検証!衆院選の経済論戦

第4次安倍内閣が1日、発足。安倍総理大臣は記者会見で「これからも『経済最優先』であり、改革、改革、そして改革あるのみだ」と述べました。先月行われた衆議院選挙の選挙期間中、安倍総理大臣が、街頭演説で必ずと言っていいほど触れていたテーマが、4年余りにわたって進めてきた経済政策・アベノミクスの成果でした。アベノミクスによって、名目GDPが過去最高を記録したことや就業者数が増えたことなどを強調しました。これに対して、野党各党の党首は、実質の賃金や世帯あたりの消費支出が下がり続けていることなどに触れ、アベノミクスの結果、格差や貧困が広がり、社会の分断を生んでいるなどと批判しました。日本経済はよくなっているのか、悪くなっているのか、真っ正面から衝突しているように見える、各党党首の経済論戦を各種指標から検証し、今後の課題を探りました。
(政治部官邸担当記者 伏見周祐)

経済成長は順調?

衆議院選挙が公示された10月10日、安倍総理大臣は、福島市で行った最初の街頭演説で、名目GDPが過去最高を記録したことに触れ、アベノミクスの実績を強調しました。

「日本のGDP=国内総生産は、かつて1997年の536兆円がピークだった。このあとずっと落ちてきてしまい、皆さんの収入も落ちていく。政権交代前、民主党政権はとうとう500兆円を割って493兆円まで落ちてしまった。私たちの政策でこれをマイナスからプラスに変え、とうとう493兆円から543兆円へ50兆円も増やした」

これに対し、希望の党の小池代表は、物価の変動を除いた実質GDPの伸び、つまり実質経済成長率は、安倍政権よりも民主党政権時代のほうが高く、名目GDPの伸びも、その算出方法を変更したことによる影響が大きいと指摘しました。

「今改めて冷静に、鳴り物入りのアベノミクスと比べると、民主党政権時代のほうが実質GDP(の伸び)は高いということは皆さんご存じでしょうか。それから名目GDPが50兆円増えていると誇らしげに言っているが、何のことはない、GDPの国際的な定義が変わったことによるもので、31兆円分は『ふくらし粉』だ」(希望の党・小池代表、10月20日・札幌市)

安倍総理大臣と小池代表の主張を検証するため、名目GDPと物価の変動を除いた実質GDPの推移を見てみます。

名目GDPは、第2次安倍内閣発足時の平成24年10~12月期には493兆円でした。これがことし4~6月期には543兆円と、4年半の間に50兆円、率にして10.13%増えています。

これに対し、リーマンショックの影響が残る民主党政権当時は、政権発足時の平成21年7~9月期に488兆円だったのが、野田政権末期の平成24年10~12月期には493兆円でした。名目GDPは、民主党が政権を担っていた3年3か月の間に5兆円、率にして1.02%増えていました。

名目GDPを見る限り、民主党政権下ではほとんど経済を成長させることができなかったのに対し、安倍政権下では一定程度の経済成長を達成できていると言えます。

次に実質GDPを見ていきます。第2次安倍内閣発足時の平成24年10~12月期に498兆円だったのが、ことし4~6月期には529兆円と、4年半の間に31兆円、率にして6.29%増えました。

これに対し、民主党政権時代の実質GDPを見ますと、政権発足時の平成21年7~9月期に473兆円だったのが、平成24年10~12月期には498兆円と、3年3か月の間に25兆円、率にして5.36%増えています。

これを年率に換算すれば、第2次安倍内閣発足以降は、実質経済成長率が年間1.4%となるのに対し、民主党政権時代は年間1.6%となります。実質GDPで見ると、民主党政権下のほうが数値は高かったと言えます。ただ民主党政権時代には、平成20年に起きたリーマンショックによる落ち込みの反動があったことに加えて、物価が下がるデフレ下だったため実質成長率が高くなることも考慮に入れる必要があります。

また小池代表が指摘した「ふくらし粉」、つまりGDPの算出方法が変更されたというのも事実です。政府は、最新の国際基準に基づき、去年7~9月期の統計から新しい算出方法でGDPを発表しています。

例えば、平成27年度の名目GDPを新たな方法で算出すると、従来の方法に比べ、31兆円余り増える結果となります。しかし、第2次安倍内閣発足時の平成24年10~12月期の名目GDP493兆円も、過去にさかのぼり新たな方法で算出し直した数字です。同じ算出方法で比較した結果、名目GDPが50兆円増えたのであって、小池代表の「ふくらし粉」発言は、不正確だと言えます。

政府は2020年ごろに名目GDPを戦後最大となる600兆円まで引き上げる目標を掲げています。ただ目標達成にはあと3年ほどでGDPを57兆円増やさなければならず、そのためには名目で2%台半ばの経済成長を続けていく必要があります。政府はことし9月、「今の景気回復は高度経済成長期の『いざなぎ景気』を超えて戦後2番目の長さになった可能性が高い」という認識を示しました。しかし、過去の景気回復期に比べてもGDPは緩やかな伸びにとどまっていて、政府の期待ほど順調に経済成長を達成できてはいないと言わざるを得ません。

問われる雇用の「質」

安倍総理大臣が街頭演説で強調していた指標のもう1つが、就業者数や若者の就職内定率などの雇用環境に関する指標でした。

「私たちは『3本の矢』の政策、デフレから脱却して経済を成長させるという政策で政権を取り返した。あれから雇用も185万人増え、ことし卒業した高校生や大学生の就職率は過去最高となった」(安倍総理大臣、10月10日・福島市)

一方、希望の党の小池代表や社民党の吉田党首は、雇用情勢は改善したとは言え、非正規雇用が増えていると指摘しました。

「雇用もよくなったと言うが、正規どころか非正規が増えている」(希望の党・小池代表、10月20日・札幌市)

「非正規で働く人は4割、2000万人を超えている」(社民党・吉田党首、10月20日・大分市)

大学卒業者の就職内定率は第2次安倍内閣発足後、3か月余りが経過した、平成25年4月は93.9%でしたが、ことし4月には97.6%となり、平成9年の調査開始以来、最高を記録しました。
また高校卒業者の就職内定率は平成25年3月末は95.8%でしたが、ことし3月末には98.0%となり、過去最高ではないものの、平成3年以来の26年ぶりの高い水準にまで上昇しています。

さらに就業者数と雇用者数を見ると、第2次安倍内閣発足時の平成24年の就業者数は6271万人、このうちの雇用者数は5530万人でした。

これが去年は就業者数が6456万人、雇用者が5741万人に達していますので、この4年間で就業者数は185万人、雇用者数は211万人増えたことになります。

いずれの指標からも、雇用の「数」、つまり働き口を見つけて働く人自体が増えていることが確認できます。

次に、野党が指摘した非正規雇用に着目して指標を見ていきます。

第2次安倍内閣発足時の平成24年は正規の雇用者数が3345万人、非正規の雇用者数が1816万人でした。

これが去年は正規が3367万人、非正規が2023万人となり、この4年間で、正規は22万人、非正規は207万人増えました。ここからアベノミクスによって正規が増えるような雇用環境を作り出すことができたと言えますが、野党の指摘のとおり、増えた雇用者の9割は非正規で、雇用者に占める非正規の割合が高まっているのも、また間違いのない事実であることが分かります。

次に、本人が正規の仕事を望んでいるのにもかかわらず、非正規で働く「不本意非正規」の数を見てみます。

統計を取り始めた平成25年に342万人だったのが、去年は297万人と、この3年間で45万人減っています。

ここから非正規は確かに増えているものの、その要因の1つとして、みずから進んで非正規の道を選ぶ人が増えていることもうかがえます。

安倍総理大臣は正社員の有効求人倍率に言及しながら、アベノミクスによって正規が増えるような雇用環境を作り出せたという実績を強調しました。

「1人の正社員になりたいという方に対し1人分の正社員の仕事があるという、正社員の有効求人倍率1倍という状況を、私たちは初めて作り上げることができた。民主党政権時代は、これが0.5倍で、2人の正社員を求める方に対し1人分の仕事しかなかった」(安倍総理大臣、10月14日・香川県坂出市)

そこで有効求人倍率を見ていきます。

有効求人倍率は第2次安倍政権発足時の平成24年12月に0.83倍だったのが、ことし9月は1.52倍にまで上がりました。これは昭和49年2月の1.53倍に次ぐ、高い水準です。

そして正社員に限った有効求人倍率は、安倍総理大臣が指摘したとおり、第2次安倍政権発足時の平成24年12月に0.50倍だったのが、ことし9月は1.02倍と、統計を取り始めた平成16年11月以来、過去最高となっています。
ただ正社員の有効求人倍率を都道府県別に見ていくと、ばらつきが見られます。ことし9月、最も高い福井県で1.49倍となった一方、最も低い沖縄県では0.48倍と大きな開きがありました。
また有効求人倍率を職業別に見ていくと、職業によって事情が異なっていることも浮かび上がってきました。

パートを除く、常用(雇用期間に定めがないか、4か月以上の雇用期間が定められている)の有効求人倍率は、ことし9月、警備や交通整理などの「保安の職業」で7.34倍、「建設・採掘の職業」で4.38倍、「介護関係職種」で3.10倍だったのに対し、「事務的職業」は0.42倍となり、人手不足に陥っている職業とそうではない職業に大きな開きがありました。

雇用関係の指標を見ていく中で、雇用の「数」については環境が改善され、非正規だけではなく、正規が増えるような雇用環境も整いつつあります。しかし、正社員の有効求人倍率は、地域によって偏りがあるほか、倍率の高い職業も限られることが見えてきました。今後は、雇用の「数」だけではなく、その「質」にも注目していく必要があると言えます。

伸び悩む賃金と消費

安倍総理大臣は、選挙期間中、所得環境も改善しつつあることも訴えました。

「最低賃金ががっと上がった。パートの時給も過去最高になった。4年連続、今世紀入って過去最高水準の賃上げが続いている」(安倍総理大臣、10月10日・福島市)

これに対し、共産党の志位委員長は、賃金が上がっていないことで、消費も冷え込んでいると指摘しました。

「アベノミクスのおかげで暮らしがよくなったと実感されている方はいない。安倍総理大臣は肝心の数字を2つ言ってない。1つは働く人の実質賃金、安倍政権の下で10万円も減った。もう1つは家計消費が1世帯あたり22万円も減った。賃金と消費といえば、経済の一番土台の、一番大事なところなのにやせ細ってしまっている」(共産党・志位委員長、10月14日・さいたま市)

まず安倍総理大臣の発言を検証していきます。

最低賃金の全国平均額は、第2次安倍政権が発足した平成24年度に749円だったのが、今年度は848円と、5年間で99円、率にして13.22%上がりました。

またパートの時給も、第2次安倍政権が発足した平成24年12月に1033円だったのが、ことし8月には1105円と、4年8か月で72円、率にして6.97%上がっています。

さらに春闘の賃上げ率は、連合の調査によると、第2次安倍政権が発足した平成24年は1.72%でしたが、平成26年以降は4年連続して2%前後の賃上げ率が続いており、民主党政権下よりも高い賃上げを継続していることが分かります。

ただ安倍総理大臣が挙げた最低賃金やパートの時給は、ほとんど非正規にしか当てはまりません。また春闘の賃上げ率は、労働組合が組織されている企業にしか当てはまりませんので、中小企業や小規模事業者までを幅広くカバーしたものとは言えません。

そこで、より幅広い事業者を対象とした調査で見ていきます。厚生労働省が全国の事業者を対象に行った調査で、名目賃金を見ると、平成27年の平均を100とした名目賃金の指数は、第2次安倍政権が発足した平成24年12月に98.9だったのが、ことし8月は101.0と、4年8か月で2.1ポイントの上昇にとどまり、最低賃金やパートの時給ほど上昇には及びませんでした。この背景には、正規に比べて賃金が安い非正規の割合が増え続けていることで、平均賃金が押し下げられていることもあります。

一方の実質賃金を見てみると、平成27年の平均を100とした実質賃金の指数は、平成24年12月に103.9だったのが、ことし8月は100.7と、4年8か月で3.2ポイント下がりました。

共産党の志位委員長の「実質賃金が10万円も減った」という発言は、第2次安倍政権が発足した平成24年12月からことし7月までの間に下がった実質賃金の指数、2.7ポイント分を金額に換算したもので、実情にそった指摘でした。

ただ実質賃金の指数は、平成9年1月に記録した120.3をピークに、多少の変動はありますが、民主党政権下も含めて下がり続ける傾向にあります。アベノミクスでこうした状況に歯止めがかけられていないのも事実ですが、アベノミクスで特に悪化したとも言えません。

次に、野党側が「伸びていない」と指摘してきた消費を見ていきます。

1人暮らしを除く世帯の1世帯あたりの消費支出は、第2次安倍政権が発足した平成24年は平均で月額28万6169円でした。

これが去年は月額28万2188円と、4000円ほど減りました。民主党政権が発足した平成21年は月額29万1737円でしたので、おおむね減少傾向は続いています。

また平成27年を100とした指数を見ても、第2次安倍政権が発足した平成24年12月が名目で99.2、実質で104.4だったのに対し、ことし9月は名目で99.4、実質で98.7となりました。この4年9か月で、名目は0.2ポイント上がったものの、実質は5.7ポイントも下がっているのです。

共産党の志位委員長は、街頭演説で「家計消費が1世帯あたり22万円も減った」と指摘していましたが、第2次安倍政権が発足した平成24年12月からことし7月までの間に下がった消費支出の指数、6.3ポイント分を金額に換算すれば、およそ22万円になります。こちらも志位委員長が指摘したとおりでした。

これまで見てきたとおり、消費は名目で伸び悩んでいるばかりか、実質で見れば大きく落ち込んでいます。こうした問題意識は、政府・与党も共通して抱いており、GDPの6割を占める個人消費が回復しない以上、経済成長を安定軌道に乗せ、デフレからの脱却を図るのは難しいと考えています。

経済好循環へ、賃上げが“ボトルネック”

経済成長、雇用、そして賃金や消費の現状について、幅広い指標を追ってきました。その結果、期待どおりの経済成長はいまだ達成できていないこと、そしてその原因として、雇用環境は改善されつつあるものの、雇用の「質」には改善の余地があることや雇用環境の改善が賃金の上昇にまでつながらず、消費の拡大に及んでいないことが浮き彫りになりました。

こうした実態は昨年度、企業が事業であげたもうけのうち、配当や設備投資などに使わず蓄えとして手元に残す「内部留保」が過去最高の406兆円余りとなる一方、賃金などに回した割合を示す「労働分配率」が、第2次安倍政権が発足した平成24年度の72.3%から、昨年度は67.5%にまで下がっていることからもうかがえます。

経済の好循環とは、企業が収益を上げ、それが雇用の増加や賃上げに結びつき、家計の所得が増えることで個人消費に及び、さらに企業の収益が拡大するという循環です。政府関係者は今の経済状況について「企業の収益が賃上げにつながっておらず、ここがボトルネックとなって経済の好循環が滞っている」と指摘しています。

「生産性革命」と「人づくり革命」

「『生産性革命』と『人づくり革命』を車の両輪として、少子高齢化という最大の壁に立ち向かっていく」

第4次安倍内閣が発足した1日。安倍総理大臣は記者会見で、少子高齢化の克服に向けた新たな政策パッケージを来月上旬に取りまとめるとともに、待機児童の解消などを目的に今年度の補正予算案を編成する考えを表明しました。

また安倍総理大臣は、選挙後の経済財政諮問会議で「3%」というここ数年の実績よりも一段高い数値を示したうえで、経済界に対し、来年の春闘での賃上げを求めました。

さらに「人生100年時代構想会議」では、教育無償化や待機児童の解消などの「人づくり革命」の施策の財源として、経済界に対し追加の負担を要請しました。

政府は、短期的には税制優遇措置などによって収益を上げている企業が賃上げに踏み切るよう促すとともに、教育無償化や保育・介護の受け皿整備によって、若者や子育て世代、働き盛りの世代の負担感を軽減することで、消費の伸びにつなげたいとしています。

また、中長期的には企業による研究開発や設備投資に加え、人材育成を着実に進め、生産性の向上を図ることで、経済の好循環を拡大したい考えです。

与野党に共通の問題意識、現実的に

衆議院選挙で繰り広げられた、各党の党首の街頭演説をきっかけに、幅広い指標を見直した結果、与野党が共通の問題意識を抱いていることが浮き彫りになりました。つまり、政府が主導する形で、業績が好調な企業への負担を求め、賃上げのほか、若者や子育て世代、働き盛りの世代への負担軽減を進めていくという処方箋は、衆議院選挙の期間中、野党が訴えた政策にも見られました。

例えば、希望の党が打ち上げた内部留保への課税や、共産党・社民党が主張した大企業への課税強化も、政策に必要な財源を企業に求めていくという意味では、政府の姿勢と共通していると言えます。

また公明党や日本維新の会が掲げた私立高校の無償化や、立憲民主党が訴えた保育士や介護職員の給与引き上げも、程度に差はあれ、政府が進める政策と方向性は一致しています。

衆議院選挙が終わったいま、それぞれの主張に沿った指標を掲げて国民にアピールすることよりも、国民の思いを受け止めて、現実的な政策を着実に進めることが、与野党双方に、そして政府に求められます。

政治部記者
伏見 周祐
平成15年入局。水戸局、報道局選挙プロジェクトを経て、政治部。現在、官邸取材を担当。