旬の人・時の人

2019年08月28日 (水)

歌舞伎俳優 片岡 秀太郎さん

 

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  関西に居を構え上方らしいはんなりとした芝居を継承する女形として、長年舞台に立ってこられた歌舞伎俳優の片岡秀太郎さんが、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されることになりました。
秀太郎さんは、代々続く歌舞伎役者の家に生まれました。幼いころから芝居が好きだった秀太郎さんは、父の13代目片岡仁左衛門さんから、江戸風と上方風の表現の違いや、セリフの言い回し、姫と腰元の仕草や姿勢の違いなど、細かく教えられました。初舞台は5歳の時、禿(かむろ)と呼ばれる童女役でした。父のような立役に憧れていたので化粧するのも駄々をこねていましたが、年齢が上がっても女性の役が多く、自然と女形が定着していったそうです。

rw20190826hidetaro02.jpg( 父・13代目仁左衛門さんとデビュー当時の片岡秀太郎さん)


1960年代は、関西での歌舞伎公演に翳りが見えた時期でした。芝居の街と言われた大阪での公演がなくなり京都での顔見世興行だけということもありました。なんとか上方歌舞伎の灯を守ろうと仁左衛門さんは、周囲の反対を押し切り大阪での自主公演を決意します。昭和37年の第一回「仁左衛門歌舞伎」です。がらがらの舞台を覚悟していましたが、満員の客。あちこちからかかる「松嶋屋」の声に、胸を震わせる父の姿が、秀太郎さんの芝居の原動力になっています。
秀太郎さんに上方歌舞伎について伺いました。町人の文化が中心で浄瑠璃の影響が大きい上方歌舞伎は、「はんなり、たおやか、やわらかさ」を出し、自然に演じるのが特徴だということです。ご自身も、自然に役に溶け込むこと、心情が体からにじみ出ることが何よりも大事だと言います。

 

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近年、力を注いでいるのが若手の育成です。平成9年から始めた「上方歌舞伎塾」には、歌舞伎役者に挑戦したいという若者が集まりました。秀太郎さんや上方の役者が着物の着方や所作、芝居の決まり事など一からかみ砕いて教え、稽古を続けました。今では15名の役者が舞台に立っています。
上方歌舞伎を守っていきたいという、片岡秀太郎さんの熱い思いが多くの人に伝わっています。

 

 

 

 

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