を捨てて、空母をつくる

「母」を捨てるか、どうするか。
そんなことも、攻防の焦点だった。
そして、100億円以上もする「ストーブル」。

ーー戦後日本の防衛力のあり方を大きく転換する、新たな「防衛計画の大綱」が12月18日に決定した。これに沿っていけば、日本は事実上「空母」を持つことになる。
誰が、どのように決めたのか。私たちのメモを公開し、内幕を明らかにしたい。
(政治部 防衛省担当 稲田清/高野寛之)

「STOVL」と「いずも」

さてストーブ…じゃなくて「ストーブル」。
耳慣れないこの言葉の正体は「STOVL」だ。
「Short Take-Off and Vertical Landing」の略称で、空母の短い飛行甲板から自力で発艦することができ、垂直に着艦できる航空機のことだ。(安全保障の分野では、こうして頭文字だけを並べて読む慣習がある)

防衛省・自衛隊の関係者は、隠語のように「ストーブル」と言うが、アメリカを中心に9か国が開発した最新鋭戦闘機F35Bのことを指す。レーダーに捉えられにくい高いステルス性能があり、値段は1機100億円を大きく上回る。

政府は今回、そのF35Bを搭載できるよう、海上自衛隊最大の護衛艦「いずも」と、同型の「かが」を改修し、事実上、空母化することを決めた。

全長248m。艦首から艦尾までが平らな「全通甲板」が特徴で、ヘリコプターを運用するために造られた。

F35Bは発着艦の際、ジェットエンジンの噴射口を下に向けて、高熱の排気を甲板に叩きつけるため、その熱に耐えられるよう、甲板などを改修するというのだ。

アメリカではすでにF35Bを運用している艦船がある。強襲揚陸艦だ。

そのひとつ、ワスプ級と「いずも」を比べると、満載排水量がワスプ級は4万トン、「いずも」は2万6000トンと小さい。しかし全長では10 mほど短いだけ、全幅も5mほど狭いだけで、極端な差はない。さらにいえば、F35Bの運用はしていないが、イタリアやスペインが保有する軽空母と比べると、「いずも」はほぼ同じ大きさなのだ。

「いずも」は、世界的にはこうした艦船と変わらず、実はすでに空母という位置づけで見られているのだ。

背景には中国

空母化の背景には、海洋進出を強める中国の存在がある。

2012年、初めての空母を就役させた中国は、海軍や空軍の装備を増強し、沖縄から台湾にかけての「第1列島線」を越えて、日本周辺の太平洋でも軍事活動を活発化。

こうした動きを念頭に、政府は、南西諸島や日本周辺の太平洋海域の防衛強化のため、離島の航空基地が損害を受けた場合などに、この艦艇を、戦闘機用の代わりの滑走路としようというのだ。

ただ、だからといって「空母」を認めていいのか。それが与党のなかで焦点となった。

『攻撃型空母』なら「憲法違反」

議論の中心となったのは、改修をうけた「いずも」が「攻撃型空母」と見なされないかどうかだった。

それは30年余り前の昭和63年。
当時の瓦・防衛庁長官が、「『攻撃型空母』を自衛隊が保有することは憲法上、許されない」と述べたことに遡る。

これまでの政府見解で「攻撃型空母」は、「攻撃のためのさまざまな種類の航空機を常時、載せた形で運用され、他国の壊滅的な破壊を可能とする能力を持った大型艦艇」としていた。

戦闘機F35Bを搭載しても、「攻撃型」ではないのか。憲法違反にはならないのか。

有識者の意見?関係ないよ

そもそも、どのように日本の防衛力は整備されているのか。

指針となっているのは、「防衛計画の大綱」と、今後5年間の「中期防衛力整備計画」だ。これは、総理大臣官邸のNSS=国家安全保障局や、防衛省が中心になって策定する。

ただ、その前段として、大綱や計画の策定に向け、方向性を示す政府の有識者会議がある。

有識者会議の動きが具体化し始めた11月。ある「チーム」の政治家が、そのことについてささやいた。
「あんなの、関係ないよ。俺たちが実際は作るんだから」
大綱は、事実上、自分たちが作るのだと言うそのチーム、それが…

「与党ワーキングチーム」だ。

自民党の顔ぶれは、「国防族」と言われる議員たち。

座長の小野寺五典は、ことし10月まで2度目の防衛大臣を務め、安倍総理大臣から、防衛大綱の見直しの指示を受けた本人だ。

さらに元陸上自衛隊のレンジャーで、同じく2度の大臣経験がある中谷元。

そして、元副大臣で次期防衛大臣候補にも名が挙がる、若宮健嗣や、

武田良太。

それに国防部会長の山本朋広など。

一方の公明党側、

党外交安全保障調査会長で、ワーキングチーム座長代理の佐藤茂樹をはじめ、

「平和学博士」の遠山清彦や、

防衛大学校で教鞭を執った経験もある三浦信祐らが名を連ねる。

与党を代表するこのチームが、安全保障環境だけでなく、財政規律や国民の反応、野党の批判などを踏まえて、政府の「説明」を受け、方針を示すのだ。

さらに政府側で「大綱」を作る防衛省トップ、岩屋防衛大臣は前回、大綱を策定した際の、ワーキングチーム座長だった。

防衛省、自民党、公明党の「大綱の鉄のトライアングル」ともいえる関係だ。

「平和の党」の看板が…

閣議決定に先立つこと1か月。

11月中旬に「与党ワーキングチーム」の初会合が開かれた。会合後の発表では「自民党側が、空母の役割を担う『多用途運用母艦』の導入を求めたが、この日は、特に議論にならなかった」とされていた。

しかし取材を進めると、公明党がけん制に出ていたことが分かった。
この日、公明党側は「すぐに合意なんてありえない。『空母導入へ』というニュースが流れるような事態は避けたい」と強く釘を刺していた。以下に出てくるメモの写真は、私たちが当時、メンバーに取材して書いたものだ。

公明党は、伝統的に福祉を重視し、「平和の党」を掲げている政党だ。

しかし第2次安倍政権以降、「政府・与党の中にあって、ブレーキ役を果たす」と訴えながら、特定秘密保護法、安全保障関連法の制定に取り組む政府の方針を支えてきた。

消費税率の引き上げについても、「庶民の暮らしを守る」といった観点から、軽減税率の導入を働きかけた上で、賛同している。
「『空母』や戦闘機を買うために消費税を上げたなんて国民に思われ始めたら、こっちが持たない」
「チーム」の公明党側の議員からは、そんな声も聞こえてきた。

「『いずも』の空母化は、一度では通らない」
その言葉通り、事実上の空母化が正式に議題に挙がった12月5日の会合では、了承が見送られた。

「母」は捨てても

ただ、この日の会合では、公明党の慎重姿勢にある変化も起きていた。

自民党が、名称を「多用途運用母艦」と名付けていたことに対し、公明党側は、「『母艦』なんて名前を付けるからいけないんだ。空母を直接イメージさせるでしょう」と述べ、名称を気にするそぶりを見せたのだ。

歩み寄りのメッセージとも受け取った自民党のある議員は、「『母艦』は自民党が名付けてこだわりがあるが、公明党が折れるのなら、『母』の字は捨ててもいい。実を取りにいく。将来的には、実態は空母になるんだから」とつぶやいた。

そして、自民党側が「今回、通さないと間に合わない」と意気込んだ、12月7日。
実質協議としては2回目だったが、議論は予定を超えて2時間続いたものの、再び了承は見送られる。

公明党のあるメンバーは「何なんだよ。反対する共産党の立場を想定して、論点を突いてみたら、役所が黙っちゃうんだよ。これじゃあ、どうしようもない」

自民党のあるメンバーは「役所とメディアが悪い。役所は『わかりすぎて』いるから、簡単な質問の答えが用意できていない。メディアからはどんどん『大綱』の中身が報じられて、公明党が『聞いてない』『決まってもいないことを役所からリークするな』と、どんどん、硬くなっている」

それぞれの側でいらだちが募り始めた。

政府側が、おおむね2回の協議で了承を取り付けようとした「いずも」の「空母化」。
その思惑の通りには、いかなかった。

「紙で残せ」

政府は、F35Bは陸上の航空基地に所属させ、「いずも」に常時搭載しないことや、戦闘機の補給・整備能力を攻撃型空母並みとしないことなどを説明したが、なかなか、了承は得られない。

「アメリカ軍のF35Bが利用し、軍事行動に臨んだ場合、日本が戦争に巻き込まれないのか」「他国に対する脅威とならないのか」公明党のメンバーからは矢のように質問が飛ぶ。

「こんな説明だったら、来年の通常国会を乗り切れない」「『憲法違反でない』としっかりした論理構成を」と政府側に何度も詰め寄ったのだ。

そして、3回目の議論が終わった11日夜。

気温が1桁台と冷え込む中、震える手に持った携帯電話の向こうから、公明党のメンバーが、こう言った。「確認書のこと、聞いてるか?」
思わず「何のことですか?」と聞き返した。

「これまでの『専守防衛の範囲内だ』という議論を、口先だけでなく、紙で残そうということ。安全保障法制の時も似たようなことをしたし、わが党らしいやり方だよ」

それから2日後、公明党の意向に基づき、4回目となる議論で、「いずも」の改修について、与党が確認書を交わした。防衛大綱が閣議決定される、わずか5日前だった。

確認書は「戦闘機の部隊は、この艦専属としないことに加え、改修後も、医療や輸送などの機能を持つ護衛艦として、防衛だけでなく、災害対応などにも従事するため、「『攻撃型空母』にはあたらないことは明白で、憲法上、保有を禁じられるものではない」としている。

座長を務める自民党の小野寺と、座長代理の公明党の佐藤は、がっちりと握手をして、事実上の「空母」導入を了承した。

「攻撃型」ではなく、「事実上」の「空母」。

佐藤は、満足感を示す笑みを見せていた。

どこまで「攻防」だったのか

しかし、これまでの取材の記録を読み返すと、「はたして侃々諤々の議論だったのか」と思える節もある。

チームの会合が始まった直後、11月の時点で、公明党側のメンバーの1人は、「もともとある護衛艦を改修するだけなら大丈夫だし、国民は理解するだろう」と漏らしていたのだ。

さらに、政府側の説明を了承せず、議論が熱気を帯びてきたように見えた12月初旬。

「今回、盛り込まないとさらに10年、変えられないことは分かっている。『与党としてしっかりと議論した』という事実が大事だ」
「われわれがどうこうというよりも、国会答弁を乗り切るために、野党に成り代わって政府を鍛えているんだ」という文字が、手元のメモに残っている。

一連の議論を見守っていた防衛省の幹部は「自民党が提言をまとめたときから、『戦闘機を常に載せるわけではない』という認識だったし、公明党にもそういう説明をしてきた。『何回も説明しているのになぜ』と思ったのは事実だ」と振り返る。

ただ、こうした意見は、いずれも与党や防衛省の当事者たちのもの。

「専守防衛」を堅持し、「攻撃型空母は持てない」としてきた日本が事実上の「空母」を保有することには、国内に批判や慎重な意見があるし、周辺国からも「日本の軍備拡大」を懸念する声があがることは容易に予想される。

政府は「専守防衛」の枠内で抑制的に運用するとしているが、こうした懸念を払拭するには、丁寧な説明と実際の行動で明確に示す必要がある。それとともに、周辺国との信頼を醸成する取り組みも重要だ。

年明けの通常国会では「大綱」をめぐる論戦が繰り広げられる見通しだ。

「俺たちが作る」として策定された、これからの日本の防衛を左右する文書。

電気ストーブにあたりながら、作った『俺たち』の手を離れた、閣議決定の先が、本当の取材の始まりだと感じている。

(文中敬称略)

政治部記者
稲田 清
平成16年入局。与野党や外務省のほか、鹿児島・福島局も経験。現在、防衛省と「国防族」担当。
政治部記者
高野 寛之
平成12年入局。沖縄局、選挙プロジェクトなど経て政治部。30年6月から防衛省キャップ。最近は夜、防衛省にほど近い神楽坂を巡ってます。