広がる世界と叶える夢 ~陸上からシッティングバレーへ~

20190129_ochi_01.jpg

5年前のこの日、はじめて競技用の義足を装着して歩く、当時中学生の湯口英理菜さん(中央)。この一歩から湯口さんの夢の道が広がっていくことになる。「最初に陸上を見学した時には、不安な気持ちの方が大きかった」というが、義足の陸上クラブ「スタートラインTokyo」では、いつも笑顔で楽しそうに練習をする先輩たちが温かく迎え入れてくれる。


20190129_ochi_002.jpg

先天性の病気で3歳で両足を切断した湯口さんには、自分の足で走った記憶がないので、走るというイメージや感覚が全くわからなかったという。走ることができるようになってくると、“嬉しい”という感情ではなくて、ただこれが走るという事なんだ。走るという感覚なんだなあと感じたという。
新しい感覚を身体と脳で学習していくような作業だったのかもしれない。

 

その後も湯口さんは自己記録を更新していき、パラリンピック出場を目標にトレーニングをしていた。しかし、両脚大腿切断の女子100mの東京パラリンピックでの種目が、競技人口が少ないなどの理由でパラリンピック種目から無くなってしまったのだ。
※スタッフ補足
両脚大腿切断のクラスの選手は、リオ大会時点では「T42」でしたが、現在は「T61」となります。
2018年8月には、東京パラリンピックで行われる種目と各種目に該当するクラスが発表になり、T61の女子選手が参加できる陸上種目は、検討中のリレーを除いて「走り幅跳び」のみとなりました。
湯口さんは、リオ大会で実施された種目「T42クラスの女子100m」での出場を目指していましたが、東京大会では「T61クラスの女子100m」が実施されなくなった、ということになります。




パラリンピックの夢を諦めようと思った湯口さんだったが、義肢装具士の臼井二美男さんの勧めもあり、去年からシッティングバレーの世界に飛び込んだ。

20190129_ochi_03.jpg

シッティングバレーボールは、足などに障害のある選手が床に座ったまま行う6人制のバレーボール。サーブ、ブロック、アタックなどで立ち上がったり、飛び跳ねたりすると反則になる。

 

自他共に認めるの負けず嫌いな性格で、特別扱いが嫌いだという性分だが、陸上と違って団体競技は、試合でミスをすれば誰かがサポートし、点を決めた時はみんなで喜ぶ。「そういう気持ちをチームで共有できるのが楽しい」と湯口さんは話す。

20190129_ochi_004_02_R.jpg

今年の3月で高校を卒業する湯口さん。高校生活も残りあと少しなので、学生服姿で記念写真を撮らせてもらった。4月からは日本体育大学に進学し、シッティングバレーでパラリンピック出場を目指す。

初めて出会った時はまだあどけない表情が残る中学生だった湯口さん。これからも広がり続けていく彼女の世界を写真で記録していくのが更に楽しみだ。


キーワード: 
著者:写真家 越智貴雄(おち・たかお)
1979年、大阪生まれ。大阪芸術大学芸術学部写真学科卒業。2000年のシドニーパラリンピックから国内外のパラスポーツの撮影取材活動を続けている。2004年パラリンピックスポーツ専門ウェブサイト「カンパラプレス」を設立。2012年パラリンピック義足アスリートの競技資金集めの為にカレンダーを1万部出版し国内外で話題となる。2013年9月のブエノスアイレスでの2020東京オリンピック・パラリンピック招致最終プレゼンテーションで佐藤真海さんのスピーチ時に映し出された「跳躍の写真」が話題になる。2014年義足で前向きに輝く女性を撮影した写真集「切断ヴィーナス」を出版。撮影取材の他にも写真展や義足女性によるファッションショーなどを多数開催している。

越智貴雄さんへのインタビューはこちら
Road to Rio特別編 ~パラリンピック、かかわる人々。Vol.5 写真家・越智貴雄さん~