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【最終週】花note〜杉咲さんにたっぷりと振り返っていただきました〜

花note

『おちょやん』は無事幕を下ろし、この花noteも最終回です。道頓堀に戻り再び鶴亀新喜劇の舞台に立った千代のこと、そしてこれまでの『おちょやん』について、杉咲さんにたっぷりと振り返っていただきました。

 

道頓堀を離れ、娘をもった千代の成長

 

千代は約2年間道頓堀を離れていましたが、本当はずっとみんなに会いたかったと思います。突然、道頓堀を出てしまったことを絶対に申し訳なく思っているけれど、一歩を踏み出す勇気を持てなくて…。

でも、千代はお母ちゃんになりました。それから日々を過ごすなかで、栗子さんから春子を託されたときのように、千代自身も年齢を重ねていくなかで、漠然と春子の未来のことを考えたのではないかと思います。

自分の気持ちを軸に道頓堀へ戻ることは怖くても、春子のためだったから行けたというところが、親となった千代の成長なのかなと思います。

 

千代が一平と灯子に会うシーンでは、並んで座る2人の姿を見て「ああ、この2人は夫婦になって、お父ちゃんお母ちゃんになったんだな」と、改めて実感しました。言葉では言い表せない感情になり、とにかく胸がいっぱいでした。そんな2人の変化と、2人の目を見て素直な気持ちを伝えられるようになったという自分自身の変化が、千代は何よりもうれしかったと思います。

あのシーンを演じていた私自身は、もう一度成田(凌)さんと(小西)はるちゃんとお芝居をできたことが本当にうれしくて、幸せでたまりませんでした。ずっとあのシーンを撮っていたかったです。

 

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最後の撮影は舞台のシーンでした

 

最後の撮影は、舞台「お家はんと直どん」でした。千代としても、杉咲花としても、今までお世話になった大好きなみんなへ、精いっぱいの恩返しをするんだという気持ちで大切に演じました。楽しくて、うれしくて、でも終わってしまうのが寂しくて。とにかく胸がいっぱいで、少し油断しただけで、泣き崩れそうな精神状態でした(笑)。

 

 

最後の最後に、お父ちゃん、お母ちゃん、ヨシヲに舞台を観てもらえたことも、千代としては本当に救われました。

3人が最終日に撮影に参加することは聞いていたのですが、あのカットは本番だけの一発撮りで、まさかあんなふうな演出になるとは思っていなくて。本番前、ディレクターさんから「千代は“てる”をしっかりと演じきるけれど、3人の顔が見えた瞬間だけ、竹井千代に戻る」という演出を受けたのですが、実際に演じてみて「なるほど、そういうことか」と…。最後まで粋な演出をしてくださったディレクターさんには頭が上がりません。今思い出しただけでも泣けてきます(笑)。

 

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千代を演じることが、本当に楽しかったです

 

長丁場な“朝ドラ”の撮影は過酷だと周りの人から聞いたり、私自身も過去に参加した中で感じたことはあったのですが、実際に『おちょやん』の撮影に入ってみると、やりがいや楽しさを感じることの方が圧倒的に多かったです。千代というたくましい女性を演じることを通して、私自身の精神も強くしてもらっていたのかもしれません。

 

私が印象に残っているせりふに、一平の「人の苦しみがそない簡単に分かってたまるか。どんだけ知ったふうな口たたいても、お前の苦しみはお前にしか分かれへん。俺の苦しみは、お前なんかには絶対に分かれへん。そやから、俺は芝居すんねん。芝居してたら、そういうもんが、ちょっとは分かる気がする。分かってもらえる気がする」ということばがあります。(第8週・第39回)

行き詰まってしまったときは、いつもこの言葉を思い出していました。

現場のスタッフさんや共演者さんの大変さをすべて把握することは難しいし、その逆も然りだと思っていて。みんながそれぞれと闘っていて、苦しみながら迷いながら、それでも同じ方向へ向かって進んでいくんだという気持ちで撮影に臨んでいました。

 

『おちょやん』は、本当にすてきなせりふ、ストーリーで、一生この現場で演じていたいと思うほど毎日が幸せでした。『おちょやん』で他の役ができるとしたら、どの役をやりたいですか?と聞かれたとしても、また千代を演じたい!それほど千代が大好きです。

撮影中は、時には悔しさを感じたり、落ち込んだり、反省したりすることもありましたが、それ以上に毎日が楽しくて。「こんなにすてきな作品に携われているんだ」という誇らしさが、最後にはいつも前向きな気持ちに変えてくれていました。そして、そんな手応えを感じているのは私だけではないということが、あふれるほど伝わってくるような現場でした。

『おちょやん』は、私の代表作であり、一生の宝物です。

 

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