れこそが正義」ふる納の乱!

「これは地方自治を守る戦いだ」
と、両者が同じ主張を繰り広げて、熾烈な争いをしている。
大阪・泉佐野市と、総務省のことだ。
過熱する「ふるさと納税」をめぐっての対立は、ついに法廷闘争に至ることになった。
異例づくしの展開の舞台裏を探り、ふるさと納税のあるべき姿とは、そして「地方自治」とは何なのか、を考えてみた。
(鈴木壮一郎、西澤友陽)

総務省が予想外の「勧告」無視?

「再度の検討を行った結果、泉佐野市を不指定とする判断を維持することにした」

10月3日、総務省8階にある記者会見室。
ふるさと納税の新制度から泉佐野市を除外したことについて、国と地方の争いを調停する国の第三者機関「国地方係争処理委員会」から再検討するよう勧告を受けていた総務省は、引き続き、泉佐野市を除外することを決め、担当課が記者会見を行った。

除外の継続は、集まった記者たちの予想通り。
しかし、その後、総務省が説明した除外継続の理由は、まったくの予想外だった――

経緯を振り返ろう。

6月にスタートしたふるさと納税の新制度では、過熱する一方の自治体間の返礼品競争を防ぐための新たなルールが設けられ、返礼品は「地場産品」に限られ、その金額にも上限が定められた。総務省は新制度の開始前から、同様のルールを各自治体に通知して「自制」を求めてきたが、一部の自治体はこれに従わなかった。

これを受けて総務省は、これらの自治体のうち、泉佐野市を筆頭に、特に多額の寄付金を集めた4つの市と町について、新制度からの除外を決めた。

この点、係争処理委員会は、「新制度の開始前の状況を除外の直接の理由とすることは法律違反のおそれもある」と指摘。

総務省に対し、除外を継続する場合は、別の理由を考えるよう勧告していた――

果たして、総務省は、説得力のある別の理由を説明できるのか。

冒頭の10月3日の記者会見での席上、私たちの関心はその一点に集まっていた。
すると、総務省は「過去の事実関係を判断の基準の1つとすることは法律違反にはあたらない」と係争処理委員会の指摘に真っ向から反論。理由を変えることなく、泉佐野市の除外を続けることを決めたのだ。

「係争処理委員会の勧告を無視してもいいのか?」

記者から質問が相次いだが、総務省の担当課は、「勧告を真摯に受け止め、総合的かつ多角的に検討した結果だ」と繰り返した。

「総務省の事実上の敗訴」との指摘まで出た係争処理委員会の勧告に、総務省は最後まで徹底的に争う姿勢を鮮明にした。

「後出しジャンケン」はダメ

「ムチャクチャやな…」
総務省の決定を聞いた泉佐野市の千代松市長は、ため息交じりにこう漏らした。

泉佐野市では、係争処理委員会の勧告を受けて、総務省が除外継続の新たな理由を見つけるのは難しく、新制度への参加が認められる可能性が高いとみて、準備を始めていた。

千代松市長は、総務省の記者会見のわずか45分後に、記者団の取材に応じ、大阪高等裁判所に提訴する意向を表明した。

大阪南部、人口10万の泉佐野市。
今回のふるさと納税制度をめぐる一連の経緯を「地方自治の根幹に関わる問題だ」と主張し、総務省に対して一歩も引かない構えを続けてきた。

泉佐野市は、25年前に沖合に造られた関西空港の浮沈に大きく翻弄され、財政破綻寸前の状況が10年余りにわたって続いた。

そうしたなか、ふるさと納税を「起死回生の一手」ととらえ、関西空港を拠点とする格安航空会社の航空券と交換できるポイントのほか、地場産品ではない牛肉やビールなど1000種類にも及ぶ返礼品を取りそろえ、2年前の平成29年度には全国最多となる135億円の寄付を集めた。

そして、「自制」を求めて総務省が出した通知には「強制力はなく、従うかどうかは各自治体の判断だ」として取り合わず、新制度の導入が国会で議論される最中に「閉店キャンペーン」と銘打って、返礼品に加えてAmazonのギフト券を贈る取り組みを展開。

この大盤ぶるまいの結果、翌平成30年度の寄付金は約500億円と、全国で集まった寄付額の10分の1近くを泉佐野市だけで占めることとなった。

「われわれは法に反することはおこなっていない。自分たちで欠陥がある制度をつくっておきながら、“後出しジャンケン”のように規制をつくって、各自治体を従わせようとする総務省の姿勢は地方自治の趣旨に反する」

新制度から除外された泉佐野市は、自信を持って、係争処理委員会に審査の申し出をおこない、委員会の勧告は「当然の結果だ」と受け止めた。

「正直者にバカは見させない」

一方の総務省も、「地方自治を尊重しているのは自分たちの方だ」との確信を持つ。

「ふるさと納税は、各自治体の良識に期待してつくった制度であり、その精神を守るために粘り強く『自制』を促す対応を続けてきた。自主的に見直しをおこなった自治体が損をする、“正直者がバカを見る”ようなことを認めるわけにはいかない。最初からルールで縛ってしまうのは、それこそ地方自治に逆行する対応だ」

取材に対する総務省幹部らの説明は、一貫して変わらない。

それだけに係争処理委員会の勧告には省内で衝撃が走った。しかし、泉佐野市の新制度への参加を認める選択肢はハナからなかった。

というのも、係争処理委員会も、泉佐野市の寄付金の集め方について、「ほかの自治体への影響を顧みない対応で、ふるさと納税制度の存続が危ぶまれる状況を招いた」と厳しく批判していたからだ。

では、なぜ総務省は、冒頭で触れたように、委員会の指摘を否定する形で、泉佐野市を除外する理由を変えなかったのか。
総務省幹部は「新たな理由をつけてしまうと、裁判になった場合に『後付けだ』と反論され、不利になる可能性があるからだ」と、泉佐野市との法廷闘争になる前提での判断だったと打ち明ける。

委員会の勧告が出たあとに、内閣改造で総務大臣に就任した高市大臣。

泉佐野市が提訴すると「被告」となる。

勧告を何度も読み込み、総務省の担当課が書き上げた除外継続の決定文にみずから手を入れた。
決定後の記者会見では、「地方分権を守る観点に立った対応だと考えている」と強調した。

総務省の判断は、裁判で吉と出るのか、凶と出るのか。
係争処理委員会の委員のひとりは取材に対し、「総務省の判断について意見を言っても意味がない。言えるのは『見解が違いますね』ということだけだ」と突き放すように答えた。

地方分権の「コスト」か?「リスク」か?

総務省と泉佐野市の双方が「地方自治」の御旗を掲げている今回の争い。

総務省幹部は「地方分権をめぐる思想のぶつかり合いだ」と解説する。

泉佐野市の対応を「地方分権の理念を守るために必要な“コスト”として認めるべきだ」という思想と、「地方分権の制度としての維持を脅かす“リスク”として排除せざるを得ない」という思想だ。

どちらも一理あるように聞こえるが、地方財政や課税制度に詳しい一橋大学経済学研究科の佐藤主光教授は、総務省にも、泉佐野市にも、問題があったと指摘する。

「泉佐野市の対応は、ふるさと納税の制度を著しく毀損したと言わざるを得ず、正当化できるものではない。そうしたなかで、何のおとがめもなく、新制度への参加を認めることは『勝ち逃げ』を認めることとなり、ほかの自治体の手前、総務省として選択できなかったことは理解できる」

「一方で、今回の問題は制度のひずみのなかで生まれてきたのであり、泉佐野市という一自治体の責任にするのも間違いだと思う。『地方分権』のなかにもルールが必要で、その監督が総務省の役割であり、地方自治の名のもとに対応が後手に回ったことを総務省は率直に反省すべきだ」

返礼品廃止論も

ふるさと納税をめぐっては、「自治体間の返礼品競争の過熱」以外にも、制度の根本的な問題を指摘する声が出ている。

1つは「所得が高い人に有利な制度になっている」という批判だ。

ふるさと納税の制度は、寄付額に応じて、自分が住む自治体に納める住民税などが控除される仕組みで、控除の対象となる金額は所得が高い人ほど多くなる。つまり、返礼品が用意されている自治体に寄付すれば、所得が高い人ほど、実質的な負担はゼロで、より多くの返礼品を受け取れることになるのだ。

さらに、ふるさと納税でほかの自治体に税収が流れ出た自治体に対しては、国が地方の財政支援のために交付している「地方交付税」によって流出分の多くが補填される仕組みになっている。その財源は税金だ。

これは、ふるさと納税をおこなっていない人も含めて、すべての納税者で補填をおこなっていることになり、二重の意味で、高額所得者に有利だと指摘されている。

もう1つは、一部の自治体での深刻な税収の減少だ。

財政が豊かで、もともと地方交付税の交付対象となっていない自治体には国からの補填がなく、ふるさと納税による税収の流出は、そのまま税収の減少となっている。

東京23区などがそうで、このうち世田谷区の今年度の減収見込みは53億円余りにのぼる。
世田谷区では「区全域でのゴミ収集やリサイクルの年間費用に匹敵する」などとして、国に対して対策を講じるよう求めている。

ふるさと納税は、その名のとおり、自身の出身地など、応援したい自治体への寄付文化を醸成しようと設けられた制度だ。

前述の佐藤教授は「現状はネット通販と変わらない」として、返礼品の廃止も含め、制度の抜本的な見直しを検討すべき時期に来ていると強調している。

「ふるさと納税は実体としては、自分が住む自治体に払うべき地方税を他の自治体に払う制度であり、それはその自治体の政策などに共感して払うべきで、返礼品目当てで払うのは制度の趣旨に反する。今回の問題も、過度な返礼品を出したのは自治体側だが、受け取ったのは国民であり、問われるのは地方自治だけでなく、われわれの寄付に対する姿勢だ」

根づくか寄付文化

一方で、ふるさと納税の制度を活用して返礼品なしで寄付する人も増えてきている。

去年9月の北海道胆振東部地震で震度7の揺れを観測し、甚大な被害が出た厚真町。
被災直後から、ふるさと納税の制度を活用した寄付が全国から寄せられ、平成30年度の1年間に11億3000万円が集まった。前年度の実に5倍以上の寄付金だった。

厚真町ではいまも247世帯、435人が仮設住宅で生活していて(10月末現在・みなし仮設など含む)、町では集まった寄付金の一部を災害公営住宅の建設事業費などに当てる予定だという。

町の担当者は、「全国から寄せられた善意の寄付には非常に勇気づけられ、ありがたかった」と話す。

ふるさと納税の手続きを仲介している国内最大規模のウェブサイト「ふるさとチョイス」では、5年前から「災害支援」専用のサイトを開設し、被災地に対する寄付を受け付けている。

この専用サイトを通じた各被災地への寄付金は、3年前の熊本地震が19億2900万円、去年の西日本豪雨が15億9800万円などとなっていて、これまでの総額は60億円を超えているという。

サイトの運営会社では、「ふるさと納税を活用した災害支援についての認知度が年々上がってきており、返礼品なしの寄付も徐々に定着してきている」と分析している。

ことしの台風15号や19号の被災地への寄付も、ふるさと納税を扱う多くのウェブサイトで受け付けていて、支援の輪が広がっている。こうした機運をしぼませることなく、日本に寄付文化をしっかり根づかせていくには何が必要か。

総務省と泉佐野市のどちらに軍配があがるのかという表層的な事象を追うだけではなく、返礼品がもたらした功罪を冷静に分析し、ふるさと納税という制度がわれわれに問いかけている問題に真剣に向き合わなければならない。

政治部記者
鈴木 壮一郎
2008年入局。津局、神戸局を経て政治部。現在、総務省などの取材を担当。
大阪局記者
西澤 友陽
2015年入局。前橋局を経て大阪局。現在、大阪南部の自治体などの取材を担当。