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2021年02月22日 (月)

びわ湖毎日マラソン~最後のびわ湖路を駆け抜けろ!~

 

国内で最も歴史のあるマラソン大会をご存じでしょうか?2月28日に滋賀県で行われる「びわ湖毎日マラソン」です。第1回大会は戦後まもない昭和21年。その後、オリンピックや世界選手権の代表選考レースにもなり、国内外のトップランナーたちが熱戦を繰り広げてきました。その大会が大きな節目を迎えています。大阪マラソンとの統合が決まり、びわ湖の湖畔を走る現在のコースで開催されるのはことしで最後となるのです。大会を彩ってきたランナーたちの戦いを振り返るとともに、今大会の見どころをお伝えします。

 

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裸足のアベベが快走


 

レースが大きな注目を集めたのは、昭和36年の第16回大会です。前年に開かれたローマオリンピックで、裸足で走って金メダルを獲得したアベベ・ビキラさんが招待選手として出場し、沿道は『裸足のアベベ』を一目見ようという人たちであふれかえりました。当時は、6月に大阪で開催。気温26度、湿度77%と高温多湿の悪条件でもアベベさんは圧倒的な走りを見せて優勝しました。さらにアベベさんは、びわ湖湖畔のコースで行われた前回の東京オリンピックの翌年の第20大会でも優勝しました。

 

biwa2.jpg1960年ローマ五輪 裸足で走って金メダルを獲得したアベベさん

 

瀬古さんの嫌な思い出!?



日本の選手では、昭和63年の第43回大会に出場した瀬古利彦さんを忘れてはなりません。現在、日本陸上競技連盟のマラソン強化戦略プロジェクトリーダーを務める瀬古さんは、前年、ソウルオリンピックの代表選考会と位置づけられた福岡国際マラソンをけがのため欠場しました。このため、びわ湖毎日マラソンがオリンピックの出場権を得る最後のチャンスでした。プレッシャーがかかるなか、瀬古さんは、びわ湖特有の風などに苦しみながらも、2位を3分近く引き離して優勝し、代表の座をつかみました。2時間12分台の平凡な記録ということもあって、瀬古さんは「いい思い出がない」と冗談めかして振り返りますが、間違いなく見る人の記憶に残る大会となりました。

 

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びわ湖から世界の舞台へ


 

 

平成に入ってからも、びわ湖を舞台にトップランナーたちが力を発揮してきました。平成15年の第58回大会では、当時21歳の藤原正和さんが日本選手トップの3位に入り、現在も初マラソンの日本最高記録として残る2時間8分12秒で世界選手権の代表を射止めました。また、平成30年の第73回大会には、後に東京オリンピックの男子マラソン代表内定した中村匠吾選手が出場。日本選手トップとなる7位となり、MGC=マラソングランドチャンピオンシップへ進出しました。中村選手は、このレースが初マラソンで、まさにびわ湖を足がかりにオリンピックへの道を切り開きました。

 

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第73回大会 中村匠吾選手がMGCの出場権を獲得

 

最後に名前を刻むのは誰?



偉大な先人たちが歴史を紡いできた大会。大阪マラソンとの統合で、びわ湖の湖畔を走る現在のコースで争われるのはことしで最後となります。最も注目されていたのは、東京オリンピック代表の座をつかんだ中村選手でしたが、大会1週間前に万全な状態でないとして、欠場が発表されました。ただ、ほかにも魅力あふれる選手が顔をそろえます。3年前のアジア大会金メダリストの井上大仁選手と、高久龍選手はいずれも2時間6分台の記録を持っています。それに世界選手権4回出場の元公務員ランナー、川内優輝選手も出場します。さらに、地元、滋賀県出身で、46歳の下村悟選手は今回で18回目の出場。『ミスターびわ湖毎日マラソン』と言っても過言でないランナーは、万感の思いで最後のびわ湖路を走ることになるでしょう。

 

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 井上大仁選手

 

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高久龍選手

 

特設ホームページでは、大会が行われる2月28日まで、最後のびわ湖路に臨む選手たちの決意や大会を支えてきた地元の人たちの思い、それに解説者の注目ポイントなどを掲載していきますのでお楽しみに!

↓ ↓ びわ湖毎日マラソン特設ホームページ ↓ ↓

    https://www.nhk.or.jp/rr/biwako/

 

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