大阪の夜が、緑に染まる
~新型コロナと知事たち~

5月14日、大阪の夜が、緑色に照らされた。
休業要請などの解除基準、「大阪モデル」を達成したことを宣言した、大阪府の吉村洋文知事(44)は、語気を強めた。
「これまで防戦一方だった新型コロナウイルスとの闘いは、第2のステージに入った。感染拡大を抑えながら、社会経済活動を再開させていきたい」
就任1年の吉村はこの間、全国的にも一躍注目を集めた。コロナと向き合った大阪、そして隣県の知事たちの戦略を振り返る。
(青木新、浦林李紗、平山明秀)
始まりはライブハウス
大阪で新型コロナウイルスの感染が広がったのは、ことし2月。市内4か所のライブハウスで集団感染が発生した。
吉村がいち早く行ったのが「店舗名の公表」だった。訪れた人は保健所に相談するよう広く呼びかけた。
「感染経路が明らかなうちに封じ込める。そのための情報公開はどんどんやる」

結果、参加者から延べ364件の相談が寄せられ、全国で83人の感染が確認されたが、それ以上の拡大は封じ込め、吉村も3月13日にはライブハウスでの集団感染は「収束した」と判断していた。
この段階で吉村は、いわゆる「3密」を防ぐことなどを条件に、休校中の学校や、府のイベントなどを順次、再開する方針を固めていた。一方で、この時期、大阪では感染経路が不明な患者が日々、確認されていた。
180度の方針転換
そんな折、大阪府に飛び込んできたのが、「大阪と兵庫で見えないクラスター連鎖が増加しつつある」という国からの指摘だった。
厚生労働省の担当者が大阪と兵庫を訪問。大阪と兵庫で今後予想される患者数は『4月3日までの7日間で3374人』とするペーパーを示し、両府県の往来の自粛などを求めた。

衝撃的な数字を前に、吉村は、みずからの方針に急ブレーキをかけた。3連休前日の3月19日、吉村は、大阪と兵庫の間の行き来を、連休中は自粛するよう府民に呼びかけたのだ。
解除モードからの180度の方針転換。すりあわせなしの突然の発表だった。

吉村はこう振り返る。
「武漢から飛び火した感染も、ライブハウスのクラスターも抑えた。それなら休校やイベントを戻せると判断していた。いま思えば、この方針に国が危機感を覚えて、担当者を派遣してくれたんやろうな」
何でも1人で「周りはヒーヒー」
これ以降、吉村は、感染拡大の徹底した封じ込めに軸足を移す。府民に対し不要不急の外出自粛を呼びかける一方、政府には緊急事態宣言の発出を求めた。
独自の支援策も矢継ぎ早に打ち出す。
▽事業者への支援金
▽医療従事者を支援するための基金の創設
▽子どもたちへの図書カードの配布
などなど。そして、連日のようにテレビに出演し続けた。
吉村の手法は、まだ検討段階でも世間に発信することだ。
複数の幹部によると、「知事からは状況を見ながら、『あれはどうですか、これはどうですか』と毎日のように指示が降ってくる」、「職員は、みんなヒーヒー言いながらついていく」のだという。

「職員や専門家以上に調査や分析をしている」と評価する声もあるが「何でも1人で決めてしまう」とこぼす職員もいる。府の幹部の1人は、吉村のリーダーシップと発信力を評価しつつも、「行政的な積み上げが少ないまま前に進む危うさがある」と指摘する。
“似ているが、アクがない”
メディアを通じた情報発信や問題提起、走りながら決める政治手法、トップダウン、これらは吉村と同じように大阪府知事、大阪市長を務めた橋下徹氏を彷彿とさせる。

橋下と同じく弁護士出身の吉村は、大阪維新の会・日本維新の会を立ち上げた橋下を追いかけるように、政治の世界に身を投じ、大阪市議会議員から衆議院議員を経て、大阪市長、そして大阪府知事になった。
一見、よく似ているように見える2人。

橋下、吉村両知事を知る府庁幹部からは、こんな声も聞こえる。
「ゴールを設けて、生煮えの段階で政策を打ち出す点は同じですな。しかし、吉村知事にはアクがないんですよ」
緑に輝く“大阪モデル”
「きちんとした客観的な出口戦略がないと何を目指したらよいかわからない。府民全員が共有する基準を大阪モデルとして作っていく」
緊急事態宣言の延長に合わせて、吉村が放ったのが大阪府独自の出口戦略「大阪モデル」だ。
▽感染経路がわからない患者数
▽検査を受けた人のうちの陽性者の割合
▽重症の患者を受け入れる病床の使用率
これらについて独自の指標を設け、7日連続で満たした場合、休業要請などを段階的に解除する。
そして「吉村らしい」アイデアが、通天閣や太陽の塔を、指標を満たしているか成果に応じて赤黄緑の3色でライトアップするという取り組みだった。

「ウイルスから命を守ることは大事だが、このままでは経済が死んでしまう。それによって失われる命も守らなければならない」
“自粛疲れ”が見えていた多くの府民は吉村の方針を歓迎した。

5月16日午前0時、大阪府は、全国の自治体で初めて、緊急事態宣言下での措置の大幅緩和に踏み切った。
関係者の1人は経済の再開にこだわった吉村の狙いを、こう読み解いた。
「大阪では、5年後の2025年に『大阪・関西万博』を控えている。世界的なイベントに向けて大阪の健在ぶりをアピールし、地元経済への影響を最小限に食い止めたいという中長期的な狙いもあったのではないか」

休業要請解除 国VS大阪 “最後の攻防”
5月21日、関西への緊急事態宣言が解除され、大阪府は、休業要請が一部を除いて解除された。
しかし、関係者に取材すると、解除をめぐって大阪府と国との“最後の攻防”があったという。
大阪府は当初、ライブハウスやスポーツジムなどクラスターが発生した施設も含めて、原則すべて解除する方針だった。これに対して国から「休業要請の解除は知事の判断だ」としつつも、クラスターが発生した施設については「心配の声がある」として、5月末まで継続してもらいたいと押し戻されたのだという。

吉村は記者会見で、「都道府県ごとに感染状況も違う環境も違う中で、国が一律にやるのは限界がある」と述べ、自らのハンドリングだけで決められないことへのもどかしさをにじませた。
「政治家は使い捨て」と言い切る吉村。社会経済活動を再開させながら、感染の再拡大に備えるという次の闘いは始まっている。
「大阪は、いつも大げさ」と語るのは…
「大阪はいつも大げさなんですよ」
3月19日午後6時半、吉村が「大阪と兵庫の往来自粛」を呼びかけたおよそ1時間後。兵庫県の井戸敏三知事(74)は苦虫をかみつぶしたような顔で記者会見に臨んでいた。

この日の兵庫県内の感染確認は2人。翌日からは県内の動物園が再開するなど、すでに「収束ムード」すら漂うなかで、吉村の往来自粛要請は、井戸にとって「寝耳に水」だった。
当初の予定より遅れて始まった記者会見で、井戸は、吉村が「兵庫県での感染爆発の可能性」に言及したことを問われ、さらに不満をあらわにした。

「大阪だってお互い様だ。人のことはあまり言わない方がいい」
支援金100万円 “寝たふり”戦略?
5期目の井戸は19年にわたって県政を担い、阪神・淡路大震災からの復興の指揮を執った。関西広域連合の連合長も務める。その井戸の「コロナとの闘い」は、常に大阪府、そして吉村との距離感を意識しながらのものだった。

脚光を浴びる吉村と対比され、インターネット上でも、激務を気遣う“#吉村寝ろ”に対して、“#井戸起きろ”が一時トレンドとなるほどだった。県庁幹部からは「政治家としてどう見られているか全然考えていない」、「もっと大人の対応をしてほしい」といった嘆きの声も漏れた。
しかし、連日取材するなかで感じたのは「意外に柔軟」な一面だ。なかでも、事業者への支援策をめぐる調整が印象に残る。
4月15日、吉村は、休業要請に協力する事業所などへの支援策として、中小・零細企業に一律100万円、個人事業主には一律50万円の支援金を給付する案を表明。
これについて、会見での井戸の反応は相変わらずだった。
「大阪だけの立場で判断しないでくれと伝えた。とても(財源が)ついていけない」
しかし、ことばとは裏腹に井戸は周辺に「できれば大阪と同じ額にしたい」と話していた。動きは素早かった。翌日、県は県内の一部の首長に財源の3分の1を負担してもらえないか打診。さらに国の臨時交付金を充てられるのか総務省に確認していた。

そして発表された県の支援金は、中小・零細100万円、個人事業主50万円。大阪とまったく同じ額だった。
大阪は「風よけ」?
同じ経済圏を持つ大阪と兵庫。休業要請の対象や、パチンコ店の店名公表など、井戸は常に「大阪とそろえる」と口にしてきた。パチンコ店がいい例だが、どちらか一方が開いていれば、府県を越えて人が移動し、感染のリスクが高まるからだ。
しかし、ある県内の首長は、井戸は単に大阪を模倣しているのではないと指摘する。
「井戸知事にとって吉村知事は“風よけ”だ」

大阪がいち早くメディアを通じて対策を打ち上げるなか、政府や世論の反応、それに制度上の問題点を見定め、必要があれば修正を加えていく。
休業要請からの“出口戦略”として大阪が打ち出した、「大阪モデル」でも井戸は記者会見で「使い物にならない」と酷評しながら、修正を加えた「兵庫モデル」を発表した。
井戸の「大阪を先回りする必要はない」ということばには、5期目の知事らしい老練、策士ぶりも垣間見える。
“警鐘を鳴らすのは私”
関西2府1県への緊急事態宣言の解除が決まる直前の5月20日。
井戸は全国の知事がテレビ会議形式で行った会議で、「宣言の解除に対して少し前のめりになりすぎている」と政府に対して苦言を呈して見せた。

吉村がその前日に、「緊急事態宣言は解除されるべきだ」と発言したのとは最後まで対照的だった。
県庁幹部は、「知事は『冷静になろう』とあえて警鐘を鳴らすのが自分の役割だと思っている」と話す。第2波への備えが対策の焦点となるなか、“井戸節”は再拡大への歯止めをかける結果となるのだろうか。
“全員検査”に踏み切った知事
もうひとり、関西でのコロナとの闘いで独自の存在感を発揮したのが和歌山県の仁坂吉伸知事(69)だ。
2月13日、和歌山県の済生会有田病院で医師が新型コロナウイルスに感染していることが確認され、その後、同僚の医師や患者あわせて5人に感染が広がっていたことがわかった。

国内初の新型コロナウイルスによる院内感染。仁坂は、前例のない事態への対応を迫られた。いま、こう振り返る。
「中国で多数の死者が出ている中で、最初はそら怖かったけどね。早期にウイルスを殲滅せなあかんと」

仁坂が行ったのが関係者全員の徹底したPCR検査だ。対象は、入院患者、医師や看護師に加え、出入りする業者など、国が定める濃厚接触者の基準を大幅に超える人数となる474人にのぼった。
今でこそPCR検査数の拡充が叫ばれているが、当時は手探りの状況だった。
仁坂自身も「今振り返ると過剰だったかもしれない」と語る。しかしこだわったのは、疫学的な根拠よりも、県民の「安心感」だった。
「『この病院は信頼できる』と思わせようという意図があった。県民や全国の人に向けて正常かつ清浄であることを立証するには、これをやるのが一番良いと思った。独断ですね」
和歌山県内の1日の検査可能数ではとても対応できないため、大阪府などにも協力を求め、全員の検査を10日余りで終わらせた。およそ3週間後、病院は通常の業務を再開した。
「国の目安はおかしい」
仁坂は、その後の対策でもPCR検査を重視する。
国は当初、37度5分以上の発熱が4日間以上続くことなどとした検査の目安を設けていた。しかし仁坂は、早い時期から、「少しでも症状があれば、地域のクリニックを受診するよう」呼びかけることにした。

「国の目安では重症になってからようやく発見されるリスクが高まってしまう。おかしいと思ったら遠慮せずに独自のやり方を考える。県民のために100%正しいと思うことを選択しないといけない」
大阪にも“直接要望”
和歌山県では5月以降、新たに確認された感染者は1人にとどまっている。
関西の2府4県で緊急事態宣言がすべて解除された今、仁坂は第2波に備えて、京阪神からの人の流入による感染拡大を警戒している。
心配しているのが、大阪の軽症者の療養方針だ。
自宅療養して2週間無症状が続けば、保健所の判断で自宅療養を解除するケースがあるとして、吉村に直接、患者全員を病院やホテルで隔離してほしいと要望もした。

「和歌山では、無症状になった後も42日間、陽性が続いた人がいる。大阪には大阪の事情があることは十分承知しているが、危ないと思ったら意見をどんどん言っていきたい。情報を共有しながら関西が一体となって対策を続けていきたい」
“第2波”で問われる手腕
個性的な知事たちが試行錯誤を続け、“百家争鳴”の様相を呈する関西でのコロナ対策。しかし知事たちが一様に繰り返すのは感染拡大の「第2波」への備えだ。
感染拡大を抑えながら、社会経済活動を再開するという難しい課題への成果が問われるのはまさにこれからだ。関西の知事たちの今後にも、注目していきたい。
(文中敬称略)

- 大阪局記者
- 青木 新
- 2014年入局。大阪局に赴任。府警や市政の担当を経て、現在、大阪府政で吉村知事を担当。

- 神戸局記者
- 浦林 李紗
- 2015年入局。神戸局に赴任。県警、神戸市政の担当を経て、現在、兵庫県政担当。

- 和歌山局記者
- 平山 明秀
- 2015年入局。和歌山局に赴任。県警、南紀新宮支局を経て、現在、和歌山県政担当。