高校駅伝男子

2020年12月18日 (金)

【全国高校駅伝】最強であり最高のチームで優勝へ~男子・九州学院(熊本)~

 創部104年の九州学院。全国高校駅伝は今回で40回目となります。過去の最高順位は2位。優勝がチームの悲願として、先輩から後輩へと受け継がれてきました。その悲願を成し遂げようと最後の全国高校駅伝に挑むのが、エースで3年生の鶴川正也選手です。

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【(左)エースの鶴川正也選手】

5000メートルで13分45秒という日本高校歴代6位の記録を持ち、国体での優勝経験もあります。1年生のときから同世代のトップを走ってきた鶴川選手がことし、目標の1つに掲げていたのは「高校総体での日本選手トップ」でした。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大で高校総体は中止に・・・。大きな目標を失った鶴川選手ですが、そこで強さが発揮されました。

エース・鶴川正也選手
「高校での目標は駅伝でありチームで勝つことなので、すぐに気持ちを切り替えられました。自分のレベルで練習できる期間だと前向きに考えました」
 
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コロナ禍を乗り越えて


新型コロナウイルスの影響で学校は2か月の間休校に・・・。全体練習ができず、与えられた練習を各自1人でこなす期間が続きました。しかし、いつも監督から指導を受けている高校生がいきなり1人の環境におかれ、自分を追い込み続けるのは簡単ではありません。

「このままだとどんどん楽な方向に流されていく」と選手たちを引き締めたのがキャプテンの溝上稜斗選手でした。副キャプテンの田島公太郎選手と考え、その日に取り組んだ練習の結果を全員が見られるようSNSで共有することにしました。

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共有した練習結果を見て、選手どうしで課題を指摘し合い、次の練習につなげます。十分な練習ができていない選手には、キャプテンや主力の3年生があえて厳しいことばをぶつけました。

「遅いタイムになってもただこのグループに報告して、それで終わってない?それに対して恥ずかしいとか、危機感感じて改善しようと本気で努力してる?」

誰からも見られない練習だからこそ自分に厳しくして欲しいと刺激しあったのです。

生活面から厳しく律する


 休校期間が明けると、練習だけでなく生活の面でも、少しの妥協をなくそうとあることを始めます。それは『授業を一番前の真ん中の席で受けること』です。

 

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【最前列で授業を受けるキャプテン溝上選手】

チームがもっと強くなるためには何をしたらいいのか。3年生全員で、ふだんの生活面から見直しました。

キャプテン・溝上稜斗選手
「長距離走において一番きつい時にふんばる力は、練習だけじゃなくて、ふだんの生活の中で小さい妥協をしないとか、厳しさを持つということが生きてくるんです。そこを徹底しようと授業でも厳しさを持って取り組めるように一番前で受けています」

チームを率いて30年以上、高校駅伝の名将といわれる禿雄進監督が長年、選手たちに教え続けてきたことがあります。

『24時間すべてがトレーニング』

この教えが3年生の選手たちにしみこんでいました。

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副キャプテンの成長で


ことしの九州学院にとって、1つの山場となったが、去年15連覇を阻まれた熊本県大会でした。エースの鶴川選手が、大会3週間前まで左足のけがで練習が十分にできず、キャプテンの溝上選手も左股関節の故障でメンバーから外れていました。そこで力を発揮したのが副キャプテンの田島選手です。

kyushu4.PNG 【県大会で快走する副キャプテンの田島公太郎選手】

中学時代は吹奏楽部。禿監督に見いだされて、高校から陸上を始めましたが、チームの厳しい練習に、2年生の秋ごろまでけがを繰り返していました。しかし「絶対に負けたくない」という努力で力をつけ、鶴川選手に次ぐチームの2番手に成長しました。その田島選手が、県大会では、準エース区間の3区を任され、2位と10秒差で受け取ったたすきを38秒差まで広げて勝利を引き寄せました。ただ、2年ぶりの優勝を喜ぶ選手たちに、監督がかけたのは厳しいことばでした。

禿雄進監督

「厳しい言い方をすれば7区間すべてで区間賞とった時が100点。きょうは4つだから75点。あとの25点を埋めて、全国では120点だったと言える結果を出して初めて優勝とか表彰台が見えてくる。優勝を喜ぶのはきょう一日にしなさい」

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最強であり最高のチームに


都大路へと気持ちを切り替えた選手たちはいっそう練習に励み、11月末の記録会では、全国高校駅伝に登録されたメンバー10人のうち8人が自己ベストを更新。鶴川選手も「3年間で一番調子がいい」と自己ベストを13秒縮めました。

しかし、去年、アンカーを務めたキャプテンの溝上選手はけがが治らず、メンバーに入ることができませんでした。

キャプテン・溝上稜斗選手
「悔しいでは表せないなんとも言えない気持ちでした。それと同時に申し訳ない気持ちが大きかったです。自分の中でいろいろ葛藤して気持ちを整理した結果、走れなくても、キャプテンとしての責務を最後まで全うしようと思いました」。

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3年間苦楽をともにしてきた仲間たちにもその思いは伝わっています。

副キャプテン・田島公太郞選手
「溝上は走れない時期が長くて結構きついこともあったと思うんですけど、それでもしっかり、自分を失わずにちゃんと堂々と周りを見て、適切な指示を出していた。だからこそ周りの部員もついていっていたと思う。溝上を日本一のキャプテンにしようということを自分自身もチーム全体としてもしっかり心に留めて都大路に挑みます」

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エース・鶴川正也選手
「みんなで溝上の思いをしっかり持って、走る7人が最後まで一生懸命たすきをつないでいきたいです。自分がこのチームのエースとして必ず区間賞を取ってチームの優勝に貢献して、自分たちの代で、優勝したっていうのを九州学院の歴史として刻みたい」
 
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「最強であり最高のチームをつくろう!」
このスローガンのもと、3年生が作り上げたチームの真価が試される時はまもなくです。

 

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 取材 熊本放送局 北条与絵 記者

 令和元年入局 

 高校・大学ともに陸上部で中長距離に打ち込んできました。 

 

                                

 

  

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