娠したら投票できない?

国会で国民生活に関わる法案の可否を決める投票。
議員にとって当たり前の仕事だが、出席できなくなることも、ある。
議員だって、病気で寝込んだり、事故でけがをしたりするからだ。そして、出産を控えた女性議員にとっても切実な悩みになっている。
対策として、ヨーロッパの議会に普及している「代理投票」を認めてはどうかという意見がある。ただ導入に向けたハードルは高いという。なぜか。
(政治部 及川佑子)

「魔が差して」辞職も!

出席できない時に、誰かに代わりに投票してもらえないか。自宅や病院から電子投票できないか。簡単なことのようにも思えるが、日本の国会では認められていない。

議員は、国民の代表として議場での議論に参加することが極めて重要で、その議論を通じて、みずからの意思を固めて投票することが求められるというのが、政治学者などの間で一般的な考え方だという。

投票をめぐっては、過去、こんな問題も起きた。9年前の平成22年のことだ。

参議院本会議での採決。

自民党の若林正俊元農林水産大臣が、本会議場を離れていた隣の席の青木幹雄元参議院議員会長の投票ボタンを代わりに押したのだ。10件の採決で行われた。

これに対して民主党は「最も厳正な行為である採決で、前代未聞の不正行為を働き、議決をゆがめた恐ろしい事案だ」などとして、懲罰動議を提出。

若林氏は、青木氏からの依頼はなかったとしたが「青木氏がまもなく席に戻ると思い、ボタンを押してしまった。魔が差したとしか言いようがなく、恥ずべき行為だと思っている」と述べ、議員を辞職した。

「投票は出席して」憲法が根拠

代理投票を禁じる根拠とされるのが、憲法の条文だ。

憲法56条
1項
「両議院は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない」
2項
「両議院の議事は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる」

憲法に書き込まれた「出席」の文字。
これが、議員が投票する際は、議場内に実際にいなければならないとされるゆえんだ。

「おかしい」声が

今、代理投票を、国会改革の焦点の1つにしたいという声が議員の間から出ている。

妊娠や出産で、国会を欠席しなければならない場合が増えているとして、党派を超えて、対応を考えるべきだという声があがっているのだ。

自民党の小泉進次郎氏ら超党派の衆議院議員がまとめた国会改革に関する提言にも、盛り込まれた。提言では、女性議員の妊娠や出産時について「代理投票を認めるなど、必要な対応を速やかに実施すべきだ」としている。

自民党の小泉進次郎氏はこう話す。

「平成のうちに1つでも風穴を開ける。『今の国会はおかしい』という国民の声が世の中を変えていく大きな力にもなる」

さらに立憲民主党でまとめた、女性が活躍しやすい環境を整備するための国会改革の提言にも「議員の産休中および育休中の代理投票制度を創設する」と明記された。

立憲民主党の山内康一氏も、記者会見で「ほかの先進国の一部の議会には制度がある。女性議員の活躍のためにも必要だ」と話した。

「妊娠に迷い」の原因に

国会改革を目指す議論に参加してきた自民党の加藤鮎子衆議院議員(39)。
1月に妊娠を公表した。まさに自身が「当事者」になった。

「何よりも子どもを産むということは大事なことだし、自分も家族もほしいということを優先させることにしましたが、一定期間、地元の有権者の民意を国会に届けることができない期間が生まれることへの責任意識みたいなものは、子どもをつくる前にいろいろ考えました」

妊娠前は迷いがあったという加藤さん。いまはより改革の必要性を意識するようになったという。
「自分が妊娠を躊躇(ちゅうちょ)した原因の1つが、罪悪感というと言い過ぎだけど、有権者の声を届けられないという悲しい現実でした。それ自体、あるべき状態ではないと思っていて。いずれにしても、より取り組みが必要だという気持ちになりました」

「たぶん、在職中に産むことの葛藤や迷いが生じることもあるし、そもそもなってから、子どもをつくること、産んだりすることが大変そうだと思うから、政治の世界に参画するのはやめておこうと思う女性も少なからずいると思う」

「これから女性がもっと政治に参画していくべき、という議論に対しては、みんな異論はあまり出ない世の中になってきているにも関わらず、現実に増えないということもあります。議員になっても子ども産めるんだとか、子どもをほしい人でも議員になっていいんだという社会の雰囲気にしていくべきだと思うので、そう思っている自分が目の前のハードルが多いからといって、ひるんでしまったり、本来自分が取りたいと思っている選択肢を捨ててしまうのは良くないなと思っています」

しかし、代理投票には憲法の壁も立ちはだかる。

自民党のあるベテラン議員は「伝統や慣習は、それなりの理由があるから続くんだ。憲法も絡むだけに、そう簡単に変えられる話ではない」と話す。慎重論も根強いのが現状だ。

加藤議員はこう話す。
「結局、子育て世代の声が構造的に国会に伝わらない状況が、延々と続いてしまうので、多少無理があっても、どこかで引き金を『えいっ』とやっていかないと、子育て世代の声が届く国会に変わっていかないのではないかというのは感じます。だけど別に、出産した女性議員が投票すること自体が最終目標ではないんです。有権者が『こういう国会なら自分たちの未来は任せられる』という国会であるべきで、『そういう議論は早いよね』と国民が思うなら、無理矢理押し通すことでもないと思っています」

「こういう制度って当事者が声をあげて変わることじゃなく、周りが変わることが大事。時代が変わってきているので、それを受けて変えようとしている動きがすでに起きてきているという感じは受けていて、その変化はすごい歓迎している。政党同士の利害がぶつかるようなイシューでもないわけで、純粋に国民にとっていい国会にするには、このテーマをどう前に進めていったらいいかという目線で、与野党そろって一緒に進んでいくのがいいと思います」

スペイン方式なら可能では?

ところで海外ではどうなのか。

ヨーロッパを中心に、代理投票できる仕組みを作っているケースもある。例えば、フランスやスウェーデン、デンマーク、ノルウェーだ。いずれも憲法に代理投票を認めることが明記されるなど、法的な根拠があり、フランスでは、議員が選挙で選ばれる際、あらかじめ代理の議員も指名される。

もちろん、安易に代理投票が認められれば、議員の欠席が増える恐れもあることから、フランスなどでは、公務での出張や病気、妊娠や出産などの場合に限られている。

衆議院法制局がさらに調べたところ、憲法で代理投票に関する規定がないものの、議場にいなくても投票が可能な国もあった。スペインだ。

写真の女性。スペインの国会議員がモデルだ。

自宅の一室から、タブレット端末を操作し、議案の投票を行っているのだ。

スペインの憲法は、日本の憲法の規定に似ていて「議会での議決には、出席議員の過半数の賛成が必要」と書かれている。しかし下院の規則では「議院理事部によって投票に参加することが明確に認められた議員は、たとえ議場に現在していなくとも、出席しているものとみなされる」とある。

憲法に書かれた「出席」の意味を、幅広く解釈しているのだ。

これによってスペインでは、下院では2012年から、上院でも2013年から、通信端末を使った「遠隔投票」ができるようになった。遠隔投票が認められるのは、出産や育児、病気などに限られ、パスワードなどでセキュリティーを確保している。

ハードルの高い憲法改正の前に、スペインの事例を参考に、憲法の解釈を変えることで「遠隔投票」を実現することは可能なのではないか。今、国会改革を目指す議員の間で、そうした議論が高まりつつある。

「現場が追いついていない 改革を」

日本の政治制度などを研究している東北大学大学院法学研究科の糠塚康江教授は「女性議員を増やそう」という流れに、国会の現場が追いついていないと指摘する。

「女性議員を増やそうということは、ずっと言われていて、去年は、女性議員の誕生を促すような法律も成立した。しかし女性議員を増やそうという大目的のためには、現状では国会改革は不十分だ。法律でも『家庭生活との両立』と書いてあるが、できていない」

糠塚教授は、国会の形骸化につながらないよう制度改革を検討すべきだと言います。
「代理投票を認めることで、議員は単に採決の時だけ、いればいいと見られてしまうと、話が矮小(わいしょう)化してしまう。『議論に参加することにそもそも意味がある』という前提に立った制度の検討が必要だ。そうでなければ国会を開く意味がなくなる」

「憲法を変えるのはものすごく大変だ。法案提出時に頑張っていたある女性議員が、審議が長引いて、法案成立のタイミングで出産時期にさしかかり、最後の最後に携われないという場合、理事会などで認められれば、その議員の投票を認めるとか、あるいは国会議員が選挙されて全国民の代表となっていることを考えれば、代理で投票を行う補充議員も選挙で選ばれることが条件になるので、選挙制度の改革でそうした制度も可能になるのではないか」

「代理」実現の日は…

議論の舞台となる通常国会が1月28日に召集された。
しかし会期中は、統一地方選挙や皇位の継承などがあり、日程はタイトだ。
夏には参議院選挙が控えていて、与野党の対決色が強まる可能性もある。

議論はどこまで進むのか。
代理投票が実現する日は来るのか。先行きは見通せていない。

(※注 記事に登場する海外の画像は、スペイン下院議会の遠隔投票広報ビデオより)

政治部記者
及川 佑子
平成19年入局。金沢局、札幌局、テレビニュース部を経て政治部。現在、与党クラブ担当。