の中国船を追え!

「あれ?何だあの船。そんなバカな…」
慌てて、カメラを回した。それが、その後半年にわたる追跡の始まりになるとも知らずに…北国の港に着岸したその船には、「五星紅旗」がはためいていた。(新潟放送局記者 山下達也)

追跡のはじまり

4月15日。いかにも新潟らしい、曇った朝のことだった。もともと海洋開発や海上警備に興味がある私は、時間があれば、取材のきっかけがないかと新潟港を訪れていた。

新潟港は、本州の日本海側では最大の物流拠点だ。幕末から明治元年にかけての「開港5港」(横浜・神戸・函館・長崎・新潟)の一つで、ことしで開港150年になる。

午前8時半。新潟と佐渡とを結ぶジェット高速船が前を通り過ぎていった。

その時、港の先の日本海から大型でオレンジ色の船体が、ゆっくりと近づいてきた。そして、接岸。

船の中央部分にやぐらのような構造物、船橋の上には高度な通信機能を持つと見られる球状の装置が見えた。見慣れない形だな…。いったいどこから来たのだろうか。

ふだんから携えているカメラを、慌てて構えた。ズームする。

「海洋地質十号」の文字。

でもこれ…漢字の字体になんか、違和感があるな。カメラを船尾に向ける。そこには…

五星紅旗…これは中国の国旗じゃないか。
「え、中国?」、思わず声を漏らしてしまった。

中国の「公船」がなぜ!?

その場で、「海洋地質十号」をインターネットで調べる。

所属は「自然資源部 中国地質調査局 広州海洋地質調査局」
つまり、中国の国家の持ち物、「公船」ということか。

2年前に建造され、全長75.8m、排水トン数は3400tの海洋調査船。

中国メディア「人民網」の記事によれば、掘削や探査能力が高く、世界のすべての海域で海洋地質の調査活動ができる最新鋭の調査船とうたわれている。

そんな公船が、なぜ新潟港に…。

中国の調査船といえば、沖縄県の尖閣諸島沖などの排他的経済水域で「調査」とみられる活動をすることがたびたびあり、そのつど、日本政府は抗議をしている。どうして調査船がこうも堂々と、日本の港に入れるんだ?

その時、当局が!

しばらく、船の様子を見守ることにした。

午前9時半。複数の車が、調査船が接岸した新潟西港の北埠頭1号岸壁に現れた。そして車から30人ほどが降り、次々と乗船していった。何者だろうか。

とっさにカメラを回し、ズーム。あれは…海上保安庁の制服だ。まさか、何かの捜索か。

午前11時半。立ち入った海上保安庁の職員らが船を下りた。船の構造物や設備などを確認していたようだが、派手な動きはなく、そのまま港を去っていった。

「見たことがない」

この船、過去にも港に入ったことはあるのか。まずは周辺の人たちに話を聞いてみた。しかし聞くかぎり、誰1人として「前にも見た」という人はいなかった。

これでは埒(らち)が明かない。当局関係者に電話をした。

「ん、なんで立ち入りを知っているんだ」

予想外のことを聞かれた、という反応。ええ知っているも何も、こちらは目撃していたんですからね。少々、強めに押してみる。

すると、立ち入ったのは海上保安庁だけでなく、税関や入国管理局の職員も一緒だったという。何かの捜索か、と尋ねる。

「いやいや、そんなんじゃない。警察でいえば、要するに『職務質問』みたいなもんだよ」

つまり何かの容疑があるというわけではなく、任意で立ち入ったということか。それ以上の話を引き出すことは、できなかった。

私はそれから毎日、朝と夜に、調査船に動きがないか見に行くことにした。しばらくは何の動きも見られなかったが、3日後の18日午前9時半、船は静かに新潟港を出ていった――

不可解な航路

船はどこに向かったのか。こうした時、現代のジャーナリストには欠かせないツールがある。その一つが「マリントラフィック」だ。

船舶が発信する位置情報のデータを収集。それをもとに運航ルートを公開している海外のサイトである。これを使って航跡をたどると、海洋地質十号は中国の広州に直行していたことが分かった。

広州は調査船の母港だ。目的をすでに終えていて、帰った、ということなのか。

ちょっと待てよ、では新潟港に来る前はどうしていたんだろう。再びマリントラフィックで調べてみると、広州を出発して、そのまま新潟港に入っていた。途中で何かをしていた様子はない。

そうなると、広州と新潟港を、ただ往復しただけのことになる。調査船なので、人を送り込んだり、何らかの物資を運んだりしたとも考えにくい。

これは不可解だ…目的は何なのだ。

本当の目的地は「秋田」

目的を探るための手がかりは、どこかにないだろうか。港に入るためには、許可が必要なはずだ。ならば、許可申請の手続きを代行する「船舶代理店」なら、何か知っているのではないか。

新潟県内の代理店を、ネットや電話帳でリストアップ。その中から、目立ったところを片っ端から当たることにした。私たちが「ローラー作戦」と呼ぶ方法だ。

飛び込みで代理店を当たるものの、怪訝(けげん)な顔をされるばかり。これは無理筋か…。

しかし3軒目、ある代理店にたどりついた。「その船は…たぶんうちだと思いますけど」

対応してくれたこの会社の専務は、戸惑い顔。何としてもここで手がかりを得なければ。夕方に担当者が戻るというので、それまで待たせてもらうことにした。

午後5時ごろ、担当者が戻ってきた。実直を絵に描いたような作業着姿の彼も、取材なんてこれまで受けたことがない、という感じだった。取材の趣旨を伝えると、当局にすでに資料を提出した内容で、差し障りのない範囲でならと、協力していただいた。そこで分かったのは、以下のことだ。

・「海洋地質十号」の目的地は、秋田県沖であること
・洋上で掘削作業を行うことになっていたこと
・しかし突然、事業が中止になり、中国へ戻ることになったこと

やはり掘削を伴う何らかの調査をするつもりだったのか。事業の具体的な内容については「知りません」とのことだった。

それにしても、なぜ秋田に行く船が新潟港へ?

「それはですね、新潟は大きい港なので、入国や税関などの手続きが一括して行えるからですよ」

なるほど、新潟港は経由地でしかなかったんだ。ターゲットは…秋田だ!

国が推進する「あの事業」なのか

(1)4月から、(2)秋田県沖で、(3)掘削を伴う調査が必要な事業。

この3つ条件から考えていくと、ある事業が浮かび上がる。

「洋上風力発電事業」だ。

福島第一原発の事故のあと、「クリーンエネルギー」として注目を集めている。ここ数年で法整備が進み、ことし4月には、新たな法律が施行された。

・国が洋上風力発電を重点的に整備する海域「促進区域」を指定
・入札によって選ばれた事業者は、指定の海域を利用して最長30年洋上風力発電ができる

要するに、長期間の海域利用を可能とすることで、新たな事業者の参入を促進するものだ。つまり、国が積極的に推し進めているエネルギー政策と言える。

特に秋田県沖では、国内で最大級の規模の事業が計画され、複数の事業が展開されていた。

冬に吹く日本海の強い風を、エネルギーに変えようということか。国が推進する、国内の大規模な事業。そこになぜ中国の調査船が…疑問は深まるばかりだった。

これだ!

秋田県沖で計画されている洋上風力発電事業をピックアップする。合計6か所。その中で、「4月から」調査が行われるところはどこだ…。

すでに「環境影響評価」が進んでいるのは、由利本荘市沖と、能代市あたりだ。関係があるかどうかはわからないが、一縷(いちる)の望みをかけて、そこに目星を付けた。

こういう時、事業の内容をいちばんよく調べていて、資料を持っていそうなところといえば…環境や健康への影響を懸念して、事業に反対している市民団体か。

探してみると、由利本荘市に市民団体があった。すぐ電話で問い合わせてみる。

「ああ、それならこれのことじゃないかな」

おっと、今回はいきなり当たりを引いたかな?

彼らが持っていたのは、由利本荘市沖で計画されている事業の計画表。事業者が住民向けに配っていたものだ。早速、送ってもらった。

これだ!ことし「4月から10月ごろ」まで「海上ボーリング」が行われる予定であることが記載されていた。つまり、「調査船による掘削」が必要だということだ。

事業計画表を配ったのは、東京のエネルギー開発関連会社(仮にA社とする)だった。洋上風力発電の事業を実施しているのは複数の会社で成り立つ合同会社(A’社とする)で、A社はそこに加わっている1社だ。

ここに当たれば、中国の調査船との関係が分かるかもしれない。

「4月から」「秋田県沖」「掘削を伴う調査」3つの条件はそろった。しかし、この事業と確定できたわけではない。それに、そうだとしても、簡単に答えてくれるだろうか…。

外国の調査船を使うことはあるか?

まず、周りから固めていこう。そもそも、日本の領海内で行われる海洋調査に、他国の調査船が使われることはあるのか。

こういう時は、「業界団体」だろう。「日本風力発電協会」は、風力発電に関連する企業でつくる一般社団法人だ。早速、アポイントを取り東京へ。専務理事の中村成人氏が対応してくれた。

「実は、中国の調査船が…」これまでの経緯を率直に話した。

えっ!と、中村氏は驚いた様子だった。
「中国の調査船、ですか…。それはわかりませんが、でも、海外の調査船が、日本の洋上風力発電のプロジェクトに参加したとしても、不思議じゃありませんよ」

今度はこちらが驚く番だった。中村氏によると、実は洋上風力発電がブームになったことで、日本では調査船が不足しているのだという。しかも、日本の調査船はコストが高いなど、業界の課題があると指摘した。

ただ、中村氏も、中国の調査船というのは聞いたことがない様子だった。国が推進する重要な事業のために、調査船が不足する。そのために、中国の調査船が入ってくることになる。その場合、安全保障上の観点からはどうなのだろう…。

「ブツ、取ってこいよ」

ここまで来れば、何とか形にしたい。取材した経緯をまとめ、上司のデスクに報告した。

「おもしろいな。でもさ、証言かブツは?」
そうなのだ。まだ、核心の証言も、ブツ、つまり資料も入手できていない。

問題の本質に迫るのは、まずそれを入手してからだ。ブツを取れ、は、よくデスクのムチャぶりの象徴のように言われるが、調査報道をするなら必須だ。記者仲間の間で、「話は見えていたのだが、結局、詰め切れなかった」というネタはごまんとある。その原因は、だいたいブツが取り切れなかったというものだ。

このまま、そんなネタの1つになってしまうのか。何とか突破できないか…。そんな時、待ちに待ったものが、出てきた。

「ブツ」を入手!ところが…

「情報公開請求」
それは行政機関が持つ公文書を入手するための手法だ。調査報道をやる場合、いや、それ以外のジャーナリストにとっても、世界共通の基礎的な手法である。

ただ欠点もある。公開までに時間がかかることと、仮に公開されたとしても、恣意的(しいてき)ではないかと思えるほど、個人情報保護などを理由に「黒塗り」にされることがあることだ。

実は、今回の取材を始めた初期に、港を管理する新潟県の港湾事務所に請求を出しておいた。対象としたのは、「入出港届」と「岸壁の使用許可申請」。船が港に入る際には、必ず出さなければならないもので、先に取材した船舶代理店が提出していたものだ。

開示されるという連絡を受け、すぐさま港湾事務所に飛んでいった。

待ちに待ったそれは…期待に違わぬものだった。
「やった!」

黒塗りにされているのは、船長の名前のみ。ほぼ、フルオープンだ。飛び上がりたい気分だったが、内心の興奮を見透かされないよう、港湾事務所を出てじっくり読んだ。

船名、国籍、船の基本情報、船主の情報、入港に関する情報などが、すべて書かれている。間違いなく、これは中国の「広州海洋地質調査局」の公船だ。
「仕向け港」の欄には、「AKITA」と書かれていた。
これで、海洋地質十号が秋田に向かうはずだったことも、確定。

よし、では誰がこの船を日本に呼んだのか。
「運行者名」の欄を見ると…あれ、これ、秋田の市民団体からもらった資料に載っているA社じゃないぞ。

そこにあったのは、別の会社の名前だった。社名から調べてみると、なんとオランダに本社がある東京の企業(B社とする)で、A社ともA’社とも、表面上の関係は見られなかった。

う~ん、由利本荘市はハズレだったのか。それとも、A社あるいはA’社と、B社との間にも、何らかの関係があるのか。

進んだような、振り出しに戻ったような…ただ、これまでの取材の感触として、間違いなく、これは有力な資料だと考えた。

秋田に乗り込む

新潟から北に230キロ、秋田県由利本荘市。
関西出身の私には、全く土地勘がない。

デスクに「必ず成果を持ち帰りますから、行かせてください」と行った手前、手ぶらでは戻れない。不安ばかりが先立つ。とにかく秋田に行くことにした理由は、「地取り」のためだ。(記者が足を使って話を聞いて回ることを地取りという)

洋上風力発電の事業をやるためには、地元の理解は欠かせないはずだ。

特に多かれ少なかれ影響を受ける漁業者や建設業者なら、より詳しい事情を聞かされているかもしれない。

秋田での取材を始めて2日目。地元で事業の「調整役」をしているという漁協の幹部の名前が浮かび上がった。名前しか分からなかったので、名前から電話番号や住所を調べられるフリーサービスがあるサイト「住所でポン」を使って検索。数人の中から、当たりを付けた。

よし、会いに行こう。ここが勝負だと、心強い味方が同行してくれた。五十嵐哲郎ディレクター。NHKスペシャル「ドキュメント“武器輸出”」などでいくつもの賞を受けている、この手の取材では経験豊富な13年目の中堅だ。3年目の私から見ると、大先輩である。

長身、長髪で、その雰囲気も異色の取材ディレクターである彼は、どんなテクニックを使うのか。固唾を飲んで見守った。

「ごめんくださーい。NHKなんですけど、取材で」
おーい、そのまんまかい。

それでいいのか、と私がドギマギと後からついていくと、屈強な海の男らしい男性が、「そうか!入れ入れ」と、笑顔で招いてくれた。

うーん、正攻法、強し。

「テレビの取材なんて初めてだからな」という男性。そこからしばらく、地元の話題で盛り上がった。

早く核心部分を切り出したい。でも前のめりになろうとすると、五十嵐ディレクターから「まだだ」という目くばせ。じりじりした。そのうち、男性のほうから風力発電の話が出始めた。五十嵐ディレクターが、目でうなずく。

今だ。「その洋上風力発電の話なんですが…」

「そうなんだよ。あれはこれからの世の中にとって、本当に重要な施設だね」

男性は、洋上風力発電のメリットをとうとうと語った。そして男性は、調査船「海洋地質十号」のことを知っていた。

当初の予定では、4月16日に秋田に来て、男性もその日のうちに調査船を見に行くつもりだったという。

さらに、A’社が、B社に事前の海洋地盤調査を委託していたこともわかった。そうか、やはり関係はあったのだ。つながった、ついに、点と点が線につながった!

なぜ、中国の船を使ったのか

いよいよ、中国の船を使った側に直接取材をかける時だ。オランダに本社があるB社には、電話で取材した。

なぜ、中国の船を使ったのか尋ねたところ、明確な答えが返ってきた。

「それは、ふだんから取り引きの実績があるからですよ」

シンガポールを中心にアジアの全域の海洋調査を展開しているという。

「今回は、配船の都合で持ってきましたが、秋田や新潟を含めて、外国の船が今後も入るだろうと思います」

A社とは、偶然、由利本荘市での「地取り」取材の間に接触した。その後、広報担当者たちが新潟放送局を訪ねてきたので、そこで面会した。

先方からは今回の事業の意義が語られた。でも、私たちが知りたいのはその話ではない。

「海洋地盤調査をするはずだった船のことで…」と切り出したところ、その場では回答できないということだった。その後、さらに交渉し、後日、文書で回答を得た。明らかにされたのは、以下のことだ。

・外部委託先(B社のこと)に調査委託を行ったが、調査に用いる船舶を具体的に指定したことはない。
・外部条件等の変化でスケジュール変更を余儀なくされ、調査の計画の一部は実施を延期した。
・海上保安庁や地元自治体などには調査の延期を報告した。

2社の話をまとめると、中国の調査船を使っていたことははっきりしたものの、特に意図があったわけではない、ということだ。確かに、法律には違反していない。

日本の領海で海洋調査を行う場合、
・港湾として定められる区域に関わる時には「港則法」
・環境保全区域に関わる時には「自然環境保全法」
これらが適用される。

このため調査活動をするには、国や自治体の許可が必要となる。しかし、領海内のほとんどの海域については規制する法律がない。届け出が受理されれば、外国の船でも合法的に調査を行うことができるのだ。

「日本の領海内では聞いたことがない」

ただ、どうしても安全保障に関する懸念が残る。そこで、安全保障に詳しい専門家を訪ねた。

笹川平和財団の小原凡司上席研究員は、開口一番に「日本の領海内で中国の調査船が活動を行うというケースは聞いたことがない」と驚いていた。

通常、企業と調査船を持つ中国の地質調査局との間では、秘密保持契約(NDA)が交わされるはずなので、ビジネスの上では情報保全はなされるものという立てつけになっているという。

とはいえ、そのうえでも、「海洋調査は潜水艦が必要となる海底の情報もとれることになり、中国の最新の調査船が日本の領海内に入ってくることは警戒しなければならない」と指摘した。

一方で、民間の会社が法律に従って外国の調査船を使う場合、外国の船だからという理由で止めることはできないという見解を示した。

「商業ベースであれば、調査は違法でないことになる。違法でないものを日本政府は取り締まることはできない」

つまり、日本の法律や制度の枠組みが想定していないことが今回、起きていたというのだ。何らかの理由で延期されていなければ、秋田県沖で中国の公船による調査が実施されていた。そして、今後、調査が実現しても、何らおかしいことはない、それが現状なのだ。

中国政府とつながっている船

日本と同じく、中国の海洋進出に警戒しているアメリカ海軍大学・海戦研究センターのピーター・ダットン教授にも話を聞いた。

ダットン教授は、中国の調査船に関してこう述べた。
「海洋資源目的で収集されたデータと、安全保障目的で収集されたデータは、多くの場合、本質的には同じデータだ。使われる目的が違うだけで見分けるのは難しい。中国が調査を行っている理由もどちらを目的とした調査なのか分かりにくい」

「そこでは『信用』の問題にいきつく。秘密保持の契約を交わしているからといって、その紙ペラ1枚をもって、情報保全がはかられていると考えるかどうかだ。調査船はすべて中国政府とつながっているわけだから、疑問を感じるのは無理がないと感じる」

そのうえで、安全保障上のリスクがあるのであれば、商業調査や科学的調査を行うことを希望している船に許可を義務づけることも検討するべきだと述べた。

追跡の果てに残ったのは…疑念

半年にわたる追跡で浮かび上がったのは、手続き上の瑕疵(かし)がなければ、日本の領海でどこの国の船でも、海洋調査ができてしまう、という事実だった。

国にも動きはあった。経済産業省と国土交通省は事業者などに対し、洋上風力発電の設置に向け、海洋データを取得するための調査にあたっては、調査の内容や体制、方法などを速やかに国へ届け出るよう通知した。

海上保安庁も、外国船が日本の周辺海域での調査を届け出た場合には、安全保障を担当する警備部門に連絡するなど、情報共有を図るよう全国の海上保安本部などに要請した。

今後は法的にも、調査船の問題を対処できる仕組みを作ることを検討する必要があるのではないか。

そして、どうしてもぬぐえない疑念が、私の頭を離れない。なぜ、中国船による調査が突然、中止になったのか、だ。

漁協幹部の男性は、取材に「国で決めたのだから、中国が全然ダメだと。だからチャラになった」と語っている。

一方、B社は「調査は雇い主の都合でキャンセルになったが、理由は答えられない」としている。

その雇い主側であるA社は「外部条件等の変化でスケジュール変更を余儀なくされ、調査の計画の一部は実施を延期した」と回答した。

大がかりな事業のスケジュールを変更するほどの「外部条件等の変化」とは何なのか。ただ、「調査の一部の延期に関して官公庁とのやり取りは特段行っておりません」とも答えている。

しかし、新潟港に着いたときの、あの立ち入り…。

そして何より、中国側に何らかの意図が無かったのだろうか。

半年にわたった今回の追跡取材。でも、本当の始まりは、ここからなのかもしれない。

長岡支局記者
山下 達也
平成29年入局。大学院時代に韓国留学。昨夏から長岡支局で農業や中越地震からの復興を取材。趣味は読書と鶏胸肉を食べての筋肉づくり。