パラ陸上 中西麻耶 ――12年間の記録

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2018年10月9日 ジャカルタ・アジアパラ大会 5メートル44の記録で優勝


パラ陸上の中西麻耶選手。パラリンピック3大会連続出場。
走り幅跳び(T64クラス=下腿義足使用)で、5メートル51のアジア記録を持つ。

越智がこれまで撮影してきた中で、特に変化が大きいと感じたのは、2008年北京大会を終えてから2012年ロンドン大会までの4年間。
この時期、一気に世界のトップアスリートの肉体へと変化した。

先日、番組の企画で中西と一緒に、これまでの競技人生を振り返ることがあった。今回のコラムでは、進化する肉体と、競技を始めてからの12年間の軌跡をたどっていきます。


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2008年北京大会。
初めてのパラリンピック出場。
100メートル6位入賞。200メートル4位入賞。


03_0424_ochi.jpg北京パラリンピック後、アメリカのアル・ジョイナー氏(ロサンゼルス五輪三段跳び金メダリスト)が2012年まで中西のコーチを務め、彼のすすめで走り幅跳びを始める。
写真は、アメリカ・サンディエゴの五輪ナショナルトレーニングセンターでアル・ジョイナー氏と。


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2012年・冬。夏のロンドン大会を前にして、競技の活動資金や義足購入資金が足りず、競技資金を集める為にカレンダーを製作した。
カレンダーの1ページ目には、「Who wants to dress me?(誰が私を着飾ってくれるの?)」という中西の心の声が記されている。



05_01_0424_ochi.jpg05_02_0424_ochi.jpgこの時、中西は、体を極限まで絞っており、女子アスリートとしては驚異的な体脂肪率が一桁台。
腹筋には、しっかりシックスパックが出来上がり、腕周りも2008年北京大会から比べ大きく膨らんでいた。


06_0424_ochi.jpg07_0424_ochi.jpg2012年ロンドン大会。
走り幅跳び4メートル79で8位入賞。

メダルに届かず、悔しい結果に、コーチのアル・ジョイナー氏と抱き合う中西。



08_0424_ochi.jpg09_0424_ochi.jpg2016年リオデジャネイロ大会。
走り幅跳び5メートル42。
あと一歩でメダルの4位入賞。


10_0424_ochi.jpg11_0424_ochi.jpg12_0424_ochi.jpg2017年パラ陸上世界選手権ロンドン大会。
走り幅跳び5メートルの跳躍で銅メダルに輝いた。


ただひたすら記録と結果を求め、競技としっかり向き合い突き進んできた中西にとって、ひとつの結晶だ。


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記録を伸ばし結果を出す為、自ら競技環境を整え、自身のSNSやメディアでの情報発信も積極的に行ってきた中西の競技人生。
メジャースポーツの世界とは違い、その活動には“お手本”が少なく、これまで無かったものを生み出す行為だったと言っても過言ではない。
目の前に大きな壁が立ちはだかろうが、破壊するか乗り越えていった。
本人のバイタリティーや、様々な出来事を思い出すが、僕の中では、中西が競技と向き合い続けた事実だけが、ふっと表に出てくる。

東京では6メートル越えの世界記録での優勝を目標に掲げている中西。
来年の2020年東京パラリンピックが一つの集大成となるだろう。
きっと私たちの想像を超える跳躍を見せてくれるに違いない。



パラ×ドキッ!「陸上の女王・中西麻耶の美ボディにドキッ!」
4月28日(日)[BS1]午後5時00分~ 午後5時50分
【ゲスト】中西麻耶,横澤夏子,越智貴雄,【司会】千鳥,保里小百合,【リポーター】ダイアン,【語り】ケンドーコバヤシ




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著者:写真家 越智貴雄(おち・たかお)
1979年、大阪生まれ。大阪芸術大学芸術学部写真学科卒業。2000年のシドニーパラリンピックから国内外のパラスポーツの撮影取材活動を続けている。2004年パラリンピックスポーツ専門ウェブサイト「カンパラプレス」を設立。2012年パラリンピック義足アスリートの競技資金集めの為にカレンダーを1万部出版し国内外で話題となる。2013年9月のブエノスアイレスでの2020東京オリンピック・パラリンピック招致最終プレゼンテーションで佐藤真海さんのスピーチ時に映し出された「跳躍の写真」が話題になる。2014年義足で前向きに輝く女性を撮影した写真集「切断ヴィーナス」を出版。撮影取材の他にも写真展や義足女性によるファッションショーなどを多数開催している。

越智貴雄さんへのインタビューはこちら
Road to Rio特別編 ~パラリンピック、かかわる人々。Vol.5 写真家・越智貴雄さん~