厨房から見た
政治の舞台裏

衆議院が解散され、今月22日の投開票に向けて各地では激しい論戦が繰り広げられています。それとは打って変わり永田町はひっそりと静まりかえっています。そこで総理番をことし夏に終えた政治部2年目の私、清水が、総理番5人とともに、政治の裏側を少しでものぞくことはできないかと、遊説に飛び回る安倍総理大臣の同行取材の合間を縫って国会内の食堂などをルポすることにしました。

「腹が減っては戦ができぬ」という言葉がありますが、日夜、知謀策略が渦巻くこのまちで政治家たちは一体何を食べ、次なる戦いに備えているのか?。議員たちの素顔や舞台裏をのぞけば、選挙区を走り回る候補者たちが少し違った角度から見られるかもしれません。ふだんは忙しい食堂の皆さんに無理を言って協力を求めて話を聞いてみました。

(政治部記者 清水大志、小泉知世、並木幸一、安田早織、佐久間慶介、山田康博)

国会内ではそば店が人気?

国会議事堂の中には、衆議院と参議院それぞれに議員食堂があり、寿司店とレストランが同居しています。このほかにも、主に洋食を扱う食堂や全国チェーンの牛丼店、それに喫茶店など15を超える飲食店が点在しています。

中でも数が多いのが蕎麦屋です。議事堂の中だけで3軒あります。「さっと食べられ、カロリーも低め」。健康に気を使う国会議員や官僚らには人気のようです。

このうち1軒では、2メートル近い生麺を一気にゆであげる方法で、注文を受けてからそばを出すまでの時間を短縮しているそうです。

カウンター越しに感じた政権交代の予感

そんなそば屋の中の1軒が参議院の地下にたたずむ「みとう庵」です。

店長を務めるのは真木孝子さん(63)。昭和49年から国会内で営業を始めたこの店で、真木さんは20年以上にわたって働いています。包丁切りにこだわった蕎麦は、故・小渕恵三元総理など、数多くの国会議員や秘書たちに愛されてきました。

看板メニューは鴨せいろ。きざんだ鴨と長ネギの入った温かいつゆに、そばをつけて一気にすすると、だしの香りとのどごしの良さを楽しめます。

真木さんに「最も印象的だった出来事はなんですか?」と尋ねると、平成21年の民主党による政権交代をあげてくれました。政権交代の立役者の1人、菅直人元総理は昔からの常連客で、週に1、2回、1人でふらりと訪れては、野菜炒めそばを食べていました。

しかし、ある頃から、様子に変化が見られるようになったということです。居合わせた記者に声をかけられる回数が増え、同僚議員と昼食前後に店で打ち合わせをするなど、1人でそばをすする姿が見られなくなっていきました。テレビ局からは、菅元総理が蕎麦を食べる様子を撮影させてほしいという依頼まで来たそうです。

真木さんは、民主党への注目度が上がっていくのを肌で感じ、「本当に政権が変わるのかもしれない」と思ったと、当時の様子を話してくれました。その後、実際に政権交代が実現すると、利用客にも新しい民主党の議員が増え、政治の現場と同様に、店の様子も一変していったそうです。

国会内で寿司を握り続けて50年

10月初旬、衆議院解散をめぐり人でごった返した数日前とは一転、国会議事堂は人影もまばらでひっそりと静まりかえっていました。

高い天井からつり下げられたシャンデリア、年代物の椅子。入るだけで背筋がシャンとなるような雰囲気の「衆議院議員食堂」を訪れると、1人の男性が優しく招き入れてくれました。

「商売にならないね。忙しくて疲れるのと比べて『暇疲れ』ってのは寝てもとれない」とこぼすのは石原良博さん(69歳)です。
衆議院と参議院の議員食堂に入る寿司店で50年以上にわたって寿司を握り続けてきました。中学卒業とともに茨城県から上京し、寿司の修行を始めた石原さん。当時一番苦労したのは、何百人もいる議員の顔と名前、それに寿司の好みを覚えることでした。石原さんは、「選挙のたびに覚え直すのが大変だった」と振り返ります。

当時は、高度経済成長期のまっただ中。常連だった議員の1人に、故・重宗雄三元参議院議長がいました。池田勇人内閣、佐藤栄作内閣の時に、歴代最長の9年にわたって議長を務めた参議院の重鎮。「私の太い眉毛を見て『八の字!』とあだ名をつけて、かわいがってくれた」と石原さんは懐かしそうに話します。好物だったトロや車エビ、ウニなどをのせたちらし寿司を作り「議長寿司」と名付けるなど親交を深めました。重宗元議長が同僚議員と連れだって、寿司を食べに来てくれたことで、自然とほかの議員の好みを覚えていったそうです。

石原さんに思い出を尋ねると、1970年の安保闘争をあげてくれました。国会の周りを群衆が取り囲み、怒号が飛び交う中、石原さんは「世の中が変わるのかもしれない」などと漠然と思ったそうです。そして、外に出ることが出来ない議員たちに毎日、寿司を握り続けていたという石原さん。議論が紛糾し、深夜にまで及んだ際には、いつでも食事が提供できるように深夜までカウンターに立ち続けていたそうです。

平成に入ってからも数多くの政局、そして政権交代の場を間近で見てきた石原さん。総理大臣を辞任したあと、いまの安倍総理も石原さんの握ったすしを食べに来たそうです。「先生、顔色が良いですね。今度、総理になった時は頑張ってもらわないと」と何気なく声をかけると、安倍総理は「頑張りますよ」と笑って応じたそうです。その後、安倍総理は自民党総裁選に立候補、政権交代を成し遂げました。
まもなく選挙が終わり、新しい顔ぶれに入れ替わる衆議院。政治の移り変わりをカウンター越しに見続けてきた石原さんは、「また新しい顔を覚えないとね」と優しく笑っていました。

定着を目指してあの手この手

何十年にもわたり、国会を支え続けてきた店がある一方、新たな風を吹き込む店もあります。国会議事堂のちょうど中央にある「国会中央食堂」です。

開会式などの際に、天皇陛下がのぼられる階段のちょうど真下の1階にあります。重厚な名前の一方、店内はおしゃれなカフェといった雰囲気で、ソファなども並んでいます。
いまからおよそ6年前に、それまで営業していた店のあとを継いで、オープンしました。国会内では最も新しい飲食店です。この店の責任者の柳澤裕二さんは、(33)「周りは老舗も多く、なかなか知名度が上がらないんです。国会の中なので、店の外に出て呼び込みをすることも出来ませんからね」と悩みを打ち明けてくれました。

こうした状況を変えようと始めたのが、「勝つカレー」と「勝つ丼」。

はじめは選挙事務所への配達なども想定して作った特別メニューで、先月28日の解散とともに、早速メニューに加えました。すると10人ほどの議員が食べていったといいます。柳澤さんは「選挙応援メニューを食べて当選したら、また支援者なども連れて食べに来てくれるはず」と期待していました。

また午後2時以降はコーヒー1杯100円というサービスを始めると、本会議中の休憩時間に、ソファで休憩する議員の姿もみられるようになってきました。国会内のある政党の事務局から「蕎麦を届けてもらえないか」と相談を受けると、裏メニューとして蕎麦のデリバリーに対応するなど、あの手この手で定着を目指しています。柳澤さんは「いつか国会といえば『中央食堂』と言ってもらえるよう、色々な努力や工夫をしていきたい。10年、20年と歴史を重ねていきたい」と話していました。

人情カレー喫茶

最後に訪ねたのは国会議事堂の南、衆議院分館の1階にある「喫茶あかね」です。

分館の奥まった場所にあり、分かりにくい場所にありますが、国会開会中には行列もできます。昔ながらの喫茶店といった風情ですが、店内はスパイスの刺激的な香りが漂います。

昭和49年に喫茶として営業を始めましたが、30年余り前から本格的なインドカレーを提供するようになりました。ルーに使われている24種類のスパイスはインド人の従業員が現地で買い付けるほどの徹底ぶり。健康のためにと、毎日欠かさずカレーを食べに来る現職の閣僚もいるといいます。

「喫茶あかね」の店内で、ベテラン議員にも「もっとゆっくり食べなさい」と声をかける、店員の小倉あけみさん(68)。「国会のおかあさん」と呼ぶ議員もいるそうです。

4年前の12月、国会では特定秘密保護法案の審議が紛糾し、「喫茶あかね」が入る衆議院分館でも、委員会での審議が深夜まで行われました。店は通常午後5時に閉店しますが、このときは夜まで店を開けました。小倉さんは「根詰めて議論しているから、コーヒーを飲んだりカレーを食べたりして少しでもほっとしてもらいたい」と話していました。ふだんの店内では、党派を超えて議員同士が談笑する姿も見られますが、この時ばかりは、議員たちも互いに距離を取って座り、店内は静まりかえっていたそうです。
そんな小倉さんが特別緊張する時期があります。それがまさに衆議院の解散・総選挙です。親子2代で通うあるベテラン議員は、衆議院が解散されると決まって秘書らを連れて店を訪れ、「戻って来られるかどうかわからないけど、頑張るよ」などと弱気な表情を見せるといいます。そんなとき、小倉さんは、「また来るんだよ!」と送り出すことにしています。今回の取材で店を訪れた際も、たまたま小倉さんがある議員を明るく送り出していました。

「先生たちはなんと言っても体力勝負。私たちの生活に関わる大切なことを決めてもらっているんだから、元気でいてもらわないと」と話す小倉さん。選挙が終わり、顔なじみの議員、そして新たな顔が、店を訪れるのを待っています。

取材を終えて

「喫茶あかね」を取材した総理番は、午後3時ごろ昼食に訪れると「お昼が遅いじゃない。ちゃんと食べなさい」と怒られたことがあったそうです。駆け出しの政治記者として右往左往する日々ですが、国会の食を「支える」人たちは、私たちを議員などと分け隔て無く迎え入れ、仕事の合間を縫って話を聞かせてくれました。 国権の最高機関で、国民の代表を取材するという緊張感を持ちながら、衆議院選挙での与野党双方の主張に真摯に耳を傾け、皆さんに少しでも役立つ原稿を一本でも多く書けるよう努力していきたいと思います。