邸への訪問記録を発見!
ところが…

総理大臣官邸に、いつ、誰が、何の目的で訪れたか――
それを知る手がかりになる文書があることが分かった。
当初は情報公開でほぼ開示された、貴重な文書。ところが、一転して突然「黒塗り」に。いったい、何が起きたのか?
(中村雄一郎、横井悠)

官邸訪問者の記録「存在しない」のか…

総理大臣官邸は、報道各社が番記者をおいて、そこに出入りする人たちを日々取材している。この記事を読んでいる方なら、新聞にもある「首相動静」の欄を見たことがあるだろう。

官邸は日本の最高の意思決定機関。ある政策がいつ、誰によって決定されていくのか、検証する上で欠かせない。だから、こういう取材をしている。

しかし、官邸の敷地への出入り口は少なくとも4か所あり、すべての訪問者を把握するのは容易ではない。秘密裏に面会を求めるケースもあるという。

なんとか、把握できる手段はないものか。そこで、毎日新聞社がこんな手段を使った。
ことし4月、安倍総理大臣と省庁幹部との面談で使われた説明資料や議事録などの記録およそ1年分を情報公開請求したのだ。

しかし、回答はすべて「不存在」だったと報じた。官邸もその後、こうした面談記録については官邸としては一切残していないと説明した。

やはり官邸の動きをつかむのは難しいのだろうか。

「官邸訪問予約届」という文書が存在

ところが、「面談」の手がかりになる記録が存在することが判明した。

入手したのは、東京のNPO「情報公開クリアリングハウス」の三木由希子理事長。

三木さんは長年、情報公開を通じて記録することの大切さや、知る権利の確保に取り組んできた専門家だ。公文書の保存を訴えていて、今回も廃棄されないよう、情報公開で資料を確保した。

それが、「官邸訪問予約届」という文書だ。

官邸を訪問する場合は、事前に予約し、さらに身分証との照合や本人確認もあわせて行われる。その手続きの際、作成されるのがこの「官邸訪問予約届」なのである。

「加計学園をめぐる国会答弁で、この官邸訪問予約届というものがあるのを知り、まず1日分(6月13日)だけ、請求しました。それで出てきたのがこの文書でした。官邸の動きをみる手がかりになると思いました」

これが、最初に公開された、平成29年6月13日の官邸訪問予約届だ。

一部が黒塗りにされているものの、3人の「防衛装備庁の職員」が、「島田総理大臣秘書官」に「ご説明」のため、「午後2時55分」に官邸を訪問する予定になっていたことが分かる。事実が淡々と書かれた、事務的な文書だが、面談記録が「不存在」な以上、重要な情報である。

こうした文書が、1日分で26件にものぼっていた。

実際に訪問していた

この訪問予約届、官邸では公文書管理法などで求められる保存期間は「1年未満」だと説明していて、実際には、1日で廃棄する取り扱いにしている。

そこで三木さんは、廃棄される前に請求するという手法で10日分を請求した。民間人の名前や、訪問先・訪問目的の一部などは黒塗りにされたが、やはり各省庁の官僚の名前や、地方自治体の首長・職員の名前は開示された。

「予約」という名前だが、官邸の事務担当者に聞いたところ、「訪問したことを示す資料」に等しいということだった。開示された文書には端に「済」という印が押されていて、訪問を終えたことをうかがわせる。

開示された文書に名前が載っていた数人に連絡をとったところ、やはり記録された日時に安倍総理大臣や西村官房副長官と面会したことを認めた。

首相動静には無い内容も

注目は、総理大臣に常に付き従う秘書官との面会がいつ行われたかが確認できることだ。これは「首相動静」では分からない。

開示された文書からは、秘書官への説明や報告のために、連日、各省庁の幹部らが官邸に足しげく通っていることが読み取れる。その数は、この10日間の分で確認できただけで30件余りにのぼった。

三木さんは、この文書の意義を語った。
「官邸にいつ誰が行って誰と会ったのかは、権力へのアクセスみたいなものなので、そういう記録がきちんと残されていることが非常に重要なんですね。それによって、特定の省庁と著しく偏重したやりとりがないかチェックできます。加計学園の獣医学部設置をめぐる問題のように、官邸で面会が行われたかどうかが議論になっても、記録がなければ、官邸側が何とでも言えてしまうわけですね」

「これまで手がかりになる記録が少なかったのですが、訪問予約届は議論の材料になりうる情報が含まれていることがわかりました。社会にオープンにしていく必要があると思います」

ところが!一転「黒塗り」に

ことし3月から本格的にほぼ毎日、情報公開請求を行うことにした三木さん。
ところが、次に出てきた文書は、一転して真っ黒に塗られていた。その前に2度開示されていた各省庁の官僚の名前も、ほぼすべて不開示になっていた。

不開示になった理由は、こう記されていた。
「公にすることにより、総理大臣官邸への不法な侵入を招くなど犯罪の実行を容易にするおそれがあり、公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあること及び総理大臣官邸の警備に係る業務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある」

ここまで2度、開示された資料が、突然黒塗りに。三木さんも「すでに訪問を終えた人の記録なのに、“警備に支障を及ぼす”などといった不開示の理由は理解しがたい」と驚いていた。

なぜ、一転して黒塗りになったのか。
官邸の文書管理を担当する内閣総務官室の中井亨内閣参事官に見解をただしたところ、こう回答した。
「訪問予約届は官邸の警備業務を行うための文書なので、警備に支障が生じるかどうかで判断しています。警備に関することなので詳しくは申し上げられません」

一度決めた情報公開の判断を後退させたようにも見える、と尋ねると。
「以前も全部開示をしているわけではないので、情報公開法に照らして出す部分は出して、出せない部分は出さないということで判断しています。同じような請求であったとしても、それぞれ違う請求だとわれわれは思うので、時期や態様、請求の中身をみて、請求ごとに判断したということです」

「誤った方向に解釈を変えた」

今回の問題をどう見るか。公文書の管理や情報公開に詳しい東洋大学の早川和宏教授に話を伺うと、こんな疑問を口にした。

「記録されている情報に差はないはずなので、官邸側の価値判断が変わったということだと思います。訪問が行われる前に文書を出すのであれば、不開示にした理由にあたりますが、訪問日の後に文書を出しているので、それ以降の段階で不法な侵入を招くことはないし、警備に支障が出るともいえないでしょう。
不開示にあたるかどうかは、行政はかなり厳格に判断しなければならないのですが、誤った方向に法律の解釈を変えたように感じます。情報公開に対する姿勢が問われます」

その上で、現在は1日で廃棄する取り扱いにしている保管のあり方についても見直す必要があると提言している。
「政治に携わる方々も記録として残しておかないと、思い込みだけで事実と異なることを話してしまう懸念があります。政治に対する不信感が高まることになりかねないので、事後的に検証できるように、文書を1日で廃棄するのではなく、一定期間残しておく必要があると思います」

官邸の動向を知る貴重な手段となるはずだった文書。
三木さんは今後、不開示の決定に対して不服審査請求を申し立てるという。
この問題、引き続き取材していきたい。

社会部記者
中村 雄一郎
2003年入局。大阪府警や東京都庁を担当後、沖縄局で沖縄戦や米軍基地問題を取材。現在は憲法や災害などを担当。
社会部記者
横井 悠
2007年入局。長野局を経て社会部。環境省、司法、宮内庁を担当し現在は社会部遊軍に。信州のそばと温泉を愛する。