室の課題は、残されたまま

皇位継承を受けて4日には一般参賀も行われ、14万人余りにのぼる人が皇居を訪れた。
「お正月がもう一度、来たようだ」などと言った言葉も聞かれ、祝賀ムードも。
しかし、令和の時代が始まったからと言って、内外に山積する課題が「リセット」されたわけではなく、皇室の課題も残されたままだ。
皇室を取り巻く課題と解決策を探った。
(政治部官邸クラブ 小口佳伸、仲秀和)

退位に向けた特例法の付帯決議

おととし6月に成立した「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」。
この法律をめぐっては、衆参両院の委員会が、安定的な皇位継承を確保するための課題や女性宮家の創設などを、特例法の施行後、速やかに検討することなどを求める3項目の付帯決議を可決した。

1.政府は安定的な皇位継承を確保するための諸課題、女性宮家の創設等について、皇族方の御年齢からしても先延ばしすることはできない重要な課題であることに鑑み、本法施行後速やかに、皇族方の御事情等を踏まえ、全体として整合性が取れるよう検討を行い、その結果を、速やかに国会に報告すること。

2.1の報告を受けた場合においては、国会は、安定的な皇位継承を確保するための方策について、「立法府の総意」が取りまとめられるよう検討を行うものとすること。

3.政府は、本法施行に伴い元号を改める場合においては、改元に伴って国民生活に支障が生ずることがないようにするとともに、本法施行に関連するその他の各般の措置の実施に当たっては、広く国民の理解が得られるものとなるよう、万全の配慮を行うこと。

このうち3は、政府が令和元年が始まる5月1日の1か月前の4月1日に、新元号を決定、発表することで、国民生活に支障が生じないよう配慮し、付帯決議に沿った対応をとった。残る1と2がまずは課題としてあげられる。

これまでの議論は

これまでも、安定的な皇位の継承や女性宮家の創設をめぐる議論は、折に触れて行われてきた。大きな議論となったのは、小泉政権と野田政権での議論だ。

小泉政権
小泉政権時代の平成16年(2004年)。皇室では男性皇族がおよそ40年誕生しない状況が続き、当時の皇太子さま、つまり今回即位された天皇陛下の、次の世代に皇位を継承できる皇族がいないことが課題となっていた。
こうした状況を踏まえ、平成16年12月、小泉総理大臣のもとに「皇室典範に関する有識者会議」が設置され、安定的な皇位の継承に関する議論が本格的に始まった。

17回にわたって会議が開催された末、平成17年11月に最終報告がとりまとめられた。

女系天皇容認
この中では、まず、皇位の継承を男系男子に限定している現在の皇室について、早晩、皇位継承資格者が不在となるおそれがあり、象徴天皇制の維持が不確実になりかねない状況だと指摘。その上で、女性とその子どもの女系にも皇位の継承を認める方針を打ち出した。歴史上、女系の天皇は1人もいないなか、皇室の歴史を大きく転換させる内容だった。
また、皇位の継承順位は、将来の天皇が早くから明確になり、国民が期待を込めて幼少の頃から成長を見守ることができるなどとして、男女を区別せずに直系の第一子を優先させるとした。
さらに皇族の範囲も拡大し、女性の皇族が皇族以外の人と結婚した場合でも、そのまま皇族にとどまり、夫も皇族になるとした。
これを受けて、政府は内閣官房に「皇室典範改正準備室」を設置。
平成18年1月には小泉総理大臣が、皇室典範改正案を通常国会で成立させたいという考えを表明。

しかし、野党や学者のほか、閣内、党内からも「女系天皇容認は男系継承という皇室の伝統を破壊するものだ」などの慎重・反対意見が相次いだ。

そのさなかの平成18年2月、秋篠宮妃の紀子さまのご懐妊が明らかになる。
これを受けて、小泉総理大臣は皇室典範改正案の提出を見送る考えを示した。
9月には紀子さまが悠仁さまをご出産。

小泉総理大臣は皇室典範改正案の先送りを表明し、安倍官房長官が有識者会議の最終報告書を見直す考えを示した。

野田政権
野田政権での議論は平成23年(2011年)。この年の10月、宮内庁の羽毛田長官が野田総理大臣に、女性皇族の多くが結婚年齢になっているなどとして、皇族の減少の現状などについて説明。

翌平成24年2月から、皇室典範の改正に向けた「有識者ヒアリング」が始まった。

計6回のヒアリングを経て、政府は10月にヒアリングによる論点整理を公表。2か月程度かけて、国民の意見を聞きながら、皇室典範の改正に取り組む方針も示した。

女性宮家の容認
論点整理では、皇族の減少に一定の歯止めをかけるため、女性皇族が結婚後も皇室にとどまれる「女性宮家」を、一代に限って創設することを検討すべきだと指摘。
その上で、結婚した夫や子どもも皇族とする案と、皇族としない案が併記され、さらなる検討が必要だとされた。
また女性皇族が結婚で皇室を離れても、国家公務員として皇室活動に参加できる案も検討に値するとした。
しかし、野田総理大臣は衆議院の解散総選挙に踏み切り、敗北して平成24年12月に政権交代。

新たに総理大臣に就任した安倍総理大臣は、平成25年1月に「野田政権が検討を進めていた『女性宮家』の創設は慎重な対応が必要」などと国会で答弁し、その後、議論は進んでいない。

識者は
小泉政権での議論について、皇室に詳しい、京都産業大学名誉教授の所功氏は、結論を急ぎすぎたと指摘する

「どんなことも切羽詰まってからやろうとすると慌てる。その典型が小泉内閣の時の議論だ。この先、愛子さまに皇位を継承していただくしかないではないかという中で議論をしたため、結論ありきのような議論の流れだったと思う。1年くらいで結論を出して法改正をしようとしたのはちょっと急ぎすぎた」

元参議院議員で、官房副長官などを務めた慶応大学の松井孝治教授は、皇室と政府の関係の難しさを指摘する。

「私が官房副長官をしていた鳩山政権では余裕がなくて皇位継承をめぐる課題についての議論はできなかった。野田内閣での有識者ヒアリングでは、女系、女性天皇など『御即位のあり方などの議論は置いて』と言って、女性宮家の問題にある程度絞っても、議論に時間がかかり結論は得られなかった。
結局、皇室と政府の関係というのは微妙で、短命な内閣、政権浮揚に政治利用したと言われる内閣ではできず、ある程度、基盤がしっかりした内閣でないと議論はまとまらない。本来は穏和な内閣で議論することが望ましいが、他方で自民党内閣で、よりリベラル色の強い内閣で議論してうまくいくかというと、結局保守派から反発が来て、従来の伝統が損なわれるという議論になるときに、なかなかハト派政権ではやりにくいという面もある」

どのように議論すべきか

では、どのような議論の進め方が望ましいのか。
付帯決議で速やかな検討が求められているが、松井氏は、安定的な皇位継承のあり方よりも、まずは天皇陛下の公務のあり方を考えるべきだと主張する。

静かな議論を
「おそらく政党や政治勢力によって、『速やかに』というのは感覚が違うと思う。特に強く女性宮家を主張している方々から見れば、ご結婚の適齢期の女性皇族の方々がおいでなわけだから、そこを『早く』と言う方もいると思うが、他方で、皇位継承の問題は、将来の悠仁親王のご成婚の時期を考えても、10年、20年というオーダーでそんなに差し迫ってはいない状況であり、その中であまりいたずらに焦って、変な国論をあおることになると逆に議論が混乱する可能性もある。静かに議論することがとても大切だと思う」

大事なのは負担軽減
「皇族の中で一番大きな課題は、天皇陛下の公務のあり方を考えていくことだ。公務の負担をどう軽減していくのか、皇族方に公務を分担いただき、なんでもかんでも陛下にお出ましいただかなければいけない状況は変えていくべきだ。国民の合意は必要だが、もう少し、陛下のご負担のあり方を考えていかなくてはならない。公務の負担のあり方をどのようにして今後の皇室の継承を安定的に行っていくか、これはもう避けて通れない課題だ」

あの保守派にも聞いた
自民党の保守系議員の支持基盤の一つに、神道政治連盟がある。伝統重視を強く打ち出すこの組織の打田文博会長に、今回初めて話を聞いたところ、やはり、皇室の公務の負担軽減のことを挙げた。

「皇族がどんどん減っていく中で、皇籍を離脱する女性皇族に皇室のお手伝いのようなことをしていただくことを検討する方が、まず急を要することだと思う。皇籍を離脱された方に、特別公務員のような形の立場で公務を担っていただくのがいいのではないか。現に黒田清子さんは伊勢神宮の祭主として、陛下の宮中、皇室祭しの一端を担っている。皇籍を離れた内親王、女王はほかにもいらっしゃるので、今まで皇族として務めてきたお仕事の経験もある方に、何らかの形でご活躍頂き、皇室活動を助けてもらうことは、急いで検討する必要がある。それと切り離して、皇位の安定的な継承のためにどのようなことをしていくかという議論があると思う」

所氏は、じっくり検討するためにも、議論を早く始めるべきだと指摘した。
「あまり慌てないで、じっくりと腰を落ち着けて議論すべきだ。ただし、そこで大事なのは、付帯決議に忠実に沿うのであれば、まず議論のスタートを早く切ることだ。一方で、愛子さまが成年皇族として公務を担われるようになる3年後、また悠仁さまが成人される8年後というのを頭に入れ、この3年から8年くらいの時期をめどに、政府の皇室典範改正準備室で、室長やスタッフが異動せずに数年以上張り付いて、情報収集や人脈の構築を行うことが必要だ。そういうところから出される情報であれば、賛成反対、与野党問わず、認識を共有できる」

そのうえで所氏は、戦後、臣籍降下した元皇族に公務を担ってもらう可能性を探るべきだと主張する。
「昭和22年に皇籍を離れた旧宮家のご子孫でしかるべき方がいるならば、そういう方に公務を担ってもらえるのか検討する必要があると思う。皇籍を離れた方の孫世代の中に、本当に皇室の子孫だということを自覚して、皇族に戻れるような人が果たしているのか。さらにその先のひ孫世代にもそういう人が期待できるのかということも、しっかり実態調査をしないといけない。もし、元皇族でそれなりの役割を担えるとなったときには、どういう待遇にするかが問題になるが、公務員という立場だと、上司も公務員になるので、そうではなく、天皇のもとで祭祀(さいし)などに関わっている内廷の職員と同様に、内廷の委嘱を受けた人として、上司は天皇という形で、天皇から求められた時に手伝うということにすれば、国民の理解も得られると思う」

「女性宮家は簡単ではない」

では、女性宮家の創設の検討についてはどうか。
打田氏は、皇室典範で、皇位の継承が男系男子に限られていることや、女性皇族が天皇及び皇族以外の人と結婚した場合、皇室を離れることが定められていることも踏まえると、簡単ではないと指摘する。

「女性皇族はご結婚されると皇族を離れることになっているので、女性宮家の創設はそう簡単にできるのかなと思う。宮家を創設すれば、そこにお婿さんを迎えるわけだが、秋篠宮家の内親王様しかり、皇籍から離れる方のことでもあれだけ注目されるなか、皇室に男性が入るとなった場合の反応を考えると、現実問題として非常に難しいことではないか」

「このたびの皇位継承で、象徴としての天皇に対する敬愛が国民の間にかなり醸成されてきていることは間違いないが、何がそうさせているのかを考えると、天皇陛下が国民の安寧や幸せを祈っておられるという事実も含めて、日本の皇室だけが連々と男系だけで続いてきている点にあると思う。これは日本人が意識する以上に、諸外国で非常に印象が強いので、男系男子で受け継いでいくという形が望ましい」

「ただ、皇族の中に男子が全くいない状況になった場合は、その時点でどうすべきか考えなくてはいけないだろう。過去のような事態が起これば女性天皇が生まれる可能性も否定できない。まずは男系男子の方を広く探してくるというのも当然あるが、悠仁さままではきちんと皇位継承の流れがあるので、慎重に考えていかなければならない」

「そもそも“男系・女系”議論はなかった」

所氏は、男系、女系という概念を超えた議論が必要だと主張する。
「僕は女性宮家は絶望的だと思っている。なぜかというと、いまの皇室典範の下で生まれ育った女性皇族は、当然、結婚して皇籍から外に出る前提で、教育を受けてきているからだ。ここ数年考えてきて、つくづく男系とか女系という言葉はいっぺんリセットしないといけないと思う。男系だ女系だというのは一般国民の話で、皇室は男系でも女系でもない、オンリーワンの天皇という『皇統』だ」

「皇室典範には『皇位は皇統に属する男系の男子が、これを継承する』とあるが、これには概念が3つある。『皇統』という1番大きい概念の次に『男系』という概念があり、その次に『男子』という概念だ。でも、男系だの女系だのという言葉を使ったのは基本的には明治以降。それ以前にそのような議論はない」

「『皇統』という1つの流れのうち、その多くを神武天皇以来、男系が継いできて、その中に8人10代の男系の女子もいたのは事実だ。ただ決して女系がいてはならないと言っているわけではない。あとは、こうした女系が排除、否定されたわけではないという議論に入っていくかどうかだ。この議論をすると『長年やってきた男系男子じゃなきゃいけない』とか『女子を例外的に認めるのがいい』という議論になるので、それを乗り越えるためには、やはり男系や女系と言わない発想がいるが、これを理解してもらうのはそう簡単ではない」

政府の考えは?

皇室は切迫した状況なのか。
新時代の皇室は、即位された天皇陛下と、退位された上皇さまのほか16人の皇族で構成される。このうち女性皇族が13人、そのうちの6人は未婚だ。今後、女性皇族の結婚が続くと、皇族全体の人数が減っていくのは間違いない。

一方、皇位継承の資格がある皇族は、今回の皇位継承に伴い、3人となった。
▼皇位継承順位1位は、「皇嗣」となられた秋篠宮さま。
▼皇位継承順位2位は、秋篠宮ご夫妻の長男の悠仁さま。
▼皇位継承順位3位は、新たに即位された天皇陛下の叔父の常陸宮さまだ。

皇室典範では、▽皇位の継承が男系男子に限られていることや、▽女性皇族が天皇及び皇族以外の人と結婚した場合、皇室を離れることが定められていることから、安定的な皇位継承の確保や皇族数の減少などへの対応が急務となっているのは確かだ。

では、安倍内閣の考えはどうなのか?
菅官房長官は国会答弁で「安定的な皇位継承の確保などの課題は、国家の基本に関わる極めて重要な問題であり、慎重かつ丁寧に検討を行う必要がある」とした上で、皇位継承のあと、時間をかけず検討を進める考えを示している。

ただ女性宮家の創設をめぐっては、安倍総理大臣を支持する保守層に、「女系天皇の誕生につながりかねず、男系の皇位継承という伝統が壊れかねない」などの慎重論が根強くある。
政府内にも、女性宮家や女性天皇を容認する場合、すでに皇室を離れた女性皇族をどのように扱うのか。さらに皇位継承順位にも影響が及ぶ可能性があり、相当、慎重な検討が必要だという指摘がある。

安倍総理大臣も先に「男系継承が、古来、例外なく維持されてきたことの重みなどを踏まえながら、慎重かつ丁寧に検討を行う必要がある」と、女性宮家の創設には慎重な姿勢をにじませていて、議論が進むかどうかは見通せない状況だ。

政府の担当部署にも聞いてみた。

小泉政権の時にできた「皇室典範改正準備室」は、現在も内閣官房の総務官室のもとに設置されている。
現在の体制は室長以下16人。今後の検討について担当者は「安倍総理大臣や菅官房長官の国会答弁でも『退位特例法の付帯決議も尊重して、遺漏なきようしっかりと準備を進めていく』と発言されているので、この方針のもと、女性宮家創設などの検討も含めて、安定的な皇位継承に向けて課題解決に取り組んでいく」と話す。しかし、具体的なものは何も決まっていないのが現状だ。

官房副長官などを務めた松井氏は、保守派を支持層に持ついまの内閣だからこそ、議論が前に進むのではないかとしている。
「野田内閣の検討では民主党の政権だから、女性天皇容認、あるいは女性宮家復活だろうという目で見られていたが、安倍政権の場合はそういうレッテルがないわけだ。保守派の意向を基本的によく理解している状況の中で、将来の公務のあり方も考えてこのあたりであらかじめ時限を切らずに議論を始めた方が良いと思う」

「野党を見ると、比較的、静謐(せいひつ)な議論に乗ろうという人もいるが、ただ全党派が政局をおいて議論しようとはならないかもしれない。しかし、悠仁親王も中学校に入学される年齢になられたわけで、常識的にはそろそろ議論は始めなければいけない。それは良識派の政治家であれば誰しも分かること」
「皇室典範特例法の付帯決議で、速やかな検討を求めることが合意されていることには重みはあるが、これはあくまで付帯決議であり、拘束力があるわけではない。政権としてどうやって機運を醸成するか。安倍政権が長期政権のきょうじをもって本当に将来世代への責任を果たす意欲があるのなら、確実に将来の国のかたちに関わる問題なので、ここで最低限議論を始めてほしい」

今後の議論は

皇位継承を終え、こうした残された課題の議論がいつから始まるのか、その動向を注視していく必要がある。
同時に私たちは、今回の皇位継承を振り返って、新しい時代の皇室や天皇のあり方についても考える必要がある。

退位表明の憲法との関係
特に考えなくてはならないのは、今回の退位と憲法との関係だ。
今回の退位と憲法との関係をめぐって、政府は、上皇さまが退位前にご高齢になられ、公的なご活動を天皇として自ら続けるのが困難となることを深く案じておられるお気持ちを国民が理解し、共感しているという、「国民の民意」を受けて法整備をしたと説明してきた。
天皇の意思に基づく譲位と見なされれば、天皇の国政への関与を禁じた憲法に抵触する恐れがあるためだ。

このため政府は、退位と即位の儀式を厳格に分離するなど、憲法との整合性に腐心し慎重に準備を進めてきた。
しかし「上皇さまのお気持ちと政府の動きを切り離して考えることは困難だ」という意見は有識者に根強くあるのも事実だ。

権威の二重性、退位の恒久化
また、政府は退位について、戦後の国会答弁で、強制的な退位や恣意的な退位、象徴や権威の二重性などの問題が起きる恐れがあるなどとして一貫して否定的な見解を示してきた。天皇と上皇が同時期に存在することについても、政府が設置した有識者会議などで、◇天皇と上皇が並び立つ権威の二重性の問題などから、慎重な対応を求める指摘や、◇退位後のご活動について、国民の支持や敬愛の対象が天皇と上皇の間で二元化しないよう注意が必要だという指摘も出された。

また◇退位に向けた法整備をめぐっては、高齢で執務ができない事態は繰り返し起こり得ることであり、皇室典範を改正して恒久的な制度にすべきだという意見も出された。
菅官房長官は4月30日の閣議のあとの記者会見で、記者団が今回の退位は先例となり得るのか質問したのに対し、「特例法は、天皇陛下の退位を実現するものではあるが、法律の作成にいたるプロセスやその中で整理された基本的な考え方については将来の先例になり得るものと考えている」と述べた。

先例となり得る以上、将来、強制的な退位や恣意的な退位、さらに権威の二重性が起きえない制度作りが必要となるのではないだろうか。

象徴天皇制のあり方、公務の軽減
さらに「『象徴天皇』とはどうあるべきか」という根源的な問いかけも続くことになる。上皇さまは退位前の平成11年、天皇即位10年に際しての記者会見で、「障害者や高齢者、災害を受けた人々、あるいは社会や人々のために尽くしている人々に心を寄せていくことは、私どもの大切な務めである」と述べ、各地の行事への出席や被災地のお見舞いなど多くの公務に臨まれてきた。

そして、公務をこなせなくなることへの危機感から、退位をにじませるお気持ちを表明された。
ただ政府の有識者会議の議論では、天皇の公務の範囲をめぐって、さまざまな考え方があることが明らかになったが、天皇の負担軽減をどう進めていくのかの議論は尽くされなかった。

令和時代の幕は開けたが、皇室を取り巻く課題は、平成、さらに言えば昭和の時代から積み残しのままとなっている。その答えを模索していくのは、主権者たる国民の責任だと思う。

政治部記者
小口 佳伸
平成14年入局。札幌局、政治部、長野局を経て30年から再び政治部官邸クラブ所属。予算委の取材など担当。日本アルプスの山並みを見て育つ。
政治部記者
仲 秀和
平成21年入局。前橋局、首都圏センター、選挙プロジェクトを経て30年から政治部で官邸クラブに所属。太平洋を見て育つ。