない。悪いところがあれば直せばいい」

同時に、橋本氏は、「なぜ自民党本部や官邸がここまで介入してくるのか理解不能だ。茨城のことは茨城が決める」と自民党への批判も強めていきました。

しかし、選挙戦で橋本陣営は「多選批判」に有効な対抗策が打てずにいました。選挙戦最終日、橋本氏は「官邸の地方自治介入阻止」という旗を掲げ、水戸市の繁華街を500人ほどの支援者とともに練り歩きました。熱気に包まれていましたが橋本氏は疲労と不安をにじませていました。

多選禁止条例を

投票の結果、大井川氏が7万票近く橋本氏を引き離し、初当選を果たしました。

大井川氏は、当選から一夜明けて記者会見し、「できるだけ早く多選禁止条例を作り、知事の新陳代謝を担保できるようにしたい」と、目玉公約の実現に意欲を示しました。また、具体的な期数についても「3期か4期。長くても4期」と明言しました。

一方、敗れた橋本氏。多選批判の影響については「わからない」と繰り返しました。そして、「今後、政治活動をやることはないと思う」と静かな口調で話しました。24年に及んだ「橋本王国」に幕が下りた瞬間でした。

有権者は…

NHKでは、8月27日の投票日、有権者4292人を対象に出口調査を行い、3363人から回答を得ました。「知事の多選」について「弊害がある」と答えた人は53%、「弊害がない」と答えた人は47%でした。「弊害がある」が6ポイント上回りました。

内訳を見てみると、「弊害がある」と答えた人のうち、およそ6割が大井川氏に投票しています。
一方で、「弊害がない」と答えた人のうち、およそ6割が橋本氏に投票しています。
早稲田大学名誉教授の北川正恭さんは「過半数が『多選の弊害がある』と答えていて、明らかに『多選はいけない』というのが有権者の意思だった。橋本氏は7選を目指す上での明確な説明責任が果たせていなかった。有権者には『県庁ファースト』と映っていたのではないか。有権者が継続よりも新機軸を求めた結果でしょう」と指摘しました。

全国の状況は?

何回当選を重ねれば「多選」なのか。
実際のところ、その明確な定義はありません。
早稲田大学大学院教授の片山善博さんは「個人的には3選以上は長いと思う。4選以上は『多選』ではないか」と言います。

歴代の知事で最多当選は8期で、奈良の奥田良三氏と石川の中西陽一氏の2人、次いで7期は京都の蜷川虎三氏ですが、現在、4期以上務めている知事は、全国に何人いるのか。

今回の選挙で敗北した茨城の橋本昌氏と石川の谷本正憲氏の2人が6期で最多です。5期が兵庫の井戸敏三氏。4期が北海道、青森、栃木、埼玉、富山、福井、岐阜、京都、徳島、大分の10人。合わせて13人です。

年齢は、大分の広瀬知事の75歳を先頭に、70代が6人、60代が6人、50代が1人。また、青森と栃木、埼玉を除く10人が官僚出身です。

6期の石川県の谷本知事は「多選」について、「信頼、信任がなければ県政は成り立たない。多選だからダメとか、3選だからいいとか、簡単に割り切れるものではない。『多選の問題点』とはどういうものなのか」と指摘しています。

「多選」制限の動きも

一方で、知事をはじめ首長みずから「多選」を制限する動きもありました。

埼玉では2004年に1期目の上田知事がみずからの任期を3期12年までとし、4期目以上は自粛するという内容の条例を制定しました。こうした動きは知事以外の首長でも相次ぎました。しかし、埼玉県の上田知事は、おととし、4期目を目指して立候補し圧勝しています。

ただ、現職知事の1人は「地域性があるとは思うが、当時に比べて『多選』に対する世論の批判が弱くなったように感じる」と話していました。

多選で何が生まれる?

北川さんと片山さんは、いずれも、知事を2期つとめた経験があります。みずからの経験も踏まえて、「多選」についてどう考えるのか聞きました。

北川正恭さん
多選をどう考える?
「新しい価値創造が出来なくなり停滞します。知事時代、部長が書類を持ってくると私の意向を汲んで上手に書いてあったんですが、忖度(そんたく)ですよ。このままでは、権力者とお仲間による行政になってしまうと思い2期で辞めました。しかし、業界団体など周囲の人が辞めさせてくれないという現実もありますから権力者には自戒・自制が必要だと思いますね」
4期以上の知事は増加傾向にあるような気がするが?
「時代背景もあると思います。私が知事だった当時は地方分権一括法が成立し、中央集権から地方分権へという流れがあり『高揚感』がありましたが、今は地方創生といっても、国主導で、地方には『高揚感』よりも『やらされ感』が充満しています。このため、長いものに巻かれたほうが得だという意識が働いて、地方でも長く務める首長が増えているのではないでしょうか」

片山善博さん
多選に弊害はあるか?
「県庁の組織が停滞し、活力を失うことがいちばんの弊害でしょう。私自身、活力が失われていくのを感じました。最初は、職員が耳の痛いことも言ってくれたんですが8年もやると誰もモノを言わなくなるんです。知事が気に入る政策を上げてくる、忖度が生まれてましたから、余力があるうちに辞めようと思いました」
「どの知事も最初は『この政策をやり遂げたい』という思いを持っています。そうした能動的な志を持っていた人でも、政策を実現して志を失うと、知事の座にあり続けたいと変わってしまうことがあると思います」
一方で、知事のあるべき姿について聞くと、片山さんは「2期8年で終止符を打つべきです。自分で制御するのは難しいので、地方自治法を改正して法律で制限すべきだと思います」と話しました。

北川さんは「3期12年までですかね。ただ、選挙というのは本来、自由なもので任期を条例で縛るのは行き過ぎかなと思います。首長には自制する心が必要だということです」と語りました。

自戒・自制…

茨城県知事選挙でも「何年やるかという長さではなく、何をやるかを見てもらいたい」という主張が聞かれました。確かに大きな政策を実現したり、難しい課題を解決したりするには、一定の期間が必要になりますので、一概に「多選は悪だ」と決めつけてしまうのも無理があると思います。

ただ、改革派知事と言われた片山さんと北川さんが「長くやっていると周囲が“忖度”して、知事の気に入ることしか言わなくなる」という同じ経験をしていることは興味深く感じました。リーダーには常に「自戒」や「自制」をすることが求められていると思います。

同時に有権者の側も、そうした視点で行政をチェックしていく必要があります。低投票率の選挙が少なくありませんが、有権者側の意識も問われてくるのではないでしょうか。

政治部記者
安藤 和馬
平成16年入局。山口局を経て政治部へ。官邸クラブ・予算委員会を担当。
水戸局記者
千明 英樹
平成24年入局。水戸局県庁キャップ。大井川陣営担当。
水戸局記者
本間 祥生
平成27年入局。水戸局県庁担当。橋本陣営担当。