焦点は法 下村の思惑

「憲法改正は自民党の悲願」という安倍総理。
「来年の憲法改正は無理だ」という小泉元総理。
24日に召集された臨時国会では、憲法改正が焦点の一つになる。
そんな状況で、自民党が描く道筋の舵取りを任された男、
下村博文、64歳。
細田派の事務総長を務め、安倍総理に近く、自民党の中からも“強硬派”との声も聞かれる。彼の思惑に迫った。
(政治部憲法担当 古垣弘人)

「無理だよ」

「来年、憲法改正なんて無理だよ」
10月10日の夜、自民党の山崎 元副総裁や中谷 元防衛大臣らと会食を終え、店から出てきた小泉元総理大臣は、待ち構えていた記者団にこう言い放った。

当初「雑談、雑談。引退したわれわれが、現在の政局に言うことはない。余計なこと言わない方がいいだろう」と、記者団の質問をかわして立ち去ろうとした小泉氏だったが、憲法について質問をぶつけると、足を止め、とたんに饒舌(じょうぜつ)になった。
「3分の2の国会議員の賛成がなきゃ、発議できないんだから。過半数でできる問題とわけが違う。野党の反対があるのに、自民党だけで進めていい問題ではない。そりゃ自民党の党是だから、主張はいいが、現実の国会で通すのは別問題だ」

安倍首相の「錦の御旗」

憲法改正には、安倍総理大臣が強い意欲を示す。
自民党総裁選挙で3選を果たした直後、「憲法改正は、総裁選挙の最大の争点だった。結果が出た以上、一致結束して進んでいかなければならない」と述べた。

ある政府関係者は「安倍総理大臣は、あえて憲法改正を総裁選挙の争点にし、選挙で勝ったことを、いわば『錦の御旗』にして、みずからの方針に沿って党内をまとめようとした」と解説する。

重要ポストに側近

その意欲は、人事に表れた。
党内で様々な意見集約を担う総務会長に、加藤 前厚生労働大臣を抜てき。

憲法改正推進本部の本部長には、下村 元文部科学大臣をあてた。

さらに国会論議の舞台となる衆議院憲法審査会の与党側の筆頭幹事には、新藤 元総務大臣を起用する。

いずれも安倍総理大臣に近いことで知られ、憲法に関わる重要ポストを側近で固めた形だ。
下村氏は記者団に対し、「ギアチェンジをしなければならない」と意気込んだ。
そして「一見、強硬派のこわもてのメンバーが幹事になったのではないかと思われかねないが、そうではなく、野党と協調を図りながら丁寧に、審査会が開かれるために努力していく」と続けた。

野党 警戒強める

しかし野党側は「改憲シフトだ」と警戒感を強めている。
立憲民主党などは「安倍政権下での憲法改正には反対」などと主張。
自民党が、憲法改正案の提示に踏み切れば、野党側の反発は避けられない。

枝野代表は記者団に対し、「憲法の中身を議論しても、国民投票は全くできない状況だ。国民投票ができる状況をつくることを先行するべきだ」と述べ、国民投票法の改正の議論を優先すべきだと強調した。

公明 根強い慎重論

また、連立を組む公明党内では、来年、統一地方選挙や参議院選挙が控える中、拙速に憲法改正論議を進めるべきではないという慎重論が根強い。

公明党の北側 憲法調査会長は、10月19日、就任のあいさつに訪れた下村氏に対し、野党の理解を得るのは容易ではないとして、丁寧な対応が必要だという認識を直接伝えた。
ある公明党の関係者は、「憲法改正なんて絶対にできない。来年には皇位の継承や選挙があり、できないことは明白だ」と言い切る。

自民 一枚岩ではない

そもそも自民党も一枚岩ではない。総裁選挙で安倍総理大臣と争った石破元幹事長は、「『勝ったから、スケジュール通りにやる』というのでは、国民との間に乖離(かいり)が起きる」と、臨時国会で改正案の提示を目指す党の姿勢を批判した。

複数の自民党幹部からも「あまり乱暴なことをして国民の理解抜きに突っ走ると、とんでもないことになる」「憲法改正は票にならない」などと、来年の参議院選挙への影響を懸念する声が漏れている。

世論も

そして最も重要なのが国民世論だ。
仮に国会の発議にこぎ着けたとしても、国民投票で半数を超える賛成を得なければ憲法改正はできない。

NHKが10月に行った世論調査で、安倍内閣が今後、最も力を入れて取り組むべきだと思うことを聞いたところ「憲法改正」は、わずか6%にとどまっている。

また、臨時国会に自民党の憲法改正案を提出すべきかどうか聞いたところ、「提出すべき」が17%、「提出する必要はない」が36%、「どちらともいえない」が38%となっている。

それでも、強気

この状況のなか、下村氏が口にしたのは、意外にも強気な発言だった。
「安倍政権になってから選挙を経た中で、やっと、いわゆる改憲勢力が3分の2を占め、憲法改正を発議できる状況が衆参両院で戦後初めて出来ている。一番のチャンスだ。発議要件が整いつつある中で、今それを議論せずして、改正・修正をしないと言うことは、民主主義としてサボタージュだと思う」

「時代の大きな変化の中で生まれた新たなニーズを、法律の基本である憲法に書き込んでいくのが、立憲主義・民主主義国家としては当然のことだ。世界的にも、日本以外の国は、憲法の改正や修正をしてきている。ところが一度も改正・修正してこなかったのが日本。随時、改正・修正していくことが、本当の民主主義国家だ」

「郵政民営化のように実現可能」

小泉氏の発言についても、下村氏は、郵政民営化を引き合いに反論した。
「小泉さんらしくないよね。郵政民営化は、みんな無理だと言っていたのに、それでも『やる』と」

「あの時の状況で言えば、小泉さんは郵政民営化できると思っていたけど、自民党の大半を含めた多くの国会議員は、できると思った人はあまりいなかったんじゃないかな。だからそういうことなんじゃない」

まずは改正案を提示

では、どのような手続きをとっていくのか。
下村氏は、まず、臨時国会で、国会の憲法審査会に「自衛隊の明記」など4項目の自民党の改正案を提示することを目指す考えを改めて強調した。

「憲法審査会の自由討議の中で、できたら、この臨時国会で、自民党の憲法条文イメージ案を出したい。自由討議の中で、各党がそれぞれの主張をするのは、野党も反対する話ではないと思う」

他党とも協議を

その上で、ほかの党との協議にも意欲を示した。
「自民党だけで3分の2の議席があるわけではない。条文イメージ案に固執しているわけではない。憲法審査会の議論の中で1つ1つの条文について、いろんな党と議論し、初めて改正原案ができる。小泉さんが言っているように、できるだけ多くの政党の理解を得ながら、国民の多くの理解を得ながら議論していくことが当然ですから」

「積極的な論戦を、いろんなところでやることによって、国民の皆さんの関心も高まっていく。自民党で、衆議院の小選挙区ごとに憲法改正推進本部を作って、それぞれ憲法の議論をしてもらおうと考えている。国民運動として盛り上げていけるよう、汗をかいていきたい」

駆け引きが、始まる

インタビューで下村氏は、強硬路線ではなく、公明党や野党とじっくり議論し、反映させるべき意見は反映させるという協調路線を繰り返した。しかし、先行きはまだまだ見通せない。

臨時国会の会期は12月10日まで。1か月半ほどの限られた時間で、自民党の狙い通りに進むのか。

与野党の駆け引きが、いよいよ本格化する。

政治部記者
古垣 弘人
平成22年入局。京都局を経て27年に政治部へ。30年10月、自民党の細田派担当に。趣味はベランダ菜園。