どこまでもめるブロッキング
海賊版対策の混迷

「漫画村」問題など、海賊版サイトによる作家や出版社などの被害を防ぐために政府が立ち上げた有識者会議は、結局、議論が真っ向から対立して方向性も示せないまま終わった。
関係者は、特に悪質なサイトを閲覧できないようにする「ブロッキング」を「するか、しないか」が論点になってしまい、前提の議論が欠けていたと指摘する。日本が世界に誇るコンテンツ産業をどう守っていくか。議論の内幕に迫った。
(政治部官邸クラブ 柳生寛吾/宮内宏樹)

海賊版サイトの脅威とは?

まずは大切な前提の議論から。最近は漫画をスマホで読む人が増えているが、通常はお金を払ってダウンロードする漫画を、無料で読めるようにして広告料などで稼いでいるのが、海賊版サイトだ。連載中のものだけでなく、10年以上前に連載が終わった漫画を第1話から最終話まで読めるものまであった。

その影響がどの程度深刻なのか、出版大手の講談社の広報室長、乾智之さんに聞いた。

「売り上げの何%かは明らかに落ちたんですね。コミックは僕らのドル箱でもあるし、稼ぎ頭でもあるので。『漫画村』の被害はもう群を抜いているというか、ダントツにすごいと思ったんです。毎月、億単位で売り上げや利益を失ってきた」(乾智之さん)

乾さんが指摘した海賊版サイトの「漫画村」は、5万点以上のマンガや雑誌を無料で閲覧でき、去年の秋ごろから爆発的にアクセスを伸ばしていた。現在はサイトそのものが閉鎖されて閲覧できなくなっているが、当時、出版業界に与えた影響は甚大なものだった。

「たとえば、うちの稼ぎ頭の1つの『進撃の巨人』。最新巻の24巻が出ましたっていうときに、23巻までの売り上げから明らかに下がっちゃうわけですよ。だって、タダで読めるから買わないですから。せっかくついてくれた100万人、200万人の読者から数万人単位でポーンといなくなる。ひと財産、築いたような売れっ子の漫画家でも、やっぱりアシスタントをたくさん雇っているので、月々の収入が減って、今月・来月が苦しいという状況が起きました」(乾智之さん)

この「漫画村」の運営者について、漫画家の代理人を務める弁護士が、「漫画村」が利用していたアメリカのIT会社に、資料や通信記録の開示を裁判所を通じて請求したところ、日本国内に住んでいる男性であることがわかった。今後、損害賠償請求を行うことを含めて検討しているという。

海賊版対策に“ブロッキング”とは

海賊版サイトの被害は各国共通の課題で、対策としてヨーロッパを中心に取られているのが「ブロッキング」という手段だ。

ブロッキングは簡単にいうと、悪質なサイトへのアクセスを遮断する技術のことだ。私たちがインターネットを使う際は、「プロバイダー」と呼ばれる接続事業者を介していろいろなサイトにアクセスする。
ブロッキングは、悪質なサイトに誰かがアクセスしようとした場合、プロバイダーがそのアクセスをブロックとして、警告の画面などを表示する仕組みだ。

EUは導入したがアメリカは導入せず

日本での議論は始まったばかりだが、海外ではすでに導入した国もある。政府の資料によると42の国でブロッキングできる法制度が導入されていて、このうち28か国がEU=ヨーロッパ連合の加盟国だ。
専門家によるとEUは加盟国に「プロバイダーにブロッキングを求めることができる」と国内法に規定するよう求めていて、著作権者の利益を保護している。
たとえば、イギリスでは160あまりのサイトがブロッキングの対象となっている。具体的な手続きをみると、

イギリスでブロッキングを求める場合、まず著作権を侵害されている原告(作家や出版社など)が、裁判所にサイトのブロッキングをしてほしいと訴えを起こす。著作権の侵害が裁判で立証されれば、裁判所がブロッキングの命令を出すというもので、あくまで裁判所の判断に基づいている。

一方、「自由の国」「コンテンツ大国」のアメリカではどうか。

音楽や映画業界からの要望で2011年に、著作権を保護するためにブロッキングを行うことができるとする法案が議員から提出された。しかし「サイトを監視するものだ」とか「言論を萎縮させてしまう」といった世論の反発が起き、当時のオバマ政権は、表現の自由を阻害するうえブロッキングの効果は薄いなどとして、法案に反対する声明を出す事態になった。最終的に法案は取り下げられた。

一方で、ブロッキングを日常的に行っている国がある。中国だ。

中国には「グレートファイアウォール」と呼ばれるインターネットの検閲システムがある。専門家によると監視しているのは、著作権を侵害しているサイトかどうかではなく、政府に都合の悪い情報を掲載しているかどうか。政府に反対するデモの参加者を集めやすい掲示板のようなサイトかどうかなど。そうしたサイトをリアルタイムで判別し、アクセスしても見られないようにする仕組みだという。

政府も対策に乗り出したが・・・

「漫画村」が出版業界に猛威をふるう中、政府はことし4月、「インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策」を取りまとめた。

「漫画村」を含め、被害額が大きい特定のサイトを対象に、サイトを閲覧できないようにするブロッキングを行うべきだという考えを示した。
そして法的な整備ができるまでの緊急的な措置として、プロバイダーによる自主的な取り組みでブロッキングを行うことは適当だとしたのだ。
これを受けて、大手プロバイダーのNTTグループの3社は、「漫画村」を含め3つの海賊版サイトを閲覧できないようにするブロッキングに踏み切ると発表した。
そして6月、政府は海賊版サイトによる被害を防ぐため、学識経験者や弁護士、それにプロバイダー団体の代表など20人を委員とした有識者会議を立ち上げた。
初めての会合では、特に悪質なサイトを閲覧できないようにする「ブロッキング」を実施するための法制化を含めて対策を検討していくとされた。
会議は月に2、3回のペースで行われたが、ブロッキングに賛成派と反対派の意見が真っ向から対立する構図となっていった。

反対派「通信の秘密が侵害される」

反対派の理由のひとつは、ブロッキングは専門的な知識があれば回避する抜け道があり、効果は限定的だというものだ。さらに、ブロッキングを行うことは、私たちが悪質なサイトにアクセスしようとしていないか、プロバイダーがアクセス内容をすべてチェックすることになるとして、憲法に規定されている「通信の秘密」を侵害する、と主張している。

会議で強硬に反対した、インターネットでの権利問題に詳しい森亮二弁護士は、
「海賊版サイトのブロッキングを認めれば、通信の秘密の位置づけが下がってしまう。名誉毀損やプライバシーの侵害などもブロッキングすることになり、通信内容が監視されるような社会になり得る」と懸念を述べた。

実は日本でも、児童ポルノの画像や映像を公開している違法なサイトについては、閲覧を強制的に遮断する、ブロッキングが行われている。それについて森弁護士は、
「児童ポルノは今まさに人権侵害が起きているもので、ブロッキングは『他の実効的な手段が存在しない』という条件を満たしていて合憲だが、海賊版サイト対策は他の手段を実施することは十分に可能で違憲の疑いが強い。正規版の普及啓発や、海賊版サイトへのアクセス時の警告表示、さらには司法制度を使った運営者の摘発などを総合的に実施することは十分にできるので、まずはそれらの方法を進めるべきだ」として、ブロッキングを行う前に、打てる対策はまだあると強調する。

賛成派「被害が拡大している」

これに対しブロッキング導入の賛成派は、「反対派が提案する対策はすでに行っている。それでも被害は拡大している」と訴える。

著作権者からの依頼を受けて海賊版サイトの対策を行っている業界団体「CODA=コンテンツ海外流通促進機構」の後藤健郎代表理事は、「第2、第3の『漫画村』が生まれていて、ブロッキングは絶対に必要だ」と強調した。

「『漫画村』以外の海賊版サイトでも、さまざまな対策を講じても止め切れていないという現実がある。運営者を特定し、刑事告訴できたとしても、国を超えて共通に取り締まるルールがないため、どうしても閉鎖できない海賊版サイトが出てくる。被害を防ぐためには、最終的な手段としてブロッキングを設けるしかなく、法律で裏付けて透明性を確保してやれば、乱用されることはないはずだ」(後藤健郎さん)

異例の結末 どんな議論が

賛成、反対の議論が平行線のまま迎えた、9回目の10月15日。事務局はこの日、ブロッキング法制化についての賛成反対の両論併記での中間まとめ案を示した。しかし委員間で激しい応酬が繰り広げられ、議論は当初見通しの2時間ほどを大幅に超えて、3時間半にも及んだ。

事務局が示した中間まとめ案に対して、森弁護士は用意していた反対の意見書を提出。名前を連ねていたのは、憲法に詳しい東京大学大学院の宍戸常寿教授や大手インターネットプロバイダーなどで作る日本インターネットプロバイダー協会の立石聡明副会長をはじめとした通信業界の関係者など、あわせて9人。

「両論併記をしてまとめを作れば、そのことをもって議論は十分したと見なされ、ブロッキングの法制化が進められてしまう。そういういまの状況では一切の報告書を作ることは認められない」

これに対し、CODAの後藤健郎代表理事や、海賊版サイトによる被害を受けているカドカワの川上量生社長らも、当初から貫いてきた賛成の立場を崩さなかった。

「われわれは有識者の会議なのであって、議論した内容を報告する必要がある。ブロッキングに反対するためだけにまとめを作ることも認めないというのはおかしい」

座長を務める慶応大学大学院の中村伊知哉教授と村井純政策・メディア研究科委員長の2人を除くと委員は18人。このうち反対派は9人で、ちょうど半分を占めた。結局、「両論併記だとしてもブロッキングの法制化につながる」という反発が強く、有識者会議は予定していた中間取りまとめを断念した。

「前提の議論が欠けていた」

そもそも政府は4月にまとめた緊急対策で、「法的な整備ができるまでは」という条件つきで、プロバイダーによる自主的な取り組みでブロッキングを行うことは適当だとしていた。中間まとめ案を作成した事務局も、法制化を目指すべきだという認識を示していた。こうしたことが、「ブロッキングありきの議論だ」という反発を招く結果につながったのではないか。

委員の1人である東京大学大学院の宍戸常寿教授は、議論のあり方自体に課題があったと振り返る。

「具体的にどんな海賊版サイトを、どの期間なり、どの範囲でブロッキングしたいのか。また、それはなぜ止めたいのか。そういうのをちゃんと詰めていき、それを支える事実があるのかというのを確定して、法律制度は作らないといけない。その議論をやらずに、とにかくブロッキングするか、しないかが論点になり、明らかな目的と手段の混合だ。それについて、議論を深めるべきだということは、何回か言ったが、ブロッキングという手段が欲しいという意見も強くて、そうならなかった」(宍戸常寿教授)

ブロッキングの法制化はいったい、どうなるのか。
有識者会議の報告書がまとまらなかったことについて、西村官房副長官は10月30日の記者会見で、「海賊版対策を総合的に推進することは認識が共有されていたと報告を受けている。今後、実効性のある対策について、関係省庁でさらに検討していきたい」と述べ、ブロッキングの法制化に含みを持たせた。

ブロッキング技術自体に意味がなくなるかも

世界のインターネット事情に詳しい筑波大学の登大遊准教授は、すでにブロッキングを導入している国でも、近い将来、技術的にブロッキングができなくなる可能性が高いと指摘する。

「最新のサイバー空間の動向として、恣意的な理由でインターネットのアクセスを検閲しようとしてもできないように、通信の規格が暗号化されることが決まった。このため、5年ほどしたら、世界全体でブロッキングは技術的にできなくなると思うので、日本で導入しても意味がない投資になってしまう」(登大遊准教授)

そもそもブロッキングが技術的に難しくなっていくという動向も踏まえ、「海賊版サイトの運営者は、広告収入が入るからやめないので、まずはそうしたサイトに広告を出している企業に対する社会的非難を強め、広告収入を断ち、閉鎖に追い込むことが重要だ」と指摘した。

守るべきものは何か

いまや日本文化の代名詞ともなった、「マンガ」や「アニメ」など、「クールジャパン」を支えるコンテンツについて、実効性のある海賊版サイト対策は必要不可欠だ。

文化庁は対策としてまずは、今の映画や音楽と同じように、海賊版と知りながら漫画や本をダウンロードすれば新たに違法とすることや、海賊版サイトへのリンクをはって利用者を誘導するサイトを規制することなどを盛り込んだ著作権法の改正案を、来年の通常国会で提出する方向で検討を進めている。

今回の有識者会議の議論は、ブロッキングを巡って、「通信の秘密の保障」と「財産権の不可侵」のどちらを優先するのかという、憲法論争とも言える対立となってしまったが、ブロッキング以外にもまだ取り組むべき事もあり、著作権をいかにして守るか、実効性の高い答えを出さないといけない。待ったなしだ。

政治部記者
柳生 寛吾
平成24年入局。
長崎局をへて、2018年7月から政治部官邸クラブ。
政治部記者
宮内 宏樹
平成22年入局。福井局、報道局選挙プロジェクトを経て政治部。総務省などを担当したのち、現在、官邸クラブを担当。