2020年01月29日 (水)
信長を導いた戦国革命児 斎藤道三 非情の哲学
戦国の夜明けに、美濃で力を示した斎藤道三。大河ドラマでも大注目の道三の一生を追いました。道三が、娘の濃姫と共にのし上がっていく様、そして、信長と親子の関係になっていく物語は、興味が尽きませんでした。道三がいたからこそ、信長が力をつける術を学び、親子や兄弟など、血のつながりも関係ない、非情な常識が通る時代が作られていったのでしょう。
去年、道三の居城だった岐阜城から、道三が築いたとみられる石垣が初めて見つかりました。構造的にも強固で、石垣の上には、櫓(やぐら)のような重量を持った建築物を建てることができたとのこと。道三が注目されるこのタイミングでの発見は、ワクワクしますね!そして、その技術が、織田信長による安土城築城にも受け継がれる。最先端の技術を取り入れ、力をつけていく武将の姿が、石垣の作りからも伝わってきます。
エピローグでご紹介した、道三が信長に国を譲るという書状が保管されていた、妙覚寺。道三の父・新左衛門は、ここで僧侶をしていたと言われています。数年前、紅葉の時期に、京都通の中川緑アナウンサーから勧められて、行ってみました!お庭の美しさは、ハア~!と声を出して、見とれてしまうほど。丸窓から望む紅葉も絵画のようでした。実は、織田信長の京都での宿泊先は、妙覚寺が一番多かったそうです。「本能寺の変」のイメージが強いので、なんとなく本能寺が定番となのかなと思いますよね。ちなみにその時は、息子の信忠が宿泊していたそう。紅葉の時期、みなさんもぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。
歴史秘話ヒストリア@NHKオンデマンド
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