おはよう関西

2021年07月16日 (金)

【ウェブ記事】次世代の職人を育てたい 製靴学校の挑戦

トン、トン、トン・・・ 教室の中にハンマーの音が響きます。

今年4月、大阪・西成にほど近い職業訓練施設内に靴職人を育てるための学校が開校しました。
入学したのは20代から40代の7人。関西はもちろん、関東からやってきた生徒もいます。

現役の靴職人が講師を務め、1年をかけて靴作りの基礎を教えます。
「かつて靴の町として知られた西成の靴産業の復活につなげたい」という学院長を取材しました。

取材:能勢万里奈ディレクター(NHK大阪)

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東京から大阪に靴学校が移転

1973年に開校したこの学校は、東京・浅草で靴職人を育てる養成所として開校しました。

学校の卒業生は1,000人を超え、なかには有名ブランドで活躍する卒業生もいるなど、靴業界では有名な名門校です。

しかし、2020年3月に運営する企業の方針により廃校が決定していました。

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学校を引き継いだ卒業生、靴業界の危機を救いたい
歴史ある学校をなくすのは惜しいと引継ぎに手を挙げたのは、卒業生の大山一哲さんです。

大山さん自身も、靴の製造・販売を行う企業を経営しています。

地元の職業訓練施設に協力を仰ぎ、母校を大阪に移転さることを実現。学院長に就任しました。

大山一哲さん

「半世紀続いている靴学校ってないんですよね。今後また100年200年って続くように、われわれもどんどんどんどんアップデートしていかなければならない」

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背景にある地場産業衰退への危機感

大山さんが学校運営に乗り出した背景には、靴業界の将来への危機感があります。

生まれ育った大阪・西成は靴の製造が盛んで、全盛期には靴製造に携わる工房が400から500社もひしめきあっていたといいます。

しかし、安価な外国製品の流通や後継者不足で靴産業は衰退。現在は20社ほどに減少し、街の活気も薄れてしまいました。

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大山さん

「僕がこの業界に入った30年前は、ほんとにこの辺、バーッといっぱい、この辺も賑やかでしたよ。まさかこんな時代がね、来るとは誰も予想できなかったんですね」

「いい靴を作っているだけでは食べていけない時代」に直面した靴業界の現実。打開するためには新たな時代にあわせた学びも必要だと考えました。

時代の変化に適応できる職人の育成を

そこで大山さんは学校のカリキュラムに、マーケティングや広報などビジネスに関する知識を教える授業も取り入れました。
職人としてただ靴を作るだけではなく、買ってくれる消費者のニーズをくみ取りその魅力を伝えて販売につなげるビジネスセンスも不可欠だと考えているのです。

「どういう人たち、どういうマーケットにどういう靴を売っていくていうのを自分がわかっていないとダメなんですね。これから先のことを見据えてカリキュラムを組まないといけないですし、そういう人材を育てていかないといけないです」

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動き出す職人のタマゴたち

卒業後を見据え、すでに動き出している生徒もいます。
将来、京都で靴工房を開きたいと考えている岡本あずささんです。
独立までに知名度を高めたいと、靴づくりに取り組む様子を毎日SNSに投稿しています。
この日は、革をミシンでつなぎ合わせる工程の動画をタイムラプスでアップしていました。

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岡本あずささん

「ただ商品をつくって販売するだけではなく、靴にどのような思いを込められているのかといったことを発信したい。より靴づくりを身近に感じてもらって今後の顧客につながっていけたらな」

大山さんは靴業界が厳しくなっていく中、靴から離れた職に就く卒業生をたくさん見てきました。

だからこそ、教え子たちが“次世代の靴職人”として製造と販売ができる職人になって活躍し、靴業界全体を活性化してくれることを期待しています。

「靴職人や靴に関係する職業が、ユーチューバーや公務員のようになりたい職業にランクインされたら、最高ですね」と語る大山さん。

大山さんが手がける靴学校からどんな靴職人が巣立っていくのか、楽しみです。

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ことし大阪に配属された新人・能勢万里奈ディレクター