ランプ劇場 その総支配人

トランプ大統領への審判ともなったアメリカ中間選挙。「トランプ劇場」とも言われる、大統領の活動を振り返ると、トランプ大統領の選挙戦を通じた戦略が浮かび上がってきた。
(ワシントン支局記者 栗原岳史)

大統領遊説を追体験

労働者のための祝日、レーバー・デー(9月3日)。アメリカでは、大統領選挙や中間選挙の年は、この日を境に選挙戦が本格化すると言われている。

トランプ大統領は、この祝日から選挙の前日まで(11月5日)までの2か月間で、合わせて全米20州、30か所を遊説した。その足跡を追った。

接戦州とラストベルト

トランプ大統領の遊説先の特徴として挙げられるのは、訪れた多くは共和党の候補が民主党と接戦となった州だということだ。特に、西部モンタナ州と中西部ミズーリ州は、いずれも3回訪問している。

結果、モンタナ州の上院議員選挙では、トランプ大統領が積極的に応援をした共和党候補は、現職のテスター氏に3ポイント差で敗北を喫した。逆にミズーリ州では、共和党の新人が、民主党の現職との接戦を制し、勝利した。

もう1つの特徴は、5大湖沿岸の、中西部インディアナ州やオハイオ州などに、集中的に足を運んだということだ。こうした州の多くは、「ラストベルト」とも言われている地域。かつては製造業でアメリカ経済を支えていたが、アメリカ企業のグローバル化で多くの工場が閉鎖し、今は「さび付いてしまった工業地帯」という意味の名がつけられている一帯だ。

この地域の労働者層は現状に不満を抱き、2年前の大統領選挙では、本来、民主党の支持基盤である労働組合までもがトランプ氏の支持に回り、トランプ大統領誕生の原動力にもなったと言われている。

今回、事前の世論調査などでは、この地域の多くの選挙区で共和党の劣勢が予測されており、トランプ大統領としては、みずからを支持してくれた人たちのもとに足を運び、てこ入れをする狙いがあったと見られる。

しかし、結果は、ラストベルトの多くの州では、上院で民主党が勝利したほか、下院でも、都市部の郊外で民主党が議席を伸ばしており、この地域の有権者の一部にトランプ大統領の政策への不満があったことがうかがえる。

選挙戦で語られたキーワード

では、トランプ大統領は、選挙戦中、どんな言葉で支持を訴えたのか。30回の演説の中でトランプ大統領が発したキーワードについて調べてみた。

(1)選挙戦を動かした人事
まず、1つ目のキーワードは、「カバノー判事(kavanaugh)」。

アメリカの保守派の法律家・カバノー氏は、ことし7月に最高裁判所の判事に指名された。しかし、中間選挙の選挙戦が始まった9月半ば、10代の時の女性への暴行疑惑が浮上し、それ以来、野党・民主党は、この人事をめぐってトランプ大統領への追及を強めた。

今回の中間選挙で、女性候補者の数が過去最多となる中で、暴行疑惑の問題は、選挙戦で共和党に影響を与え、民主党への追い風になるのではないかと見られていた。しかし、その後、世論は意外な方向に向かった。

「35年以上も前の、10代のときの話を魔女狩りのように追及する必要があるのか」「証拠もない一方的な告発で、カバノー氏や家族がかわいそうだ」
「民主党はトランプ政権への攻撃に使えるものは、何でも政治利用する」

保守系の男性だけでなく、女性からも相次いで批判の声が出始めたのだ。そして、民主党が追及を強めれば強めるほど、それに比例するかのように、民主党への反発も強まった。これが、眠っていた保守派の目を覚ましてしまったとの指摘もある。

こうした世論の機微な動きに目ざといトランプ大統領。
「民主党は誰彼かまわず攻撃する凶暴な集団だ」
「民主党が実権を握ったら、あなたも、あなたの家族も狙われる」

演説でも、さっそくこうした世論を利用し、国民の恐怖をあおり続けた。そして、与野党の激しい対立の末、10月7日に議会上院でカバノー氏が最高裁の判事として承認されたあとも、トランプ氏はその手を緩めなかった。

この問題については、当初、追及をしていたのは民主党のはずでしたが、いつの間にかトランプ大統領が意識的にカバノー判事を政局の中心に据えていて、気が付けば、民主党はトランプ劇場の舞台に、悪役として乗せられているかのような印象だった。アメリカのショー・ビジネスで鍛えられたトランプ流の演出が際立っていた。

(2)野党の名指しを自粛?
敵と味方を明確にし、敵を名指しで徹底的に批判するトランプ大統領。「JOBS not MOBS」(ごろつきの民主党ではなく、雇用を生み出す共和党を)を標語に、批判の度合いは、選挙戦が進むにつれ、過激になっていくかのようにも思えた。しかし、「民主党(democrats)」や「ごろつき(mobs)」というキーワードが登場した回数は、10月後半、急に減る。

そのきっかけになったのが、10月22日から24日にかけて、オバマ前大統領など、トランプ大統領を批判する民主党の関係者に爆発物などが入った郵便物が送られた事件だった。この事件では、トランプ大統領の熱烈な支持者とみられる男が逮捕された。その直後の27日には、東部ペンシルベニア州のピッツバーグにあるユダヤ教の礼拝所=シナゴーグで男が銃を乱射し、礼拝に集まった11人が死亡する事件が起きた。これらの事件ついて、トランプ大統領の攻撃的な言動が社会の分断を助長し、事件を誘発しているのではないかという指摘が相次いで出てきたのだ。

これを受けて、トランプ大統領は、演説で、みずから「きょうは『お行儀良くしろ』と言われているんだ」と述べるなど、民主党候補などへの個人攻撃などをしばらく控えていた。どんな批判もお構いなしのトランプ大統領とはいえ、悲劇が全米で報じられた直後では、さすがにいつもの不遜な「トランプ節」は批判に耐えられないとの計算が働いたのかもしれない。

(3)侵略者がやってくる!
中米では、10月13日以降、アメリカへの移住を目指す集団が北上し始め、徐々に規模を拡大しながら、移動を続けた。選挙戦終盤の10月下旬から11月にかけて、トランプ大統領が演説で危機感をあおる題材に使ったのは、まさに、この「キャラバン(caravans)」だ。

トランプ大統領の主張は、「移住を目指す集団には犯罪者やテロリスト、それに深刻な病気を持っている人が混じっている」「入国を許したら、アメリカは犯罪や麻薬だらけになる」「民主党が資金を出して入国するようにしむけている」など、根拠のよくわからない内容ばかりだった。

しかし、連日、こうした主張を繰り返し、聴衆の不安をあおるとともに、選挙戦でも争点のひとつとなっていた不法移民対策に、厳しく対処する姿勢を強調した。そして、10月29日には、「中米からの侵略者から守るため」として、ついに国境に5000人余りのアメリカ軍を派遣することを発表した。

ちなみに、トランプ大統領は、毎日、ツイッターで、移民問題について投稿していたが、中間選挙が終わったとたん、パタリとなくなった。

トランプ劇場の総支配人

トランプ大統領でよく注目されるのは、既存の政治家にはない言動で注目される、不動産王やビジネスマンとしての側面だ。しかし、今回の選挙戦を通じて私が感じたのは、「トランプ劇場の興行主にして演出家、そして主演男優」という、トランプ大統領の聴衆を魅了する卓越した能力だった。

政策の是非はともかく、劇場の空気を機敏にかぎつけ、その場所、そのタイミングに合った絶妙な演出を即座に考え、“舞台装置”として使えるものは、政府の人事であろうと、アメリカ軍であろうと、何でも使う。政敵も、気が付けば、悪役としてトランプ劇場の舞台に乗せられ、踊らされている。そして、終演し幕が下りたら、何事もなかったかのように劇場をあとにする。

トランプ大統領は、今回の中間選挙でも、大統領選挙でカギを握ることになる州をまわるなど、2020年の大統領選挙に向けて周到に布石を打っている。

中間選挙が終わり、早くも大統領選挙に向けた号砲が鳴った。今回の中間選挙では、野党・民主党が議会下院を奪還し、民主党は今後、トランプ大統領や側近のスキャンダルなどへの調査要求などを通じて、追及の姿勢を強めていくと見られる。しかし、中間選挙の選挙戦でもオバマ前大統領が脚光を浴びたことでもわかるように、民主党を率いる明確なリーダーがいない。

2年後の大統領選挙までに、トランプ劇場の主役に挑む役者は出てくるのか。それとも、トランプ大統領のペースで劇場が加熱していくのか。首都ワシントンの、世界で一番熱い劇場から、しばらく目が離せそうにない。

ワシントン支局記者
栗原 岳史
平成17年入局。岡山局を経て政治部で官邸・与野党・防衛省・外務省を担当。その後、ネットワーク報道部を経て、平成30年夏からワシントン支局。