河野外交 なぜ中東
重視するのか?

「なぜ、中東外交に力を入れるのか」
去年8月に就任して以降、中東地域を頻繁に訪れている河野外務大臣には、たびたびこのような質問が向けられるそうです。そんな時、河野大臣は「中東が重要だからに決まっているじゃないか」と答えるといいます。
中東は、原油や天然ガスなど日本のエネルギーの主要な供給地域として重要だというのは疑問の余地はありません。しかし、エルサレムをめぐるイスラエルとパレスチナの問題のほか、サウジアラビアとイランの対立など、宗教や宗派、民族などが絡みあった問題がたくさんあります。いずれも、日本にとっては複雑すぎる問題のように思えます。
しかし、河野大臣は「日本だからこそできることがあるのだ」と胸を張ります。河野大臣がこだわるのはなぜか。また、日本だからできることはなにか、探ってみたいと思います。
(政治部記者 辻浩平 石井寧)

河野太郎 火の中に飛び込む!?

「日本が中東に関与しないほうがリスクが大きい」

去年12月25日のクリスマス。欧米などの華やいだ雰囲気とは違い、荘厳さが漂う聖地エルサレムを訪れた河野外務大臣は、中東地域の問題に積極的に関与する姿勢を強調しました。

アメリカのトランプ大統領が、イスラエルの首都と認めると発表してから主要国の閣僚として初めてのエルサレム訪問。外務省内には「火中に飛び込むような訪問だ」という声もあり、治安の面も含め懸念もありましたが、河野大臣本人の強い希望で実現しました。

エルサレムでは、イスラエルのネタニヤフ首相と、ヨルダン川西岸でパレスチナ暫定自治政府のアッバス議長と相次いで会談したのです。

エルサレムに到着すると、「トランプ大統領に神のご加護を」と大統領の発言を歓迎する巨大なポスターがあちらこちらに貼られているのが目につきました。

一方で、ヨルダン川西岸では、大臣の乗った車両が通る道路にも、アメリカに抗議するデモ隊がタイヤを燃やした跡が生々しく残っていました。聖地エルサレムがどこに帰属するかは、イスラエルとパレスチナの対立が続く中東和平問題の核心部分と言えます。

それぞれの会談で、河野大臣は、この問題にも積極的に関与する考えを示しました。会談が終わった後、河野大臣は「両者が席について話し合いができるような環境作り、率直な意見交換ができるような信頼醸成に努めていきたい」と述べ、中東外交にかけるなみなみならぬ意欲を示しました。

(ヨルダン川西岸で抗議する人々 2017年12月)

「日本だからできること」とは

就任後の5か月で河野大臣の中東訪問はすでに3回、中東各国の要人との電話会談は12回に上っています。外務省は、短期間にこれほど中東を訪れた大臣はこれまでいないのではないかとしています。

河野大臣が進めようとしている中東外交とは何か。
注目すべき点は、原油や天然ガスなどのエネルギー確保のために経済面での結びつきを強化するだけではなく、中東地域の問題に政治的な関与も強めようとしている点です。

「日本だからできることがあるのだ」と強調する河野大臣。「日本だから」という言葉の背景には、欧米の主要国とは一線を画し、中東諸国に対して、中立的な立場を維持してきた日本の立ち位置があります。

日本が中東でどのように中立なのか、「宗教」と「歴史」という2つをキーワードに見ていきたいと思います。

宗教的に“中立”

(エルサレム旧市街の聖地)

中東の国々はほとんどがイスラム教ですが、イスラム教の中にもスンニ派とシーア派という宗派があり、時に宗派対立につながることもあります。スンニ派の大国、サウジアラビアとシーア派のイランの対立はよく知られているところです。

また、イスラエルが占領するエルサレムには、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という3つの宗教の聖地があり、そのことが中東和平をいっそう難しくさせている大きな要因になっています。

(ユダヤ教聖地「嘆きの壁」)

一方、日本はといえば、宗教を信じる人の多くを仏教や神道が占め、「無宗教」と答える人が半数を超えるというデータもあるくらいです。中東に影響力を持つ欧米の国々のほとんどでキリスト教徒が多いことを考えれば、中東の国々から見れば、日本は宗教的にかなり中立な立場にいるというのは疑いようのない話です。

歴史的にも“中立”

さらに歴史的にはどうでしょうか。
中東の国々の国境線は1900年代初頭、イギリスやフランスといったヨーロッパの列強によって一方的に引かれたものが少なくなく、民族や宗派を無視する形で引かれた国境線もあります。

アメリカも、湾岸戦争やイラク戦争という2度にわたる大きな戦争などで中東に深く関与してきました。中東では、欧米が残した「負の遺産」に対し、複雑な感情を持つ人もいます。

一方、日本は、欧米諸国と比べると歴史的に中東地域との関わりが薄く、ネガティブな感情を持たれることがなかったといえます。こうしたことを背景に、宗教的にも歴史的にも中立的な立場を維持してきた日本こそが、争いの当事者間の橋渡し役を果たすことができるというのが河野大臣の考えなのです。

河野大臣は、去年12月、バーレーンでの安全保障関連の国際会議に日本の外務大臣として初めて出席。「日本は、宗教・宗派や民族的な観点から中立で、中東地域に歴史的に負の足跡を残してこなかったという点で特殊だ。日本だからこそできる形で、中東の安定にもっと貢献していける。これは私の信念だ」と力強く演説しました。

特派員時代に感じた“中立”な日本

河野大臣が指摘する中東での日本の中立性には、私も大きくうなずけるところがあります。それは2014年までの3年間、エルサレム支局で特派員をしていた時のことです。

(ヨルダン川西岸ラマラから辻浩平記者 2013年8月)
取材先では「あなたはどちらの側に立っているのか」と常にスタンスを問われます。大規模な戦闘や衝突が起きた際には、支局のスタッフであるイスラエル人、パレスチナ人双方から、立場をはっきりするよう迫られたこともあります。

私は「どちらの側にも立っていない」と答えました。納得がいかない様子でしたが、それ以上、エスカレートすることはありませんでした。その理由を振り返って考えると、私が利害関係のない「日本人」だったからなのです。

中東とは歴史的なつながりが薄く、宗教的にも無縁な日本からきた記者ということで、「中立で公平な立場の記者」と見られ、双方への取材がやりやすかったことを思い出します。

NHKと同じフロアに事務所を構えていたアメリカ・CNNの記者は、アメリカ政府がイスラエル寄りと見られていることもあって、パレスチナでの取材は難しいと愚痴をこぼしていました。

イスラエル、パレスチナ以外にも、中東の多くの国で取材しましたが、ほとんどの場合で日本は中立な立場の国として、好感をもたれていたのが実感です。

試金石の「エルサレム問題」

日本の中立性を生かして、中東諸国との関係強化を進める河野大臣の中東外交。試金石とも言える問題に直面したのが、「エルサレム問題」です。
アメリカのトランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認めると発表し、中東の各国は激しく反発、国際社会をも巻き込んだ問題になったのです。

エルサレムをめぐる問題がどれだけデリケートなものかを表すエピソードを1つ紹介します。

2001年、ジョージ・ブッシュ大統領が就任直後に中東和平問題に関する演説をする際、原稿どおり読み上げることを嫌った大統領にコンドリーザ・ライス補佐官はこう説得したといいます。
「文章の中にあるコンマ1つ変えても、アメリカ政府の外交方針が変更されることになります」
中東和平問題は、コンマの位置を変えるだけでも関係者が反応するような敏感な問題だというのです。

これまでのアメリカ政府がこれほどまでに注意深く扱ってきたにもかかわらず、トランプ大統領は、イスラエルとパレスチナ双方が自分のものだと主張するエルサレムをイスラエルのものだと一方的に宣言しました。

アメリカ政府の急な方針転換に各国からは非難の声があがり、イギリスのメイ首相は「同意しない」と述べたほか、フランスのマクロン大統領も「遺憾で認められない」と述べるなど、多くの国が反対の意思を明確にしました。

こうした中、中東問題に積極的に関与することを明言していた河野大臣の発言にも注目が集まりました。大臣の口から出たのは、「エルサレムの最終的な地位は当時者間の交渉で解決すべき」という、これまでどおりの日本政府の方針でした。

中東情勢の悪化への懸念は示したものの、アメリカの政策変更の是非については言及を避けたのです。この背景について外務省幹部は取材に対し、「エルサレム問題は重要だが、北朝鮮問題でアメリカと足並みをそろえる必要がある中、アメリカを批判することはできない」と解説しました。

ただ、中東の問題に対して河野大臣は、日本の中立性に加え、アメリカとの太いパイプも日本の武器になると考えています。中東各国の要人との会談を重ねるなかで、各国とも中東和平のプロセスにはアメリカの関与が必要だと考えており、日本としては、アメリカが中東和平を主導するよう手助けしていかなければならないという認識を深めているのです。

中東和平問題だけでなく、シリアの内戦、サウジアラビアとイランの対立など中東が抱える問題には、超大国アメリカの関与が必要だというのは各国の共通認識。そこで、アメリカとの強い結びつきを持ち、トランプ政権とも良好な関係にある日本の立場が有効に働く可能性があるというのです。

ただ、強固な日米同盟が日本外交の礎だという一方で、トランプ大統領が世界で孤立を深める中、忠実に寄り添う日本の姿は中東の国々にどう映るのでしょうか。「アメリカとの太いパイプ」が、「アメリカの言いなり」と受け止められ、ともすれば中東における日本の中立性を損なう事態にもなりかねません。

中東をめぐる問題で、トランプ大統領のアメリカとどのような連携をしていくのかは、まだ見通せません。

5秒間の沈黙

「今回の中東訪問で相手から本音を引き出せたという手応えは」
エルサレム訪問中、記者からの質問に考え込んだ河野大臣。5秒間の沈黙ののちに、「そういう部分はあったかなあというふうに思います」と答えました。

いつもは外務省の事務方が用意する応答要領を見ることもほとんどなく、立て板に水のように記者の質問に答える河野大臣にしては珍しい場面でした。自身が「中東の問題の根幹」と呼んだ中東和平問題の複雑さに思いをめぐらせていたのかもしれません。

(イランの反政府デモ)

エルサレムをめぐるアメリカの政策変更によって、一気に緊迫の度合いを増した中東情勢。年末には、イランで物価の高騰や就職難に不満を募らせた市民による反政府デモが各地に広がり、最高指導者ハメネイ師を頂点としたイスラム体制を批判する異例の展開を見せています。

シリアでは今も内戦が続き、混乱が収まる気配はありません。絶えず先行きが不透明な中東で、日本が問題解決に向けて貢献できるのか試されることになります。

(シリア難民ら 2013年8月)

「日本だからできること」「できないこと」

河野大臣が議員として最初に中東を訪れたのは、今から21年前の1997年。初当選の翌年にサウジアラビアを訪問しました。

ビザがなかなか得られず、ようやく訪問できたサウジアラビアでは、当時懇意にしていたサウジアラビアの駐日大使のアドバイスに従って、政府の要人との公式な会談は行わず、3食をともにしながら、まずは親睦を深めることに専念したそうです。

さらに、父親の洋平氏が外務大臣を務めていた2000年、サウジアラビアでの石油権益の延長交渉に難航した結果、日本は権益を失いました。当時の父親の苦労を目の当たりにした河野大臣は「中東に電話1本で話ができる人脈を作らなければならない」と痛感したといいます。

(ヨルダン川西岸ラマラ アラファト議長と 2003年)

それ以降、本格的に人脈作りに励み、毎年のように中東を訪問し、議員同士の交流にも取り組みました。日本ではパレスチナ友好議員連盟の会長も務めてきました。

いわば、ライフワークとしてきた中東外交に外務大臣として取り組むことになった河野大臣。「日本だからできることがある」とこれまでに培った人脈や経験をフル活用して飛び回る日々ですが、一方で中東情勢に精通しているからこそ、「日本にできないこと」も痛感しているのだと思います。

河野大臣が、去年9月に発表した中東政策を進める指針は、日本らしい息の長い取り組みを続けていくという宣言や、教育や人材育成分野での取り組みを強化していくなどといった内容で、一見すると地道な取り組みばかりです。

中東の問題に、日本として正面から向き合ってじっくり取り組んでいく、そのための土台をつくろうとしているようにも感じます。河野大臣が、新たな中東外交の地平を開くことができるのか。しっかりと追っていきたいと思います。

政治部記者
辻 浩平
平成14年入局。鳥取局、エルサレム特派員、盛岡局などを経て政治部。現在、外務省担当。
政治部記者
石井 寧
平成15年入局。名古屋局、政治部、北見局などを経て、再び政治部。現在は外務省担当。