2023年01月31日 (火)
76歳の腹話術師 口元を動かさないコトよりも大切なコトって...
マスクの着用で相手の口元が見えない生活が続く中、腹話術の技術を継承していこうという人がいます。
76歳の腹話術師はコロナ禍の今、何を伝えようとしているのでしょうか?
(大阪放送局 ニュースリポーター 小川真由)
長生きしようと思ったらね…
「長生きしようと思ったらね」
(どうしたらいいんですかね)
「死なないようにすることですね」
腹話術師の谷本たず子さん、76歳。
腹話術歴は30年以上、関西を代表するパフォーマーです。
「少々口が動いていたって、遠くからは分からないんだから、頑張っておやりなさい」
この日は大阪・和泉市で行われた、高齢者向けの交流イベントで腹話術を披露しました。
人形にはまるで命が宿っているような臨場感で、谷本さんと息の合った呼吸で、観客を魅了します。
娘のために腹話術デビュー
谷本さんが腹話術に興味を持ったのは、40歳をすぎたころ。
当時、2歳だった次女が入院し、薬を飲むのをいやがりました。
そこで、人形を使って「お薬飲もうね」と話しかけたところ、お願いを聞いてくれ、ほっとしたということです。
その後、腹話術の世界に足を踏み入れた谷本さん。
持ち前の向上心で技術を磨き、50代でアメリカの国際大会に出場。
プロとしての活動を始めました。
谷本たず子さん
「やっぱり皆さんが笑ってくださったときは、ツボにはまったっていう感じで、うれしいなっていう感じがしますね。うまくいった時は、今晩死んでもいいくらいの幸せに包まれるんですよ。やっぱり笑ってもらうっていうのは、すごいハッピー」
後輩を育てたい
しかし、コロナ禍でイベントの機会は大きく減りました。
マスクの着用が当たり前になり、相手の口元が見えない生活が続きます。
それでも腹話術の技術を絶やしたくない。
谷本さんはカルチャーセンターなどで後輩の指導にあたっています。
口を動かさずにしゃべる技術を磨くことは、もちろん大切。
それよりも大切なのは、見た人の心をぐっと引き付け、幸せな気持ちを広げていくことだと谷本さんはいいます。
谷本たず子さん
「その世界に引き込むためのテクニックってやっぱりある程度いるんですよね。人形をただ持ってしゃべればいいだけじゃなくて、生きているように見せる。皆さんを笑顔に変えるような、そういう実力のあるパフォーマーを育てたい」
技を伝える
谷本さんが気にかけている後輩がいます。
およそ3年、指導を受けている早崎日出美さんです。
ふだんは、保育士として働いている早崎さん。
腹話術で「食べ物の大切さ」を楽しく伝えたいと考えました。
これまで基礎を繰り返し学んできた早崎さん。
今回はみずから台本を作ることになりました。
どんな表現で伝えると子どもたちに響くのか、谷本さんと議論を重ねます。
谷本さんからのアドバイスは、子どもを飽きさせないための工夫をすることです。
「耳で聞く音のおもしろさだけじゃなくて、目で見てあっ!て、子どもが驚くようなものを入れたほうが効果あるかなと」
「トマトはトントントン」
「キャベツはキャッキャッキャ」
早崎さんはリズムに合わせて人形を動かしていきますが、谷本さんから動きが単調になっていると指摘を受けます。
「動きをちょっとずつ変えてみて、頭に乗ったりできない?」
子どもたちを喜ばせたいと、2人の試行錯誤が続きます。
子どもたちに笑顔を
そしていよいよ、本番。
保育園の子どもたちを前に練習の成果を披露します。
「はーい、でんちゃんだよ」
(楽しい歌聞いてもらおうか、何の歌?)
「やさいの歌」
(トマトは)
「トントントン~」
人形はさっそく早崎さんの頭の上に。
様々な動きと豊かな表情に、子どもたちが引き込まれていきます。
そして、終盤には人形から色とりどりの布がドンドン出てきます。
そして…
(うわー、すごいね、長い長い!)
「やめてよ。わーわー全部出ちゃう」
(なんだろこれ?さつまいも)
「隠していたのに」
(でんちゃん本当に野菜が好きなんだね)
「野菜大好き」
早崎さんのとっておきの仕掛けに、子どもたちも大興奮。
会場は笑顔であふれていました。
そして、腹話術を見終えての給食の時間。
子どもたちはいつもよりもたくさん食べているように見えました。
早崎日出美さん
「子どもたちが楽しんでいるのが分かったので、チャレンジしてよかったです」
谷本たず子さん
「すごい頑張ったなと感じました。あれだけ喜んでくれたら、もっとおもしろいもの、もっといいものって、続けていけるモチベーションにもなるし、子どもたちの笑顔を見ると、自分も幸せですしね。早崎さんもずっと続けてね、がんばってほしい」
コロナ禍でも技が受け継がれていく腹話術の世界。
これからも、腹話術を通して笑顔の輪が広がっていってほしいと感じました。