スが足りない
学校現場にも影響が

「林間学校」「部活・サークルの合宿」「修学旅行」。学生時代の一大イベントだが、もしかしたら再来年の夏は、これらのイベントが実施できなくなるかもしれないと、教育現場が頭を悩ませている。理由は東京オリンピックでのバス不足。背景を探ると、人口減少などに伴う経営環境の悪化に悩む路線バス事業者の状況も見えてきた。
(宮崎放送局記者 牧野慎太朗、ネットワーク報道部記者 後藤岳彦)

異例の協力要請


ことし7月下旬のこと。全国の教育委員会や大学に文部科学省やスポーツ庁から、異例の協力要請の文書が送られた。

添付された組織委員会の文書には「関東、東北や中部、近畿など幅広い地域のバス事業者の協力を得る必要がありますが、東京大会の開催時期である夏から初秋の期間は、観光などレジャーやスポーツイベントの開催などに伴う観光バスの高稼働時期となることから、バス不足などが懸念されています」「バスの利用を伴う教育関連イベントの実施時期をずらすなどのご協力をお願いしたい」などと書かれていた。

期間は、オリンピック期間を中心に7月18日から8月10日までの3週間余り。要請の対象は、「林間学校」「部活・サークルの合宿」「修学旅行」「遠足」といった学校行事だ。

楽しかった林間学校…


この要請に、教育現場では頭を悩ませていた。行事の時期をずらすのが、そう簡単なことではないからだ。

組織委員会が示した期間は、例年、都内の多くの自治体の小学校などで、林間学校や臨海学校が行われている。たとえば品川区は毎年夏休みのこの時期に、小学5年生を対象に区内の37校のほとんどがバスを利用して林間学校を行っている。行き先は栃木県日光市にある区の宿泊施設で、子どもたちには、キャンプファイヤーやハイキングが大人気だ。

ただ、オリンピックやお盆の時期を避けると、残っているのは8月中旬以降となる。その間に全部の学校を、宿泊施設で受け入れるのは不可能だ。このままでは、林間学校ができる子どもと、できない子どもが出てきてしまうおそれがある。


「オリンピックの影響がこういうところにも及ぶということで、少し驚くと同時に悩ましく感じている。林間学校にどれぐらいのバスが使えるのかできるだけ早めに情報をほしい」(品川区教育委員会学務課 篠田英夫課長)

夏休み以外で実施することはできないのだろうか?それも難しいそうだ。品川区立の御殿山小学校では授業日数などの確保のため、授業の一部を土曜日にも行っている。このため、夏休み以外の時期に林間学校を行うと、授業日数の確保ができなくなるおそれがあるということだ。


「2年後だけ林間学校を行わないのは、児童があまりにもかわいそうだ。子どもたちにもいい体験になるのでどうにか実施したい」(御殿山小学校 勝進亮次校長)

大事な部活の合宿が…


「オリンピックと部活の合宿、どちらを優先させるか判断はとても難しい」 東京オリンピックの大会会場から離れた大阪でも、こうした声が聞かれた。

大阪・堺市にある泉陽高校。取材に訪れた日の放課後、体育館ではバドミントン部やバレー部の練習で、熱気にあふれていた。この高校では例年、夏休みの7月下旬から8月中旬に、10以上の部活が合宿を実施している。ことしは滋賀県や愛媛県などで合宿をした9つの部活が、貸し切りバスを使ったという。高校では、要請を受けて再来年の夏の合宿を見直し、バスを使わないですむよう、近隣の施設で行うなどの対応を検討している。

しかしすべての部活で、体育館やグラウンドなどを備えた新たな合宿の施設を確保できる見通しは、たっていないということだった。日程をずらそうにも、夏休み中の補講やお盆の時期と重なってしまう。夏の合宿は、それぞれの競技の大会前に生徒が集中して練習に打ち込めるうえ、部員どうしの結束も強まる大事な機会だということだが、高校では再来年は夏の合宿を中止せざるをえないおそれもあるとしている。


「関西からも協力して五輪を成功させたいという気持ちはありますが、たった3年間しかない高校生活の中の合宿なので、どちらを優先させるか判断はとても難しい」(泉陽高校 武田温代校長)

ネットでは、「もうオリンピックがみんなの迷惑になってきてないか?欲しがりませんオリンピック終了までは!ってか?戦時中かよ!」「学校行事が優先やろ。影響出さないように商業行事側が対応するのが常識」といった批判的な書き込みも相次いでいる。

バスが足りない!


大会期間中は、選手や競技役員、メディアなど約7万人の大会関係者が訪れるとされ、組織委員会は、大型の貸し切りバスだけでも1日あたり最大で2000台程度が必要になると試算している。

東京バス協会に加盟するバス会社が所有の大型バスは、全部集めても1400台ほど。さらに、東京バス協会が、大会期間中に当たる7月下旬から8月上旬までの過去3年間で、大型の貸し切りバスの稼働率を調べたところ、約8割に当たる1100台前後が稼働していたとのこと。夏休みの旅行シーズンであることに加え、夏の甲子園や林間学校などの時期とも重なっているためだ。

再来年も同じような状況になると、オリンピックの選手らの輸送には、約300台しかあてることができない計算になり、目標の2000台には遠く及ばない。

また日本バス協会によると、全国的に見ても同じ事情で、この時期は「稼ぎ時」になっている会社が多いということだ。こうしたことが今回の要請の背景になっていて、組織委員会は、都内のバス会社だけでは必要な台数を確保できないとして、関東を中心に東北や中部、近畿など幅広い地域からバスを集める必要があるとしている。

大会を支えたい でも運転手不足


都内のバス会社では、選手などを運ぶバスをどれくらい出せるのか検討を始めているが、運転手不足などのため、難しい判断を迫られている会社もある。

私たちが取材したのは、東京・足立区の貸し切りバスの運行会社、「東京ワーナー観光」。18台のバスを保有し、20人の運転手がいる。この会社には東京オリンピック・パラリンピックの際にバスを何台出せるのか、すでに旅行会社から問い合わせが来ているということだ。ことし4月の時点では「大型と中型の合わせて5台」と回答をしたが、その後「さらに出せないか」という連絡があり、現在、検討を進めている。

会社では多くのバスを出して、地元・東京で開催される大会を支えたいと考える一方で、簡単には台数を増やせない事情もあり、難しい判断を迫られている。その理由はバス業界の慢性的な運転手不足だ。18台のバスをフル稼働させるためには、さらに5人ほど多い運転手が必要だ。またオリンピックの開催時期は1年の中でも特に忙しい「稼ぎ時」に当たる一方で、今回、選手らのバス輸送について、料金や業務量が示されておらず、収入面での不安も大きいという。


「5台より多くのバスを出すと、毎年、バスを使っている人にも迷惑がかかり、その後の仕事の依頼がなくなるかもしれない。料金などを含めて早く示してほしい」(東京ワーナー観光 渡辺広光社長)

もともと人口減少などに伴う路線バス事業者の経営環境の悪化は、深刻な問題だ。総理大臣官邸で6日に開かれた未来投資会議では、路線バスの事業者の3分の2が、赤字に陥っていることが報告され、安倍総理大臣は地方でのサービスを維持するために、路線バスの事業者の経営統合を後押しする新たな仕組みを整備する考えを示した。

組織委員会は 専門家は

組織委員会は今回の要請について、「教育関係者によるバスの予約と競合するおそれがあり、状況を事前にお知らせしたいと考えた。無理のない範囲で対応を検討してほしい。また、大会期間中は都内を中心にふだん以上の交通混雑も予想される。ご理解をいただきたい」と述べた。

影響どこまで?

組織委員会は、取材に対し、「現段階ではどれだけバスが不足するかは見通せず、バスを集めるエリアがどこまで広がるか、もしくは、それほど広がらないのか、わからない」と話した。

ただ組織委員会が文書の中で、バス事業者の協力を得る地域として触れていない宮崎県でも対応が始まっている。宮崎県教育委員会が「いざとなって困らないようにするため、各学校は、学校行事が重ならないよう事前に検討してほしい」と要請しているのだ。「九州のバス会社が直接、オリンピックにバスを出さないとしても、仮に、バスが不足した近畿などで九州のバスを使われることになった場合、結果的に県内でもバスの確保が難しくなるおそれがある」というのが理由だった。

東京オリンピックは、日本が世界中から注目される重要なイベントだが、だからといって、子どもの学校行事が中止に追い込まれることになっていいのかは疑問だ。大会までまだ1年半以上の時間がある。なるべく各学校が行事を中止にしない方向で検討できるよう、今後、丁寧に正確な情報が共有されることを期待したい。

宮崎局記者
牧野 慎太郎
平成27年入局。警察担当などを経て、現在、都城支局。バスの運転手不足問題を継続取材中。
ネットワーク報道部記者
後藤 岳彦
平成14年入局。福井局、仙台局などを経て現所属。最近は各地の路線バスに乗る毎日。