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2021年02月25日 (木)

瀬古利彦にとってのびわ湖毎日マラソン【前編】

びわ湖毎日マラソンの長い歴史の中で、大きな注目を集めたのが昭和63年の第43回大会です。現在、日本陸上競技連盟のマラソン強化戦略プロジェクトリーダーを務める瀬古利彦さんが出場。優勝して、ソウルオリンピックの代表を勝ち取りましたが、「いい思い出はない」と振り返ります。その理由とは?

 

seko6.jpg瀬古利彦さん

瀬古だけなぜ?の声に


 

日本の男子マラソンの一時代を築いた瀬古さん。当時、ソウルオリンピックに向けて、海外の大会で優勝を重ねるなど調子を上げていました。しかし、日本陸連が、オリンピックの3人の代表を、前年の12月に開催する福岡国際マラソンで選ぶ方針を示すなか、当時31歳の瀬古さんは直前に左足首を剥離骨折して欠場することになりました。昭和63年のびわ湖毎日マラソンは、当初の方針を変更する形で、実績十分の瀬古さんに、オリンピックにつながる道を用意するための代表選考レースとなりました。

「周りからは『瀬古だけなぜもう1回選考会があるんだ!』ということを言われました。ロサンゼルスオリンピックがダメだったでしょ(14位)。モスクワオリンピックもボイコットになったでしょ。オリンピックでメダルを取るというのが僕の夢だったし。もう1回チャンスを与えていただけるなら、びわ湖毎日マラソンを走りたいという思いがありました。ほかの選手には申し訳なかったけど、そこでみんなよりも早いタイムや優勝すれば文句なく選んでもらえるのではないかと思って走りました」


bseko5.jpg昭和63年の大会 スタート前に報道陣に囲まれる瀬古さん


予想外の気温上昇に



左足首のけがから回復して迎えた大会。瀬古さんは「朝起きたときからテレビカメラがいた」と振り返るように大きな注目を集める中でスタートラインに立ちました。大会記録を上回る2時間10分台での優勝を目指して、スタート直後から快調な走りを続け、12キロを過ぎたころには独走状態に持ち込みました。しかし、この日の気温は18度。季節外れの暖かさが瀬古さんの走りを狂わせました。

「涼しいと思ってレースに出ようとしていましたから。急に熱くなったからね。体感的には20度以上ありました。無風で、ギンギンギラギラで参りました。ふだんはあまり水を飲まないんだけど、5キロ10キロから多めに給水をしたら折り返しの手前でおなか痛くなっちゃって。水をちょっと飲み過ぎたみたいで。今度は25キロぐらいまで水を飲めなくて、それからちょっと脱水気味になって体が急にズドーンと落ちるような感じになりました」

 

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 複雑な思いでフィニッシュへ



30キロを過ぎると、足にも疲れが出るようになりました。ペースが落ちていくなか、瀬古さんは複雑な思いで、フィニッシュ地点に向かっていました。

「40キロあたりからずっとゴールしたあと何を言おうかと考えていました。何を言ったらいいのかな、何を言ったらみなさんに納得してもらえるのかなと思って、そんなことを考えていました」

 

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2位に3分近くの差をつけて優勝したものの、タイムは、福岡国際マラソンで日本勢の3番手に入った選手より遅い2時間12分41秒。直後のインタビューでは「タイムは悪いけど、納得するレースだった」と話していましたが、本心は違っていました。

「オリンピックは厳しいなと。だけど、行きたい。納得できない走りでしたと言ったら、もう代表に選んでもらえないと思ったので、だめだけど最低限のインタビューをしたと思います。でも顔が全然うれしそうではない。ゴールしたときはもうだめかもしれないと思っていました。周りからのプレッシャーか、そういう目に見えない疲れというか、そういうのがすごくあって、スタート前にもう疲れちゃっていた。1人で全部背負って走ったびわ湖毎日マラソンですから」

 

待ち受けていた苦しみの日々


 

 

それでも瀬古さんは、びわ湖毎日マラソンの優勝によって、ソウルオリンピック代表を勝ち取りました。しかし、その後は、想像を絶する苦しい日々が待ち受けていました。

「無理に選ばれたという感じだったので、正直あまりうれしくなかった。後ろめたいという思いの方が強かったですね。いろんな人から誹謗中傷というか、道を歩いている人にも怒られたり、自転車に乗っている人にも僕を抜いてから『なんで断らなかったんだ!』って言われたり…。だけど選ばれたのだから、文句を言われないように、オリンピックの走りをしようと。そこから切り替えて、何を言われようが頑張れば払拭できるわけだから、ソウルを目指して練習しようという思いになりました。選手って弱みをあまり言いたくないんですね、周りに」

 

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ソウルオリンピックでは9位だった瀬古さん、その年の冬に現役を引退しました。瀬古さんにとっては、びわ湖毎日マラソンは、いい思い出ではありませんが、アスリートして多くを学んだ大会となりました。その経験を、マラソン強化の責任者となった今、生かしています。

(後編に続く)

 取材/大阪放送局報道部スポーツ 今村亜由美記者

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