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美術チーフ・ディレクターに聞く芝居茶屋セットの秘密

おちょ簿

美術チーフ・ディレクター 近藤 智さんに美術セットの工夫や見どころを教えていただきました。物語の重要な舞台のひとつである芝居茶屋は、当時の様子がわかる資料がとても少なく、苦労の連続だったそうです。

 

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わずかな資料から導き出した
芝居茶屋内部のセット

芝居茶屋のセットを考えることはとても難しい作業でした。当時を知る方はもうおられなくて、参考にできたものは二つだけだったんです。一つは芝居茶屋で生まれ育った演芸作家・研究者の故・三田純市氏の著書『道頓堀』。部屋の間取りなどが紹介されていたので、それを手がかりに探っていきました。もう一つが過去の連続テレビ小説です。「よーいドン」(昭和57年、NHK大阪制作、主演 藤吉久美子)という作品の中に芝居茶屋で修業するシーンがあり、このセットプランが参考にしたその『道頓堀』の内容と一致していたんです。なのでこれが正しいんだなと確認できたんです。目に見える芝居茶屋の資料は、かなり探しましたが、もう本当にこれだけでした。

 

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千代の奉公先・芝居茶屋「岡安」の母屋1階部分。図面の左側上部が入り口で、外から入って右手が台所です。千代たちお茶子はここから芝居小屋へお茶やお酒、お弁当などを運びます。帳場の奥に居間・客間と続きます。岡田家の居住スペースです。

 

「岡安」は路地裏の芝居茶屋
そばに“水”を感じる工夫を

「おちょやん」の時代には廃れていたようですが、かつては道頓堀に芝居見物にやってくる人の多くは船で訪れていたそうです。大阪は水路が発達していましたからね。まずは芝居茶屋に入って荷物を置いてくつろいで、芝居の時間になったらお茶子たちが芝居小屋に案内します。

 

そんなことから川沿いに立つ茶屋が多いのですが、路地裏にもあって、千代の奉公先「岡安」と、ライバル「福富」はその路地裏にある茶屋という設定です。ただ、かつては船で訪れていた街らしく水を感じさせたかったので、岡安のそばに掘割(用水路)を作り、水が流れているということにしています。

 

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「岡安」の離れはお茶子たちの部屋(右側)。母屋との間には物干し台(中央)。すぐそばに水路があります。

 

「岡安」には母屋と離れがあり、離れの1階はお茶子たちの生活スペースです。母屋と離れの間にある物干し台は2階の高さで、下へ降りられるはしごが架けられています。2階から物干し台に出てはしごを降り、用水路に架けられた板を渡ると外へ出られるという設定です。この場所は今後もよく登場しますので、ぜひ注目してください。

 

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芝居茶屋「岡安」の裏手のイメージ。「物干し台」を中心に、お茶子たちの部屋(右)、母屋(左)が描かれています。

 

限られた広さのスタジオに
パズルのように組まれたセット

セットプランを考えるとき、当時の様子の再現とともに重要なのが「台本に書かれた場面をどう効率よく再現するか」ということです。限られたスタジオのスペースに、必要なセットをパズルのように組み込んでいくので、実際の間取りとは位置関係が違います。

 

たとえば第2週の、千代が物干し台から投げたふんどしが、玄関前にいる得意客の頭に落ちてしまうシーン。物干し台と屋根と玄関の位置はバラバラです。撮影時にふんどしをどちらに投げればつじつまが合うのか、カメラはどこにあるのか。複雑に組まれたセットの中で考えるのは本当に難しかったです。

 

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左上が撮影スタジオ内での「岡安」の母屋と離れの位置関係。物語の中の「リアルな岡安」は右下のような間取りです。

 

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第2週撮影時のスタジオ内セット配置図。撮影に必要なセットがパズルのように組まれています。「岡安」母屋のセットは中央上、離れのセットは左上にあります。