明けのくじ引き

時刻は午前4時半ごろ。空に明と暗が交じり合うこの時間に、相模原市議会議員選挙の開票所では、残り1議席を争う候補者2人を前に運命のくじ引きが行われました。ネット上でも話題になったこのくじ引きから、改めて1票の重さを見つめました。
(横浜放送局記者 岡肇/ネットワーク報道部記者 木下隆児 田辺幹夫 目見田健)

3158票が2人!?

今月7日に投票が行われた統一地方選挙の前半戦。相模原市でも市議会議員選挙が行われました。

このうち定員17の中央区選挙区で運命のくじ引きが行われたのです。開票作業は8日午前1時ごろにいったん終了。選挙管理委員会から発表された結果に、私たち記者は驚きました。最後の17番目の得票が3158票で、2人が同じ票数だというのです。

共産党の新人の今宮祐貴候補、無所属の新人の松浦千鶴子候補でした。選挙管理委員会ではすべての票を再点検したものの、結果は変わりません。そこで公職選挙法の規定に基づいて、くじ引きで当選者を決めることになりました。

運命のくじ引き

会場には候補者2人が呼ばれました。グレーのジャケットを着た松浦候補。スーツ姿の今宮候補。2人は、机の前に並んで座り、立会人らが見守るなか、アクリルのくじ棒を引きました。

最初に引いたのは、松浦候補。右手でくじを引き、ほんの一瞬だけ天を仰ぎました。

続いては隣に座る今宮候補。差し出される袋に左手を添えながら右手でくじを引き抜きました。

当選の証しは棒の先に書かれた「1」の数字。2人が同じタイミングでくじに目をやると同時に、会場にいたすべての人の視線がそこに集まるのを感じました。

“これほど1票が重たいとは”

くじを握った右手を高らかに掲げたのは今宮候補でした。

そして机に突っ伏して10秒くらいの間、動きませんでした。

結果が出たあと、今宮候補は「これほど1票が重たいとは思わなかった」と涙を流して喜びました。

一方の松浦候補は「結果は結果として真摯(しんし)に受け止める」と苦渋の表情を浮かべていました。

最後は運?ネットの反応

このニュースがネットに掲載されると多くのコメントが寄せられました。

働く人が安心できる環境を

改めてくじを引いた2人に話を聞きました。まずは当選が決まった共産党の新人の今宮祐貴さん(34)。

政治に関心を持つようになったのは今から10年余り前。当時、大学生だった今宮さんは、経済的理由から大学を中退。昼は父の仕事を手伝い、夜は塾の講師をして、働きづめの毎日を送りましたが、生活が一向に上向かず、現実の厳しさを実感しました。

さらにおととしには、当時働いていた会社でパワハラと思われるトラブルが起き、働く人たちが安心できる環境を作るために、政治に関わっていくことが必要だと思うようになりました。

選挙戦では、命や暮らしを最優先にした市政を実現したいとして、国民健康保険税の引き下げやすべての子どもの医療費の無料化などを訴えました。

今回の当選を受けて、今宮さんは、こう話しています。

「どの1票がなくても当選することはできなかった。投票してくれた人が『私の1票で受からせることができた』と喜んでくれるが、有権者の方にとってもこれほど政治が身近に感じられることはなかったのではないか」

「本当はくじ引きをしたくなかった。当選が決まったときも、喜びというよりはホッとした気分だった。松浦さんに投票した方も含めすべての有権者に対し、議員として恥ずかしくない活動を行い、真摯に政治に向き合っていく思いを強くした」

気持ちの整理がついていない

一方、落選した無所属の新人、松浦千鶴子さん(45)。

去年の3月まで21年間、市内の小学校の教壇に立っていた元教員です。教職員組合から推されての立候補ですが、決断を後押ししたのは、虐待やいじめ、それに教職員の働き方などさまざまな課題に直面する教育現場に対する思いです。

選挙戦では、少人数指導の充実や小中学校の給食の充実などを政策に掲げ、教職員の仲間だけでなく教え子も手伝ってくれました。厳しい選挙ではあったものの、未来のある子どもたちのため初めての挑戦を戦い抜くことができたと実感しています。

くじで落選が決まったことについてたずねると「いろんな思いがあり、ことばでは言えない。今も気持ちの整理がついていない」と言いながらも胸の内を明かしてくれました。

「くじ引きという決定のしかたは、法にのっとっているので、それには従うが、どうしても受け入れがたい気持ちがある。くじ引きをすると連絡を受けたときから、本当にこれだけ大事なことをくじ引きで決めていいのかという思いはあった。仮に当選のくじを引いていたとしても、その気持ちは変わらないと思う」

3人でくじ引きも 方法は自治体任せ

候補者や有権者にとっても複雑な思いを残すくじ引き。これまでの選挙でどれくらい「くじ引き」が行われたのか、詳しい統計はありませんが、調べてみるとこんなケースもありました。

平成29年に行われた島根県飯南町の町議選では、残り2人の当選枠に、3人の候補が260票で並びました。この時は、「1」「2」「3」の数字が書かれたくじ棒を用意して、最初に「くじを引く順番」をくじで決め、そのあとのくじ引きで「1」か「2」を引いた人が当選という手順で行ったということです。

また、北海道の大樹町では、平成15年、19年、27年と、過去3回の町議選で、得票数が同数になっていて、○印のついたくじ棒を使って当選者を決めました。

総務省によりますと、どんなくじを使いどういう手順でやるかは、各自治体の選挙管理委員会に任されているそうです。

選挙の実務に詳しい「一般社団法人・選挙制度実務研究会」の小島勇人代表理事に話を聞くと、当選者を決める「くじ」は、数字の書かれた「くじ棒」や、「ガラガラ」とか「ガラポン」とも呼ばれる抽せん器が使われるそうです。

くじ引きで落選し再挑戦!

田中誠一さん

前回の統一地方選でくじ引きの結果落選し、今回、再び選挙に挑んだ人がいました。田中誠一さん(73)です。

田中さんは4年前、熊本市議会議員の南区選挙区に立候補しました。田中さんによると、当時は選挙区の区割りが変更され、地盤にしていた地域の半分ほどが別の選挙区になってしまいました。

それまで5回続けて当選していた田中さんにとって厳しい戦いになり、開票の結果、田中さんともう1人が4515票の同数で並び最後の1議席を争う形になりました。

「負ける気持ちはなかったので選挙が終わったあとも強気でいました。だから4515票で同数だと聞いた時点で、気持ち的には『負けた』と思いました」(田中さん)

黄色いネクタイで験担ぎ

くじ引きに臨む田中誠一さん(右)

開票から2日後。当選者を決めるためのくじ引きが行われました。田中さんは、勝負の日には身につけてきた「黄色のネクタイ」でくじ引きに臨みました。

1から10までの番号が書かれたくじのうち、小さい数字が書かれたくじを引いたほうが当選。相手が引いた数字は「3」。田中さんが引いたのは「10」。落選でした。

“パイプ役がいない” 何としても当選を!

熊本地震で被災した熊本城

今回、改めて立候補した田中さん。それまでの4年間で印象深かったことをたずねると熊本地震の時のことを話してくれました。

落選した翌年に震度7の揺れを2度観測する熊本地震が発生。田中さんの住む地域は地盤の液状化で大きな被害が出ました。ところが自分が落選したことによって住民から「行政とのパイプ役になる地元の市議会議員がいない」と指摘されたのです。

「今回の選挙では、最下位でもいいから何としても滑り込みたい」と思った田中さん。4月7日に行われた投開票の結果、5321票を獲得し、選挙区の中でトップ当選を果たしました。

「大事な時に、議員として活動できなかった。そうした中、復旧・復興のためには地元の議員が必要だということで、たくさんの人が頑張ってくれました。地域の生活環境の改善など、議会で解決しなければいけない問題がたくさんあります。これからは行政とのパイプ役として地域の意見を聞いて、行政に伝えていきたい」(田中さん)

過去最低の投票率の中で

4月7日に行われた統一地方選挙の前半では、41の道府県議会議員選挙のうち8割にあたる33の道府県で過去最低の投票率となり、全体の平均の投票率も44.08%と過去最低となりました。

こうした中、今回の取材で多くの人が口にしたのは「1票の重さ」でした。ツイッター上でも同じようなコメントが並んでいます。

統一地方選挙の後半、政令指定都市以外の市区町村長や議員の選挙は、今月21日に投票が行われます。

横浜局記者
岡 肇
平成24年入局。岐阜局、秋田局を経て30年から現職。県央地域や相模原障害者殺傷事件を担当。
ネットワーク報道部記者
木下 隆児
平成18年入局。金沢、鹿児島局、政治部を経て30年よりネットワーク報道部。趣味は、エクストリームメタル鑑賞。
ネットワーク報道部記者
田辺 幹夫
平成20年入局。北九州局、科学文化部を経て、現在、ネット空間のさまざまな出来事を深掘り取材。
ネットワーク放送部記者
目見田 健
地方テレビ局記者を経て平成21年入局。鳥取局・広島局・高松局を経て現職。ネットニュースなどを担当。