は犯罪者、ゆるされたのか

「恩赦」それは犯罪者の受ける罰が軽くなること。
このほど55万人を対象とした大規模な恩赦が実施された。26年ぶりだという。
しかし、誰が「赦(ゆる)された」のかは、一切公開されていない。
ここはぜひ、今の思いを聞いてみたい。今回、私は当事者を探すことにした。
そして皆さんも、恩赦とはどうあるべきなのか、考えてみてほしい。
(柳生寛吾)

まずは制度を知らなければ

とはいえ、制度をよく知らなければ、調べることもできない。まずはそこからだ。

今回の恩赦は、10月22日に行われた、天皇陛下が即位を内外に宣言される「即位礼正殿(そくいれいせいでん)の儀」に合わせて公布され、即日施行された。

東京・港区の国立印刷局に、そのことを示す「官報」が掲示された。
ただ、そこには政令や基準が示されているだけである。もちろん、個別の事例が載っているはずはない。

まずは、法律の規定を調べ、法務省の担当者から話を聞いた。すると、一口に恩赦といっても、さまざまな種類があることが分かった。

あまり知られていないことだと思うが、実は小規模な恩赦は、頻繁に行われている。
「常時恩赦」といって、毎年30人程度が対象となるのだ。去年は19人に対して行われた。

恩赦の歴史は古く、日本では約1300年前の奈良時代から行われてきたとされている。
大規模な恩赦は、天皇の即位や改元、皇室や幕府の慶弔時などに行われてきた。現在は、日本国憲法7条と73条に基づいて、内閣の決定と天皇の認証を経て行われることになっている。

では今回は…

昭和22年に施行された恩赦法などによって定められている内容を整理すると次のようになる。

まず、以下の2種類に分けられる。

「政令恩赦」は、政令で、罪や刑の種類や基準日などを定め、要件に該当する人に対し、“一律”に行われる。

「個別恩赦」は、有罪の裁判が確定した特定の人に恩赦を実施するかどうかについて、法務省が設置した有識者らでつくる「中央更生保護審査会」が“個別に審査”して判断する。さらに、内閣が一定の基準を設けて、一定の期間を限って行われる「特別基準恩赦」と、日ごろから行われている「常時恩赦」に分けられる。

その上で、恩赦の内容は5種類に分けられるのだが、それを図にするとこうなる。

では、今回の「令和の恩赦」はどう行われたのか。

「政令恩赦」は「復権」のみで、対象は罰金刑を受けた人だけとなった。つまり重罪で懲役刑を受けた人などは対象外だ。
罰金を納めてから恩赦が行われる前日の10月21日までに、3年以上が経過している人で、これで約55万人。8割は交通違反者となった。ただ、罰金が返ってくるわけでも、免許の取り消しが無効になるわけでもなく、国家試験を受ける権利などが回復するだけだ。選挙違反者の場合は、公民権が回復することになる。

「特別基準恩赦」は、「刑の執行の免除」と「復権」となった。
もともと病気などで刑の執行が長期間停止されていて、今後も困難な人などは、執行を免れることに。
そして、罰金刑のため、就職や子どもの養育などで社会生活上の障害となっている人も復権の対象となった。
こちらは1000人程度の見込みだ。

探してみた

さて、制度は把握した。ではどう探すか――

目星を付けたのは、「政令恩赦」の「復権」の対象となった人。
「罰金の納付から10月21日までに3年以上が経過している人」ということは、「3年前の平成28年10月21日までに罰金を納付済みで、まだ資格制限が終わっていない人」を探せばいいことになる。

その中でも探しやすそうなのは…選挙違反者だろうな。その数、約430人。
当時、議員などだった場合、実名で報道されているケースも多い。

そこで私は、過去のニュースや記事などから洗い出すことにした。

該当する人物をリストアップ。すると、全国で合わせて数十人の名前が並んだ。

この数年の話なら、住んでいる地域も変わっていない人が多いだろう。
当時の議会の資料などをめくり返し、連絡先にたどり着くことができた。

電話をかけてみる。やはり、なかなか、つながらない。しかし――

何人かとは、電話口で話すことができた。

NHKの政治部記者であることを名乗り、
「恩赦の意義を考えるために、率直な意見をうかがいたい」
とお願いした。

やはり、警戒される。何を今さらと、すげなく断られる。

そういう交渉を繰り返すうちに、テレビカメラでのインタビューは受けられないが、素性を伏せてのコメントなら、取材に応じてくれるという人が複数見つかった。

1人目「政治活動を復活させたい」

まずは、元地方議員の70代の男性。

自分の選挙で、有権者に投票や票の取りまとめを依頼し、お礼の品を渡したとして、公職選挙法違反で、罰金40万円、公民権5年停止の略式命令を受けた。

初めは、やや慎重に、ことばを選びながらも、自身のことを振り返ってくれた。

「考えが古かったんだと思う。自分でやったことなので、自分の公民権が停止されるのはしかたないが、同様の処分を受けた運動員たちには申し訳なかった」

略式命令を受けてから男性は、政治活動は行わず、農業などにいそしんできたという。

今回、恩赦によって、公民権が回復したことについて聞くと、先ほどまでより、やや熱を帯びた口調で語った。

「一段落という感じで、ほっとしている。選挙に、また出る気はないが、これまで30代から立候補して、議員として働いてきた。地域の発展のために、政治に関する活動は再開したい」

そして、恩赦について、尋ねてみた。

「恩赦の制度は、続けたほうがいいと思う。やはり、地域にとって、どうしても必要とされる人はいるから、その人たちのためには必要な手段だ」

絞り込まれた選挙違反者

今回の恩赦での選挙違反者への対応には、政府の配慮がうかがえる。

平成2年の上皇さまの「即位の礼」の際に行われた「政令恩赦」の「復権」の対象には、同じ年に行われた衆議院選挙で、公職選挙法違反で罰金刑を受けた約4300人も含まれていた。
すると、「選挙違反者を救済するための『政治恩赦』だ」という指摘が噴出した。

その後の平成5年の恩赦では、「政令恩赦」は見送られた。

こうした経緯もあり、今回の恩赦では、直近の衆議院選挙と参議院選挙、それに統一地方選挙は含めないことになった。だから「罰金の納付から3年以上経過」で、その結果、430人に絞り込まれたのだ。平成2年の10分の1である。

2人目「恩赦は必要ない」

もう1人、取材に応じてくれた。元地方議員の50代の男性である。

「家に届く選挙のお知らせの宛名が手書きになっていたんです。本来なら、印刷されているはずですよね。自分が選挙違反で公民権が停止になっているので、選挙管理委員会も世帯主宛てに送れなかったんだろうと思います。そのお知らせを見るたびに現実を突きつけられているようで、家族に迷惑をかけてしまって、申し訳なかったです」

この男性も、自分の選挙で、有権者に飲食を接待して、投票や票の取りまとめを依頼したとして、公職選挙法違反で罰金50万円、公民権5年停止の略式命令を受けた。

ただ、この男性は、「恩赦は必要ない」ときっぱりと言い切った。

いまは会社員として働く男性は、自分が支援している地元の候補者について、選挙管理委員会に確認した上で事務作業の手伝いなどはしたものの、政治活動に戻る気はないという。

最後に、静かな口ぶりで、こう述べた。

「恩赦されたからといって、罪が消えるわけではないじゃないですか。例えば、罪を犯して刑務所に入ったが、本当に更生して、努力し続けている人だけ、刑期が短くなるなら、まだ、あり得るのかもしれない」

「でも、即位の礼だからといって、恩赦が行われる意味が正直わからない。自分は特に何の努力もしていないのに、たまたま、このタイミングに巡り合っただけですから」

恩赦って必要?

恩赦を受けた人の話を聞き、少々、もやもやした気分だ。
今度は法務省の幹部に、話を聞いてみることにした。

すると、今回の恩赦に当たっては、ある考え方があったことを明かしてくれた。

「『恩赦によって、刑務所から出られた』ということには、絶対にできない。あくまで、現在、社会の中にいる人を対象にするように制度設計した」

この幹部によると、今回の恩赦の実施にあたって、「ほとんどを復権に絞る」という基本的なコンセプトは、省内で、すぐに一致したという。犯罪被害者やその家族の心情に配慮したからだ。

そこまでしてまで恩赦を実施する意義とは? 法務省はこう説明している。

「有罪判決を受けた人の更生の励みとなり、再犯抑止の効果も期待できるなど、犯罪のない安全な社会を維持するために重要な役割を果たしている」

有罪判決を受けると、さまざまな法律上の制限を受けることになる。例えば、医師や看護師などは、罰金刑に処せられた過去があると資格を取れない場合がある。「復権」では、失った資格そのものが戻ってくる訳ではないが、資格を取る制限はなくなるのである。

法務省の幹部は、「医師などの資格が回復すれば、その人に社会に貢献してもらえるという側面もある」と指摘した。

実は「やめる決断できず、先例にならい…」

しかし、皇室の慶弔時などの際に“一律”で行う明確な理由はあるのだろうか。

今の憲法のもとで、国家的な出来事などのタイミングで行われた恩赦は以下の通りだ。

昭和天皇の「大喪の礼」での「政令恩赦」の「復権」は、約1014万人、上皇さまの「即位の礼」での「政令恩赦」の「復権」は、約250万人が対象となった。

さらに、平成の恩赦では、「大赦」や「特赦」、「減刑」も行われている。

平成の恩赦と比較すると、今回は限定的に実施され、対象が絞り込まれたことがわかる。

法務省の幹部はこう話した。
「『即位の礼だからやる』という理屈は、なかなか一般には理解を得にくいだろうという思いはあった。しかし、逆に『では、今回から、やめましょう』という決断を下す明確な理由も立たなかった以上、先例にならって実施するしかなかった」

海外では縮小傾向

では、海外ではどうしているのだろうか。事情に詳しい研究者に聞いてみることにした。

千葉大学大学院の大林啓吾准教授は、ヨーロッパなどでは、恩赦は縮小傾向にあると話している。

「海外での恩赦の起源は、君主制のもとでの統治の手段として、囚人への慈悲的な意味合いを持って実施されてきました。しかし、現代では、例えば、イギリスでは、実施回数は減少傾向にあり、慶弔時の恩赦は、戦後、ほとんど行われていません」

「フランスでは、大統領選挙のあとに、大規模な恩赦を行う慣習がありましたが、サルコジ元大統領が恩赦の抑制を宣言し、その後、憲法改正によって、恩赦は個別に行うもののみに限定されています」

一方で、大林准教授によると、アメリカでは、大統領の任期の末期に大量に恩赦を行う傾向があるほか、韓国では、2000年以降、減少傾向にあるが、1つの政権で数万人規模の恩赦が行われることもあるという。

これからの恩赦のあり方は

さらに私は、憲法や刑事政策、被害者学、法哲学など、さまざまな専門領域の法学者に恩赦の意義を取材してみた。結果としては、
「『個別恩赦』は必要な場面があると言えるが、『政令恩赦』の意義は改めて検討すべきだ」
という意見が多かったように感じた。

恩赦と刑事法の関係などに詳しい、慶應義塾大学の大屋雄裕教授も、その1人だ。

「非常に例外的ですが、法令に不適切な面があったことが後に発覚した場合において、『個別恩赦』が行われる意味はあると思います。
ただ、『政令恩赦』は別です。法整備が進んでいない前近代では、罪と罰の均衡を実現するための手段として、恩赦は意義を持ち、それが国王などの権力の正当化に結びついていました。象徴天皇制となった現代の日本において、同じような考えで『政令恩赦』も続けていていいのでしょうか」

先の大林准教授も、「個別恩赦」は、社会の大きな事情の変化などに対応するため、一定の意義はあると指摘する一方、「政令恩赦」については、手続きや中身を検討すべきだと話している。

「日本の『政令恩赦』は、対象人物や罪状が明らかにされないことから、どのような観点から恩赦が与えられているのかが分からず、国民に対し、説明責任を果たすことが求められます。
一方で、そもそも恩赦は、敵対する相手の罪を赦して、同じ社会で共生していくためのものでした。今の時代の共生と言えば、増加する訪日外国人との共生という課題があります。例えば、『入国管理法違反の外国人に対する恩赦』といった、新しい選択肢を検討してみるのもいいのかもしれません」

「また、天皇の代替わりなどのタイミングに限って、『政令恩赦』を実施することで、むしろ恣意的に恩赦を実施することがないような規制として働いている可能性も否定できない以上、やはり慎重な議論が必要でしょう」

令和の時代を迎えて行われた今回の恩赦。

過去に繰り返し行われてきた歴史を踏まえながらも、新たな時代の要請に応えるべく、模索してきた側面もあったように思う。

一方で、前例を踏襲するだけではない、今後の恩赦のあるべき姿は果たしてどのようなものなのだろうか。
26年ぶりの今回を契機に、改めて考えてみるべき課題ではないかと強く感じた。

政治部記者
柳生 寛吾
2012年入局。長崎局を経て、18年7月から政治部。1年間の総理番を経て、法務省を担当。