そこは「密」国会が危ない!

新型コロナウイルスへの対応策や予算の審議・採決。
いまこそ、国会はその役割をフルに果たさなければならない。
しかし万が一、多数の議員が感染すれば、国会の機能を維持できないおそれがある。
「3密」は避けられるのか?感染を予防しながら、いかに立法府としての機能を維持するのか。手探りの対応が続いている。
(及川佑子、並木幸一)

「国会に休会はない」のか

「本会議場や委員会の部屋は、まさに3密ですよね」
衆議院の重鎮に率直に聞いてみた。

「国会は不要でも、不急でもない」
この重鎮は、語気を強めた。

1人10万円の現金給付、地方自治体を支援する1兆円の臨時交付金、中小・小規模事業者への資金繰り支援。
どれも緊急経済対策に盛り込まれているが、補正予算案が国会で議決されなければ、執行できない。

「当然、審議で議論を尽くすことも必要で、国会は休会する訳にはいかない。『這ってでも』とは言わないが、国会は続けるんだ

「密閉」空間に、議員が「密集」して、「密接」に議論を交わす国会。議員の感染確認は、今はない。しかし秘書や運転手、同居する家族などの感染確認が相次いでいる。ウイルスの脅威は、確実に国会にも忍び寄っている。

「命に関わる」と訴えるも…

「命に関わる問題だ」
最初に声を上げたのは、れいわ新選組の舩後靖彦参議院議員だった。

難病のALS=筋萎縮性側索硬化症患者で、人工呼吸器を装着している舩後氏は、強い危機感を持っていた。
2月26日、感染拡大が沈静化するまで国会を休会にすべきだと与野党に呼びかけた。

しかし、休会には慎重意見が相次いだ。
「国会が閉じてしまっては、役割を果たせなくなる」と言う与党幹部。野党側からも、「政権を監視する意味でも、国会は開いておくべきだ」という声が出た。
そして、2月27日に発表された最初の対策は、参観の中止や傍聴の自粛などにとどまった。

「重大局面」で徐々に…

国会内の雰囲気が変わり始めたのは3月25日だった。
「今の状況を、感染爆発の重大局面ととらえていただきたい」

東京都の小池知事が強い危機感を示し、不要不急の外出を控えるよう呼びかけて以降、国会では、「緊急事態宣言」の必要性について議論が活発化。徐々に緊張感が高まっていった。

3月30日には、自民党と立憲民主党の国会対策委員長が会談し、本会議の前に各会派が開いている代議士会は、議員が「密集」するとして、原則取りやめることで合意。

4月1日の衆議院の議院運営委員会の理事会、まだマスクをしている議員は半分もいなかった。

密集状態の会議でようやく、本会議場や委員会室に入る議員らはマスクを着用し、手の消毒を行うことを申し合わせた。

緊急事態宣言が出て…

感染予防策がさらに強化されたのは、4月7日の緊急事態宣言後だった。
人との接触を最低7割、極力8割削減する目標達成に向けて、各党も、在宅勤務やネット会議の活用など対応を迫られた。

このうち、自民党は、勤務態勢を見直し、健康上の理由などがある職員を在宅勤務とした上で、ほかの職員は2班に分かれて1日ごとに交代で出勤することになった。さらに、班ごとに出勤する職員を減らし、全体の7割減を目指している。

立憲民主党などの会派は、インターネットを活用して代議士会を開催。幹部の挨拶をスマートフォンで撮影して配信し、所属議員は自室で視聴している。

さらに、議員たちは、地元選挙区への行き来を控えるよう求められた。
地元有権者とのつながりを重視する議員たちだが、「地元で予定されていた行事もすべて中止になっていて、しかたない」、「感染拡大の続く東京から地元に帰るのは気が引ける」などと、自粛に理解を示す声が多い。
一方で、「東京にいると、地元関係者とのコミュニケーションもとりにくく、次の選挙が心配だ」と困惑する議員も少なくない。実際、政治資金パーティーなども中止が相次ぎ、議員にとっても死活問題となっている。

自民党の二階幹事長は、「人との接触を7割や8割減らすとかって、そんなことはできるわけがないじゃないですか」と、難しさを率直に語っている。

できるか「密集」しない国会

宣言のあと国会は2日間、審議を見合わせ、10日から感染予防策を強化して再開した。
衆参両院でそれぞれ本会議場や委員会室が「密集」した状態にならないよう知恵が絞られた。

まず10日の参議院本会議。
参議院は、貴族院時代のレイアウトがそのまま残されているため、本会議場に議員席が460席ある。そこに通常は、245人の議員が詰めて座っている。

それを、空いている席も使うことで1席ずつ間隔を空けて座ることにした。

ほとんどの議員の間が、一席ずつ空けられた形だ。

こうなると各議席にある議員の名前が書かれた「氏名標」は、使えなくなる。そこで、新しい席に置かれた名前が書かれた黒い紙を裏返して白にし、出席を表すことになった。

法案の採決は、ふだん使っている押しボタン式の投票装置のない席も利用することから、起立採決で行われた。

一方の衆議院では、議員定数465に対し、本会議場にある座席は480と、余っている席がほとんどないため、参議院のやり方は使えない。

このため14日の衆議院本会議では、質疑が行われている間、半数程度の議員が本会議場から出る異例の措置がとられた。

そもそも、本会議では、3分の1の「定足数」と呼ばれる出席議員数を満たすことが憲法で定められている上、議員が質疑に出席するのは責務だ。
しかしこの事態に対応するため、「あくまで議員の出席権や表決権の行使を阻害しない」とした上で、議員が席を離れることを認め、定足数に留意しながら、各会派で出席議員の数を調整することにしたのだ。例えば自民党では、2つの班に分け、片方が退席。議場を出た議員は、議員会館の事務所などで、中継で流される質疑の様子を見守った。

さらに委員会でも、半数の定足数を満たしながら、議員が席を外して「密集」を回避。登院する議員を最低7割、極力8割削減しようと、1日に開催する委員会は4つ程度まで絞り込むこととした。衆議院では、仮に開催する委員会を4つに絞り込み、定足数を満たす議員のみ出席した場合、80人前後と、全衆議院議員の2割以下に抑えられるという計算だ。

休会できない事情

果たしてこれで対策は十分なのか。

国会でも感染拡大の兆しが出始めている。
東京・永田町の議員会館に勤める秘書の感染が相次いで確認されているほか、東京・赤坂にある衆議院の議員宿舎に住む議員の同居家族が感染したことも分かった。

また、議員の専属の運転手を務める国会職員が感染したことも確認されている。

しかし、自民党と立憲民主党は、国会を休会にすべきでないという立場を崩していない。双方とも、国会を安易に閉じられない理由があるからだ。

与党側としては、緊急経済対策を盛り込んだ今年度の補正予算案や、年金制度改革関連法案などの政府提出法案を成立させなければならない。ある自民党幹部は、「国会は、最後の最後まで、死んでも開いておかなければならない。新聞の輪転機を止められないのと同じだ」と語気を強める。

対する野党にも事情がある。
政府の新型コロナウイルス対策は後手に回っていると批判する野党。国会で行政監視の役割を果たす必要があると考えているのだ。立憲民主党のある幹部は、「対策のスピード感は重要なので審議には協力したいが、野党としてチェックして、国民の様々な声を届ける責務がある」と話す。

過去を振り返っても、衆参両院そろって議決を経て正式に休会した例は極めて少ない。
戦時中、当時の帝国議会では、東京大空襲の翌日も本会議が開かれたほか、9年前の東日本大震災、そして原発事故の際も、休会はしなかった。
「緊急事態の時こそ立法府が果たすべき使命は大きい」と指摘する議員は多い。

憲法で「出席」必要

そもそも、議員は、憲法で国会への「出席」が必要とされる。

憲法56条
1項「両議院は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない」
2項「両議院の議事は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる」

憲法に書き込まれた「出席」の文字。これが、議員が議場内に実際にいなければならないとされるゆえんだ。

打開策はあるか

ただ、議員の間で感染がまん延すれば審議もままならなくなり、肝心の国会の役割も十分果たせなくなる恐れがある。

有効な手だてはないのだろうか。
最近、特に若手議員から聞かれるのが、インターネットを活用して審議や採決を行えないかという意見だ。これなら議員も外出せず、感染やまん延の防止につながる。

国会改革を訴える自民党の若手議員グループは、4月に入り、衆参両院に対し、インターネットで審議を視聴することを国会への出席と認めるよう求めた。

また、医師出身の議員らで作るグループも、インターネットによる採決への参加を検討するよう求める提言をまとめている。

しかし、国民の代表として議場で議論に参加し、その議論を通じて、みずからの意思を固めて投票するという従来の国会のあり方に照らせば、インターネットの利用は、審議の形骸化につながりかねないと懸念する声もある。ベテラン議員を中心に、「国会が積み上げてきた歴史や伝統は大切にする必要がある」という意見は根強い。

与野党の議員が口をそろえて、「感染症対策をこれほど講じるのは初めてのことだ」と語るように、日々、対応を迫られている国会。感染の拡大を防止しながら、いかに立法府の機能を維持していくのか。

未曽有の事態を前に、国会もまた難題に直面している。

政治部記者
及川 佑子
2007年入局。金沢局、札幌局、テレビニュース部を経て政治部。現在、与党クラブ国対番。
政治部記者
並木 幸一
2011年入局。山口局を経て政治部。現在、野党クラブ国対番。