これは限ループなの?
国境の島の異常事態

「ギネスブックに載せてもらったらいい」
議員のひとりが、自嘲気味につぶやいた。
日本の最も西に位置する島の町議会。
何回投票しても議長が決まらない選挙が、ついに決着した。
町民不在。
回数だけがむなしく積み重ねられた、1か月余り。
99回にも及んだ前代未聞の事態は、なぜ起こったのか。
(報道局選挙プロジェクト 仲秀和/沖縄局 小島萌衣)

繰り返される「儀式」

それは無限ループのようだった。

午前10時。いつものように、町議会の本会議が始まる。

「日程第一。議長の選出について」
この日も議題は、たったひとつ。議長を決める選挙だけ。

町議会議員10人が配られた投票用紙に名前を記入。
順番に投票していく。

ただちに開票。
与党議員が5票、野党議員が5票。
またしても同じ結果…
トップが同数の場合、くじ引きで当選者を決めるのがルール。
それぞれがくじを引き、一方の議員が議長に選ばれた。

ところが…
「議長に当選しましたが、一身上の都合により辞退します」

「またか-」どこからともなく、ため息がもれる。
ノロノロと議場を後にする10人の議員たち。
彼らは、30分ほどすると、再び、ここへ戻ってくる。
そう、同じ「儀式」を行うために。

ついに100回が目前!

沖縄県与那国町。小さな島の議会で議長が決まらない、そんな事態が続いていた。

与野党同数→くじ引き→どちらの議員が選ばれても「辞退」。
その繰り返し。
ひたすらに数を重ねた議長選挙は、ついに100回が目の前となった。

与那国町議会の議員選挙が行われたのは、9月9日。
新たなメンバーによる議長選挙は、その19日後から始まった。1日最大8回。
「今回のような話は、聞いたことがない」全国町村議会議長会の事務局は、そう話す。
法律では、くじで当選した議員が辞退を繰り返すことまでは想定しておらず、誰かが引き受けるまで、前例のない事態は続くことになる。

けんか寸前

なんとか折り合える余地はないのか?
与野党協議では、感情的なやりとりも…
「あほ」

役場内に響く罵声を聞きながら、町の職員がコワイことを言った。
「マスコミがいなかったら、取っ組み合いのけんかになるよ」

議長がいないと…

議長は、言うまでもなく町議会の責任者。議員の中から選ばれる。議長が決まらなければ、議案の審議などを進めることができない。
予算、人事、条例…
町の行政は、さまざまなことを議会の承認を得ながら進めていく。

混迷の影響は、すでに出ていた。
与那国町は、補正予算案の一部の3億9000万円余りを、町長の権限で決める「専決処分」で成立させた。防災行政無線のデジタル化など、緊急性が高い事業にもかかわらず、議会で審議が始まらないからだ。

一方、議会を1日開くと、議員1人あたり1000円、10人で1万円の費用が、議員報酬とは別にかかる。これまで22万円が余計にかかったことになる。

「譲り合い」のワケは

議長は通常、議会の多数派から選ばれる。
議長ポストをとることで、多数派は議会運営の主導権を握る。

「名誉なこと」
喜んで引き受ける人にしか、正直会ったことがなかった。

ところが…
与那国町議会は、少し事情がややこしい。
町議10人の内訳は、町長を支持する与党5人と、対立する野党5人。

議長は、議会の採決には加われない。
このため、議長を引き受けた側は、採決では少数派となってしまう。

さらに、驚くべきことに…
与党側の議員5人は野党議員の名前、野党側の議員5人は与党議員の名前を書いて投票している、という。

「議長を相手陣営にとらせて、採決を有利に」
100回が目前にまで迫った議長選挙は、双方の思惑がぶつかり、身動きがとれなくなった結果でもある。

与那国町とは

日本の最西端。天気のいい日は台湾を望むことができる与那国町は、人口1700人。

俳優の故・松方弘樹さんが、カジキマグロを釣りに訪れていたことでも知られる気候温暖な町は、国境の島という顔もあわせ持つ。

北におよそ150キロにある尖閣諸島の周辺海域では、中国が活動を強め、10年前に自衛隊の配備計画が浮上。
賛否をめぐって町は二分された。

現職の外間守吉町長が配備計画を支持し、賛否を問う住民投票でも賛成が上回ったことで、2年前、陸上自衛隊の部隊が配備された。

激しい町議選の末に

こうして迎えた9月の町議選は、外間町長を支持するかどうかが、最大の争点となった。
投票率は94.8%。ほとんどの町民が投票した。
町長支持派は、過半数となる6議席の確保を目指したが及ばず、与野党同数の議会が誕生した。

「恥ずかしい」「議会なんていらない」

議長選挙の回数が増えるにつれ、報道各社の取材も過熱。
町民はどう受け止めているのか。
「こんなことで有名になるのは、与那国島の恥。本当に恥ずかしい」
「不名誉な話。お互いに反対ばかり言っていてもしかたないので、しっかり話し合ってほしい」

町の職員も。
「正直、バカヤローという気持ち、もういい加減にしてほしい」
「議会なんていらないのではと思えてくる」

では議員自身はどうか

しかし、与野党の主張は、すれ違うばかり。

与党
「野党が多数になると、与党の議案が修正されたり否決されたりということが繰り返され、町政に混乱が生じる」

野党
「与党が議長を出すことで、野党がチェック機能を果たすことができ、町政の暴走を防ぐ意味でも町民にとってプラスだ」

与党のトラウマ

そもそも、今回のように、議会の勢力が与野党同数となった場合、議長は与党側が出すのが慣例だとも言われている。それでも、与党が譲らないのは、4年前の「トラウマ」があるからだ。

前回4年前の町議選は、定員6人。与野党が3人ずつで同数となった。このときは、「慣例に従う」として、与党の議員が議長になった。

その結果、議会運営の主導権は、野党が握った。与党としては「その轍はもう踏みたくない」

人口増加や財政状況の好転で、定員は増え、6から10に。なんで奇数にしなかったんだろう…?そんな疑問も頭をよぎる。

さすがに「100回にはのせたくない」

そして、きのう(10月30日)。すでに議長選挙は98回を数えている。

「どうしても100回にのせたくない」
大台を目前にして、町内外から高まる批判と、自分たちのメンツを意識した発言が、与党議員から聞こえてきた。次の選挙、つまり99回目で議長を決めたい…

午前10時の議会は、投票を行わず休会に。与党議員5人は、町長などを交えて、打開策を探った。

午後になっても協議は続けられたが…
「きょうは休会のままで、あす再開します」
議会がはじまって1か月余り。初めて投票が行われずに、1日が終わった。

町民のひとりは、あきれたようにこう言った。
「100回目を前に、本気で話し合ったというなら、最初から本気で話し合えばいいのに」

そして、きょう(10月31日)。

「前西原武三議員、10票」
ついに、99回目の投票で、与党議員が議長となることが決まった。

「前代未聞の議長選を引き起こしたことについて、心からお詫びします。混乱に終止符を打つため、苦渋の選択ではあるが、議長を引き受けます」
新議長は神妙な面持ちで語り、1か月余りに及ぶ島の騒動が終わりを告げた。

「税金を使ったババ抜き」

地方政治に詳しい法政大学の白鳥浩教授。
「税金を使ってババ抜きを続けているような状況で、本当にあきれてしまう」

「ここまで数を重ねる前に、互いに協議を進めて落としどころを探し、どこかで決着するのが正しい姿だ。議員たちが解決に向けてもっと努力する必要があったのでは」

この先、地方議会は…

資質を疑われるような議員がいたり、そもそもなり手がいなかったり。地方議会の現状は、決して前向きなものとは言いがたい。

地方の政治は、このままどうなってしまうのか、そんな不安を改めて感じた取材だった。

報道局選挙プロジェクト記者
仲 秀和
平成21年入局。前橋局、首都圏センターを経て、選挙プロジェクトに。太平洋を見て育つ。
沖縄局記者
小島 萌衣
平成27年入局。沖縄局で県政や米軍取材を担当。趣味は旅行。