式と憲法 その課題とは

「平成」に代わる新時代の幕開けまで、残すところ2か月余り。
新元号への関心は高まるばかりだ。
一方、前回の平成への代替わりの際は、憲法に定める政教分離の原則などをめぐって、大論争が巻き起こったが、今回は国会論戦で取り上げられることもほとんどない。政府は、前例踏襲を前面に着々と準備を進めているが、前回の課題は解消されたのか。議論すべきことはないのか。
有識者や国会議員へのインタビューを通じて、探った。
(政治部官邸クラブ 小口佳伸、後藤匡、清水大志)

前回は大論争だったが…

伝統的儀式と、憲法の国民主権や政教分離との整合性をどう図るのか。
かつて、国民的な大論争が巻き起こった大きな要因は、天皇の代替わりに関する規定が、現在の皇室典範には詳細に明記されていないためだった。

皇位継承に伴う儀式は神道形式で行われるものが多い。一方、憲法は、「国は、いかなる宗教的活動もしてはならない」と政教分離の原則を定めている。当時の政府は、有識者からヒアリングを行いながら、宗教色を薄めるよう努めたが、国会では与野党の間で意見が鋭く対立し、激論が交わされた。

とりわけ「大嘗祭」をめぐる政府の対応が政教分離の原則に反するとして、各地で裁判が起こされるなど、平成という新たな時代は、式典と憲法の整合性をめぐる論争で幕開けしたとも言って良い状況だった。

今回の一連の儀式について、政府は、静かな環境で議論を進めることを重視する姿勢を強調し、つつがなく儀式を終えることを目指している。こうしたことも影響したのか、統計不正問題をめぐる論争とは対照的に、皇位継承と憲法との関わりについては国会でも大きな議論とはなっていない。

では今回の皇位継承をめぐる一連の儀式をめぐって課題や論点はないのか。
取材を進めるとさまざまな課題が浮き彫りになってきた。

最初の儀式「成年男子に限る」

皇位を継承した新天皇が最初に臨む儀式が「剣璽等承継の儀(けんじとうしょうけい)」だ。

この儀式は、戦前の大日本帝国憲法下では「剣璽渡御の儀(けんじとぎょのぎ)」という名称で、明治から大正、大正から昭和への代替わりの際に行われた。

この際に新天皇に「供奉(ぐぶ)」、つまり付き従う皇族は、成年の男性皇族に限られていた。
政府は、今回も供奉するのは成年の男性皇族に限ることを決めた。

一方、閣僚などは、男女の区別なく参列することを認めることにした。前回・平成の代替わりの際には、参列者は男性だけだったが、政府によると、これは女性閣僚がいなかったからで、参列を認めていなかった訳ではないという。

女性閣僚はOKで、女性皇族はダメ

成年の男性皇族に限ると決めたことについて、皇室制度や元号について詳しい京都産業大学の所功名誉教授は「大変に遺憾だ」と述べた。

その理由として、所氏は、天皇の地位を継げるのは男系男子に限られているが、天皇が重い病気の場合などに代役を務める摂政(せっしょう)や国事行為の臨時代行には、女性皇族が就く場合があることから、儀式を見ておくことは必要なことだとして、女性皇族の参加を認める必要があったと主張した。

そして、政府が女性の閣僚などの参列を認めたことを踏まえて「天皇という存在の継承をしっかり見守るという意味において、閣僚であろうと、皇族であろうと関係ない。政府なり宮内庁が柔軟に考えて欲しかった」と述べた。

また、未成年の皇族が出席できない点についても「戦前、未成年の昭和天皇が、大正天皇の即位礼に出ている」と指摘し、判断能力や理解力がある未成年皇族の陪席も認めるべきだと指摘した。

日本近現代史が専門の静岡福祉大学の小田部雄次名誉教授も「戦後日本の男女平等という考え方に直結する問題だ。日本国憲法が定める男女平等と皇室の伝統が同じ土俵に乗せられていることに、違和感を覚える」と指摘した。

「日本人のライフスタイルと皇室の常識が随分かけ離れてしまっている。儀式への参加を、成年の男性皇族に限るのであれば、女性閣僚の参列も認めないという遠慮が必要だった」

これに対して、自民党内でも保守的な立場を取る木原稔衆議院議員は「皇位継承権のある男性皇族のみが参列するというのは、皇室の長い歴史・伝統に基づくもので、それに配慮することは必要だ」と理解を示した。

さらに女性の閣僚などの参列についても「男女平等」という時代の要請に基づいた対応だとして、賛同する考えを示した。

三種の神器「宗教的」か「もの」か

憲政史上、初めて行われる「退位礼正殿の儀」と「剣璽等承継の儀」の際、侍従が、歴代天皇に伝わる剣と曲玉、それに国事行為の際に印として使う国璽と御璽を持って入り、儀式が執り行われる部屋の中に置くことが決められた。

これについて小田部氏は「国民主権の観点から違和感があり、違憲の疑いがある」という認識を示した。

「平成になった際、慌ただしく行ったやりかたを議論なく踏襲してしまった。皇室が皇位継承の神器を受け取るのは構わないが、国事行為とされてしまっている。神器の承継だけ皇室が私的行事として行い、それから国爾と御璽を受け取るという形で分離することもできたはずだ」と指摘した。

また、日本共産党の政策委員長を務める笠井亮衆議院議員も、剣璽というのが天皇の地位の証明であって、その継承が代替わりと一体のものだというのは、これは戦前の旧皇室典範の規定だと指摘。

現行憲法の国民主権、政教分離の原則から剣や曲玉は置くべきではないと主張した。

一方、所氏は「いまの剣璽は神器ではない。皇室経済法には、皇位とともにつたわるべき由緒あるものは、これをただちに継承するという規定がある。あくまで皇位の継承に伴う『もの』にすぎない」

「天皇と一体であるべき宝器(レガリア)を常に身近に置くということは、皇位の正統性を保証するものだ。宗教性がなく、大切にしてきた『もの』をセレモニーとして運んでおくことは必要だ」として、理解を示した。

木原氏も、剣璽は神器ではないとした上で「天皇陛下の即位の礼の時も、会場に剣璽が安置されていたのだから、退位される時も陛下とともにある剣璽を置くことに問題はなく、きわめて自然なことだ」と述べ、問題がないという認識を示した。

こうして見てみると、剣や曲玉を、皇位継承に伴う「もの」と見るか、宗教色の強い「三種の神器」と捉えるのかが争点となっていることが分かる。
儀式の宗教色を指摘した、小田部氏と笠井氏は、政府が「剣璽等承継の儀」を国事行為としたこと自体にも、憲法上問題があると指摘し、議論を深めるべきだったと主張している。

「大嘗祭」めぐる根強い違憲論

前回・平成への代替わりの際、訴訟が相次いで提起されたのが「大嘗祭」(だいじょうさい)だ。

「大嘗祭」は、新天皇が即位後初めて、新しく収穫された米などを天照大神とすべての神々に供えた上で、みずからも食べて国と国民の安寧や五穀豊穣などを祈る儀式だ。

毎年11月に宮中祭祀として行われる「新嘗祭」(にいなめさい)という儀式がある。この儀式の名称を変え、即位後、初めて大規模に行うものが「大嘗祭」で、皇位継承に伴う一世に一度の重要な儀式とされている。

「大嘗祭」について、政府は、前回同様、皇室の公的な資金である宮廷費から費用を支出し、皇室行事として行うことにしていて、前回、訴訟が相次いだことについては、いずれも国などが勝訴しており、憲法上、問題ないとしている。

しかし、宗教関係者や大学教員など240人余りが去年12月、「大嘗祭」や「即位の礼」など、皇位継承に伴う一連の儀式に、公的な費用を支出することは政教分離を定めた憲法に違反するとして、国に対し、支出をやめるよう求める訴えを起こした。

また、秋篠宮さまは、去年11月、憲法の政教分離の観点から天皇の生活費などにあてられる「内廷費」から費用を支出すべきだという考えを示した。

皇族が公の場で、政府の決定と異なる意見を述べるのは極めて異例のことだ。

笠井氏は、政府は宗教色が強いとして「大嘗祭」を国事行為にはしていないが、多額の宮廷費を使う以上、「事実上の国家的行事だ」と指摘し、憲法の国民主権・政教分離の原則に反すると厳しく批判した。

その上で、秋篠宮さまのご発言については、「皇室行事として宗教色の強い儀式であって、これに国費を支出するのは妥当かと言われたのは道理にかなった発言だ」と評価した。

これに対し、木原氏は、大嘗祭は、五穀豊穣や国家の安寧を祈る公的性格が強い儀式で、費用を宮廷費から捻出することについて何ら問題ではないと指摘した。

そのうえで、秋篠宮さまの発言について、最初は驚いたとしつつ、「総合して秋篠宮さまのお気持ちを考えると、経費、国費を節約して簡素化を求められた発言だと捉えている」と理解を示した。

一方、所氏は、大嘗祭について、宗教色はあるものの皇位継承に伴って行うもので、強い宗教性は有しておらず問題はないと主張した。

その上で、秋篠宮さまの発言については「お立場からいろいろな考えがあっておっしゃられたことだと思う」とした上で、「(秋篠宮さまは)『宗教性が強い』とか、『強い宗教性を有する』とか2回も言っておられるが、これは明らかに誤解というより認識不足だと思う」と指摘した。

「大嘗祭」は、憲法に定める政教分離との関係で、前回の訴訟の判決が確定してもなお、根強い議論があることが分かる。

女性宮家の創設は

天皇陛下の退位に向けた特例法の採決にあたっては、皇族の減少が進む中、衆参両院の委員会で、安定的な皇位継承を確保するための課題や女性宮家の創設などについて、政府に速やかに検討することを求める付帯決議が可決された。

政府は、皇族数の減少の問題は先延ばしできない重要な課題だとしつつ、女性宮家をめぐる議論が進んでいる形跡は見られない。

小田部氏は、秋篠宮さまが皇位継承順位1位を意味する「皇嗣」になられることを広く国民に明らかにする「立皇嗣の礼」が、皇位継承の一年後となる来年の4月19日に行われることで、女性宮家や女性天皇の議論が置き去りにされてしまうと指摘する。

「女性宮家や女性天皇の問題を議論しないまま、式典という形で道筋を決めていいのか。政治家や官僚は、機会主義的な態度で目の前の式典をどうするかということばかり考え、先のことを見ていない」

そして「立皇嗣の礼」を通じて、秋篠宮さまに続いて、悠仁さまに皇位が継承されていくという道筋が示されたことになりかねないという考えを示した。小田部氏は、皇室が、皇族数の減少などの課題に直面する中、皇室のあり方を考える機会を奪ってはいけないとして、「立皇嗣の礼」を行うのは、もう少し後でも良かったのではないかと主張する。

笠井氏は、象徴天皇制のあるべき姿について、国民が主体となって議論することが重要だと主張した。

象徴天皇制は、新憲法下での新しい概念であり、過去の歴史にとらわれる必要はなく、女性宮家の創設なども含めて活発な議論をすべきだと強調した。

これに対して、木原氏は、「歴史と伝統を継承していくことが原則だ」として、皇位継承を男系男子で維持すべきだという考えを示した。

過去に議論に浮上した女性宮家の創設の前に、たとえば女性皇族が、結婚後も引き続き皇室活動ができる仕組みをつくるなどして、状況をみながら必要に応じて少しずつ制度を変えていくべきだと訴えた。

国民的議論を求める声

政府の対応に批判的な立場に立つ小田部氏は、取材の最後に、「いろいろ批判したが、一連の儀式を『やめろ』と言っているのではない。政府は、国民とともに皇室の課題を考える場を作るなどして、残された課題を次の時までに議論して欲しい。それを強く願う」と述べた。

また笠井氏は「今回の式典は前例踏襲が多いが、平成への代替わりの際に、現行憲法下での十分な検討は行われたとは言えず、象徴天皇制の下で、国民主権と政教分離という原則がある中で、どういうあり方がいいのか立場の違いを超えて議論すべきだった」と指摘した。

皇位継承まで2か月余り。「平成」が終わり、新しい時代の幕が開ける。

政府は先月、憲法の定める国事行為として、憲政史上初めて行う天皇陛下の退位の儀式「退位礼正殿の儀」や、新天皇が歴代天皇に伝わる剣や曲玉などを受け継ぐ「剣璽等承継の儀」の次第概要などを決定した。

しかし、前回・平成への代替わりの際に浮上した課題は、今回の代替わりでも、解消されないまま残っているようにも見える。

こうした課題に、どのように向き合っていけばよいのか、皇位継承に向けて引き続き取材をしていきたい。

政治部記者
小口 佳伸
平成14年入局。札幌局、政治部、長野局を経て30年7月から再び政治部で官邸クラブに所属。予算委の取材など担当。早朝の取材が多い。
政治部記者
後藤 匡
平成22年入局。松江局、経済部を経て政治部。
政治部記者
清水 大志
平成23年入局。徳島局を経て政治部へ。現在、官邸・内閣府を担当。