の米朝接触”
五輪外交の舞台裏に迫る

一糸乱れぬ北朝鮮の「美女軍団」の声援、高まる南北融和ムード、「このままではムン・ジェイン大統領、北朝鮮に行ってしまいそうだね」 ピョンチャンオリンピックの開会式を見て、日本政府の関係者はつぶやきました。日米韓の首脳らに加え、北朝鮮の高位級代表団も顔をそろえたピョンチャンオリンピックの開会式。華やかな舞台の裏側では、首脳らも巻き込んだ激しい外交戦が繰り広げられ、米朝接触の可能性もあったことが見えてきました。オリンピック開会式にあわせて行われた各国の外交戦や駆け引きの様子を報告します。
(政治部官邸キャップ 原聖樹 記者)

ピョンチャン開会式

ピョンチャンオリンピックの開会式が迫る中、報道各社の関心は安倍総理大臣が開会式に出席するのかどうかに集まっていました。

オリンピックの成功と南北対話の推進を目指す韓国のムン・ジェイン大統領は、日本に加えて同盟国アメリカ、周辺の中国やロシアなどにも首脳クラスの派遣を要請していました。

しかし、安倍総理大臣は明確な返答をしていませんでした。背景には、慰安婦問題をめぐる日韓合意に対して、ムン大統領が去年末、否定的な考えを表明したことがありました。

「私の支持層は出席にみんな反対だ」

安倍総理大臣は周辺にこのように漏らしていました。また政府・自民党内からも「開会式に出席すれば韓国側に誤ったメッセージを与える」などと慎重論が公然と出ていました。

安倍総理 出席を決断

ところが開会式まで2週間余りとなった1月24日。安倍総理大臣は出席を表明しました。

「ムン大統領との日韓首脳会談で日韓の慰安婦合意について日本の立場をしっかりと伝えたい。また北朝鮮の脅威に対応していくために、日韓米3か国でしっかりと連携する必要性や、最大限まで高めた北朝鮮に対する圧力を維持する必要性についても伝えたい」

異例の画像公開

同じ日、北朝鮮情勢に関連して、もうひとつの動きがありました。

日本政府は、東シナ海の公海上で、北朝鮮船籍のタンカーがドミニカ船籍のタンカーに横付けしている様子を撮影した画像をホームページに公開したのです。4日前の1月20日未明、海上自衛隊の哨戒機P3Cが撮影したものでした。

この北朝鮮船籍のタンカーは去年11月、洋上で物資の積み替えを行っていたとしてアメリカ政府が公表していましたが、船名が偽装されているのが確認されました。

日本政府は、北朝鮮のタンカーが国連安保理決議で禁止されている、洋上での物資の積み替え、いわゆる「瀬取り」を行っていた疑いが強いとして国連安保理に通報したのです。

巧妙化する制裁回避の動き、瀬取りは頻繁に?

度重なる国連安保理の制裁決議を受けて、ペルーなど、北朝鮮と関係の薄い南米でも北朝鮮の外交官の国外退去などの取り組みが進んでいるほか、中国やロシアも、石油精製品の輸出制限や北朝鮮労働者の送還などを発表しました。日本政府はかつてなく制裁の効果は出始めていると見ています。

一方で、北朝鮮による制裁回避の試みも巧妙化しています。国連安保理の専門家パネルは、北朝鮮が、制裁を逃れて日本円で少なくともおよそ220億円を得たとする報告書を2月3日、取りまとめました。

政府関係者によりますと、日本政府が「瀬取り」を発見したケースは、公表された1月20日、そしてそれに続く2月13日以外にもあり、北朝鮮の船を追尾するなどして阻止したこともあるということです。

ただ東シナ海の公海上を日本単独で長期間カバーするのは困難で、この政府関係者は、抜け道を防ぐにはアメリカや韓国の協力が不可欠だと話していました。

高まる南北融和ムード

一方、ピョンチャンオリンピックの開会式を前に、韓国と北朝鮮の融和ムードはどんどん高まっていきます。きっかけは、ことし1月1日のキム・ジョンウン朝鮮労働党委員長の演説でした。「アメリカ本土が核攻撃の射程圏内にあり、核のボタンがわたしの事務室の机の上にいつも置かれている」とトランプ政権をけん制する一方、オリンピックが成功裏に開催されることを「心から望む」と、参加に前向きな姿勢を示したのです。

ムン政権はこれを大歓迎して、一気にアクセルを踏み込みました。

演説の2日後の1月3日には韓国と北朝鮮の連絡チャンネルを再開、9日には閣僚級協議を開き、北朝鮮は選手団や「美女軍団」とも呼ばれる応援団の派遣を表明しました。

警戒強める日本政府

日本政府は、北朝鮮が、南北対話に前向きなムン政権を利用して国際的な包囲網を崩そうとしていると警戒感を強めます。

菅官房長官は記者会見で、「北朝鮮は、南北の協議を通じて、核、ミサイル開発に対する国際社会の目をそらし、開発を継続するための時間稼ぎとともに、制裁解除や財政的支援、米韓合同軍事演習の中止、各国間の離間といった狙いを有していると考えられる。北朝鮮のほほえみ外交に目を奪われてはならない」と指摘。

いつにもまして厳しい発言で、北朝鮮だけでなく、対話に積極的なムン政権に向けたメッセージとも受け止められました。

安倍総理大臣は、トランプ大統領に電話会談を打診。電話会談は開会式7日前の2月2日に行われました。

続いて、7日には、開会式を前に日本に立ち寄ったペンス副大統領とも会談。日米と韓国の間に対応の差が生まれつつある中、ムン大統領との会談を前に、日米の結束をアピールし、韓国に釘を刺す狙いがありました。

しかし、ムン政権は、オリンピックに伴う例外措置として、アメリカや韓国の独自制裁の対象となっていた貨客船マンギョンボン92号の入港や国連安保理の制裁対象となっていた北朝鮮高官の入国などを容認していきます。

韓国国内でも、与党で革新系の「共に民主党」の議員が、「ペンス副大統領は祭りの家にわめきに来るし、安倍総理大臣はよその家にいらぬお節介をしにくるつもりだ」とツイッターに書き込むなど、日米の姿勢に批判的な意見も出始めていました。

表面化した温度差

こうした中、オリンピック開会式当日の9日、韓国のヤンヤン空港に降り立った安倍総理大臣。ムン大統領との3回目の首脳会談は、開会式会場近くのホテルで行われました。

1時間に及んだ会談の後、安倍総理大臣は、同行した私たち記者団に対し、北朝鮮が核・ミサイル開発を追求し開発を続けていることを忘れてはならないと指摘し、「対話のための対話は意味がないとムン大統領にはっきり伝えた」と述べました。そのうえで「北朝鮮が政策を変更するまで圧力を最大限まで高めていく必要があるという日米で完全に一致した確固たる方針をムン大統領と確認した」と述べ、圧力強化に向けた連携を確認したと強調しました。

これに対し、韓国大統領府は、ムン大統領が安倍総理大臣に対し、「南北間の対話が北朝鮮に核放棄を迫る国際的な連携を乱すことはき憂に過ぎない」と述べ、日本にも北朝鮮との対話に乗り出すことを望む考えを示したと発表しました。安倍総理大臣も日本政府も、こうしたやり取りは公表していませんでした。

さらに韓国大統領府は、翌日の10日、安倍総理大臣が会談で、オリンピック・パラリンピックの後に延期された米韓合同軍事演習を着実に行うよう求めたことを明らかにした上で、ムン大統領が「わが国の主権の問題、内政問題だ。安倍総理大臣からいわれても困る」などと述べたと発表しました。

このやり取りについても安倍総理大臣は明らかにしておらず、日本政府も、首脳会談後の記者発表の際に、記者団から米韓合同軍事演習についてのやり取りがなかったのか質問されたのに対し、「日米、日米韓で圧力を強化していくことで一致している。それ以上は控えたい」と説明するのにとどめていました。

前日の首脳会談の内容を、翌日になって補足するようなことは日本ではほとんど見られません。韓国大統領府には、圧力強化を求める安倍総理大臣に、きぜんとした姿勢を示したことを自国の国民にアピールする狙いがあったことは明らかです。

日本政府の関係者は「日本は、首脳会談での相手国の首脳の発言を、相手国の同意なしに発表するようなことはしない」などと述べ、不快感を示していました。

両首脳は、首脳会談で、未来志向の関係構築に向けた緊密な連携をアピールしましたが、北朝鮮との対話のあり方をめぐっては立ち位置の違いが浮き彫りになる結果となりました。

北朝鮮との接触は?

首脳会談に続き、ムン大統領主催のレセプションがあり、安倍総理大臣やペンス副大統領は、北朝鮮の高位級代表団を率いるキム・ヨンナム最高人民会議常任委員長らと同じ円卓テーブルにつく予定となっていました。

私たちの緊張感も高まっていきます。というのは、政府関係者が事前に、安倍総理大臣と北朝鮮との高位級代表団の接触の可能性を示唆していたからです。さらにアメリカ政府が、事前に日本政府に対して、仮に北朝鮮側との会談が行われた場合には、核開発などの放棄が前提でなければ本格的な協議には応じられず、それが約束されない限り最大限の圧力をかけていくという考えを伝達するという方針を伝えていたことも分かってきました。

こうした中、安倍総理大臣は、レセプションの直前、わずかな時間を使って、ペンス副大統領と改めて会談していたことが判明。2日前に会談したばかりの2人が、再度会談するのは極めて異例なことです。

またムン大統領は、安倍総理大臣に北朝鮮との対話に乗り出すように働きかけたのと同様に、ペンス副大統領にも北朝鮮との会談を促していました。

安倍総理大臣とペンス副大統領は、レセプションなどで北朝鮮との接触があった場合の対応について、綿密にすり合わせていたと見られました。

私たちの緊張はピークに達しようとしていました。しかし、レセプションで、北朝鮮側はアメリカ側と接触する姿勢を見せず、ペンス副大統領も5分ほどで退席し、接触は発生しませんでした。

一方、安倍総理大臣は、キム委員長と短時間、ことばを交わし、拉致問題の解決と拉致被害者の早期帰国などを求めました。緊密に連携してきた日本とアメリカで対応が分かれた瞬間でした。

安倍総理大臣には、ムン大統領が日米双方に北朝鮮との対話を促す中で、日本が蚊帳の外に置かれたり、拉致問題が置き去りにされたりすることは避けたいという判断があったものと見られます。

このあと、韓国大統領府は、日本政府に先立って安倍総理大臣とキム委員長の接触を公表しました。ホスト国という立場で発表したものと見られますが、当事国に先立って他国の首脳の動向を発表するのは極めて異例で、対話ムードを盛り上げたいという韓国側の意向があったのかもしれません。

外交戦は開会式会場でも

レセプションに続いて開かれた開会式。安倍総理大臣、ペンス副大統領、ムン大統領、それにキム・ジョンウン朝鮮労働党委員長の妹、キム・ヨジョン氏を含む、北朝鮮の高位級代表団が顔をそろえました。

安倍総理大臣は、ここでも長時間にわたってペンス副大統領と言葉を交わしていました。政府関係者によりますと、この際にも、北朝鮮との対話などをめぐって意見が交わされていたということです。

一方、ムン大統領は、キム・ジョンウン朝鮮労働党委員長の妹、キム・ヨジョン氏などと笑顔で言葉を交わすなどしていて、その対応は日米とは対照的なものでした。

ただ、開会式は、日朝、米朝の接触はなく終了。警戒を強めていた私たちも緊張の糸を緩めることになりました。

幻の米朝接触

日韓首脳会談翌日の10日、ムン大統領は、ソウルに移動して大統領府で、キム・ヨジョン氏など、北朝鮮の高位級代表団を招き昼食会を開きました。私たちは、これで日朝、米朝の接触はもうないだろうと見ていました。

一方、昼食会で、キム・ヨジョン氏が、ムン大統領との昼食会で、南北首脳会談の開催を提案していたことが分かると、日本政府内からは、「このままではムン大統領、北朝鮮に行ってしまいそうだね」などという感想も漏れていました。

そうした中、ペンス副大統領もソウルに移動したという情報が入りました。

「米朝対話があるのか?」 私たちの緊張感が再び高まりました。

しかし、結局、何事もなく、ペンス副大統領は10日夜に韓国を離れました。

安倍総理大臣も、アイスホッケー日本女子の試合観戦などを終えて帰国の途につきました。

こうしてピョンチャンオリンピックを活用した外交戦は幕を閉じ、ムン大統領が仕掛けたとも言える、米朝の接触は幻に終わったのでした。

南北首脳会談への懸念

日本政府は、南北の対話がさらに進むのか、神経を尖らせています。

安倍総理大臣は、帰国後の衆議院予算委員会で、南北の融和ムードが高まっていることに関連し、北朝鮮で行われた過去2回の南北首脳会談に言及しながら、その後も北朝鮮が核開発を継続してきたことを指摘したうえで、圧力強化の必要性を強調しました。

そして2月14日には、トランプ大統領と改めて電話会談。最新の北朝鮮情勢をめぐって意見を交わし、北朝鮮が核開発などを放棄するまで圧力を強化していく方針を改めて確認しました。

政府内からは、南北首脳会談が実現した場合、核などの放棄が約束されないまま、何らかの財政的な支援を行うことにつながるのではないかと懸念する声が出ています。

また、ある政府関係者は、北朝鮮が、オリンピック後の米韓合同軍事演習の中止を狙って、核やミサイル開発の「凍結」などを打ち出す可能性を指摘した上で、それが非核化につながるのかどうかは極めて不透明だという認識を示しました。

2度あることは3度ある?

日本政府は、アメリカ政府と連携して引き続き北朝鮮に対する圧力を強化し、核や弾道ミサイル開発の放棄、そして拉致問題の解決を目指す方針です。

一方、韓国のムン政権は、南北統一を目標に引き続き融和路線を取り、対話を推進していくものと見られます。

中国やロシアは、北朝鮮の核保有は容認しない姿勢を示していますが、隣国北朝鮮の崩壊や韓国との統一は、アメリカの影響力拡大につながることから何としても避けたいところです。

「私たちはひとつ」 美女軍団が繰り返す声援は、同胞である韓国の人たちの心の琴線に触れていることでしょう。

北朝鮮は、こうした周辺国の思惑の違いを巧みに突きながら、各国から支援を引き出し核開発を推進してきました。アメリカに対峙しながら体制を維持するには核保有が不可欠だと考えているからです。

オリンピックを利用して北朝鮮が仕掛けた外交戦は、ムン政権を揺り動かし、一定の成果を上げつつあるように見えます。

日本政府は、韓国がさらに融和路線に傾けば、中国やロシアも圧力を弱めかねないと危機感を強めています。

過去に2度繰り返された、南北首脳会談と、非核化などを前提とした北朝鮮に対する財政的支援。みたび同じことが繰り返されるのか。それとも対話による非核化が実現できるのか。

北朝鮮は、オリンピック・パラリンピック後に延期された米韓合同軍事演習の中止を強く求め、中国やロシアも凍結を主張しています。

一方、日本とアメリカは予定通りの実施を韓国に働きかけています。メダル争いや美女軍団の一糸乱れぬ応援に関心が集まる中、対話と圧力をめぐる各国の駆け引きは、オリンピック・パラリンピック後を見据えて続いています。

政治部記者
原 聖樹
官邸キャップ