歴史秘話ヒストリア

2017年12月08日 (金)

北の大地に夢をひらけ!お殿さまの北海道開拓史

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 こちらの写真は、北海道・伊達市内の道の駅。伊達市は野菜の一大産地として有名ですが、この地はもとから野菜がたくさん採れる土地だったわけではありません。そこにいたるには、命すら危ぶまれる血のにじむような努力があったことをご存じですか?

 

 今から150年前、農業王国・北海道の礎をつくった「お殿様」がいました。その名は「伊達邦成(だてくにしげ)」。あの伊達政宗の一族で腹心だった伊逹成実(だてしげざね)の子孫です。

 

 戊辰戦争で「朝敵」のらく印をおされ、領地を400分の1に削られるという絶体絶命のピンチに立たされた邦成は「北海道開拓」という成功するかどうかもまったく見えない未知の事業に、活路を見いだそうとします。

 

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 家財を移住費用にあてた邦成たちは、北の大地に立ったとき、すでに丸裸同然でした。上の写真にある建物は、伊逹家が移住した頃の開拓民の住まいを再現したものです。移住者の中にいた職人が関わっていたそうなので、しっかりしたつくりの建物ではありますが、「布団が凍った」という記録もあるそうで、きっと大変寒かったのではないでしょうか。資材も食糧も満足に無いまま、当時の北海道で暮らす…まさに命がけだったと思います。

 

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 逆境としかいいようの無い邦成たちですが、伊逹家の人々は強い意志でこれらを乗り越え、北海道開拓を前に進めていきます。

 

 邦成が、切り開いた畑で栽培に力を入れたのは「あんこ」の材料である小豆と甜菜(てんさい 別名:サトウダイコン、ビート)。これが、伊達家の苦境を変えることになります。

 

 伊逹邦成と家臣、その家族たちの奮闘によって「伊達市」の名まで残した“お殿さまの北海道開拓”。この大事業を支えたのは、殿様・邦成が人として基本的なこと一つ一つを決しておろそかにせず、誠実にのぞんだ姿勢だった。そしてそれが、魅力あふれる北海道を現代の私たちに残してくれた。―今回の物語をたどると、そんな気がしてなりません。

 

 伊達邦成と家臣たちの知られざる「もうひとつの明治維新」秘話、お楽しみください。

 

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「北の大地に夢をひらけ!お殿さまの北海道開拓史」

http://www4.nhk.or.jp/historia/

 

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■ コメント(9)
  • 匿名

    2017年12月08日 16時16分

    歴史ヒストリアは毎回楽しみ。

    今回は珍しく北海道伊達市の縁を根掘りはほりと、、、
    お酒がすすみそう

  • ぶるちゃん

    2017年12月08日 21時21分

    こんにちは!
    伊達邦成は伊達成実の末裔ということで、家臣達も伊達家の一員というプライドは相当に持っていたと推測できます。その誇りは素晴らしく、今の伊達市を開拓する時に、本人達の力になったことでしょう。
    伊達成実の兜は毛虫がついてるという、戦国ミニ知識ありがとうございます。面白かったです。
    伊達邦成達の生き様を見ると、目的のために今を大切に頑張ることって大事だと改めて思います。邦成達は、行き当たりばったりに見えますが、ちゃんと目標を持って今を頑張って生きているように私には思えました。私なんかは特に、邦成とその家臣団の生き様見習わなくてはいけませんな。
    話は戻りますが、伊達邦成の家臣が建ててくれた迎賓館。殿様喜んだんじゃないですかね。男爵のお祝いだけじゃない、色々な想いがこもった最高の宝物ですね!

    今年の放送は伊達邦成で最後になってしまいました。暇な時に歴史秘話ヒストリアの録画を見て過ごす年末にします(笑)年始は大河の西郷隆盛ですね!少し間が空いてしまいますが、楽しみに待つことにします。。
    今年もお疲れ様でした。来年も頑張りましょう!
    お身体にお気を付けてお過ごし下さい。。。
    それでは、また来年!!
    ニュース7もありますが(^^)そちらも頑張ってくださいね!

  • 八束 磨里

    2017年12月08日 21時23分

    こんばんは。年末の慌ただしさに振り回されている中に、本当にホッとするような、心暖まる秘話を拝見しましたね。家臣を思いやる主君、そして、その主君と共に、家督をも守ろうと、最果ての地を目指した人々が、苦難を乗り越えた先に、甘~い食文化まで醸成した……。また、恵み豊かな北の大地を、肌で感じたくなりました。
    有珠山というと、私の小学時代に、1年余りに渡って噴火を繰り返したことがありました。有珠新山という、新しい山体名は、その時に伊達市の命名主張が通ったものだそうですね。子供心には毎日、新聞に噴火の模様が報じられるのを、不安に思いましたが、そんな山からの火山灰で、テンサイ糖が作られた。伊達さんは、『天才』だったのかも……。
    まだ雪はなさそうだったとはいえ、寒かったと存じます。誠にお疲れさまでした。

  • 白虎隊記念館 早川

    2017年12月09日 08時37分

    歴史秘話ヒストリア 製作スタッフご一同様
    以前お世話になった者です。昨日の放送は実によかったです。ヒストリアでは、あのようなテーマをもっと取り上げていただきたいものです。これからも頑張ってください。

  • 高橋郁夫

    2017年12月12日 18時57分

     「歴史秘話ヒストリア」スタッフの皆さん、この度は私のふるさと伊達市の邦成公について、よくぞ取り上げて頂いたものと大感激致しております。番組のこと当地出身者で関東地域に居住する人たちが集まっているふるさと会を通じ「見てほしい」と連絡を致しました。私の先祖にまつわる人は第3回移住で入所した人でした。私が育った年代(昭和16年~34年)の地区ではまだ開拓の余地が残っており、一家総出で木の根株を掘り起こしたり、大小の石を取り除いたり、びっしり張り付いた笹の根を取り除いたりと、馬力・人力でしか処理出来ない時代の仕事を続ける日々で、邦成公らが入所した当時のご苦労の一部を体験して育ちました。番組では、気候や害虫による被害などで挫折感を何度も体験しながら放棄することも出来ず苦労を重ね、現在に至った部分が余り見えていなかったように感じられました。明治維新では、賊軍の立場でしたが、明治政府は開拓民の状況を理解し、度々支援をしてくれたことが挫折の防止になり、官軍へのわだかまりは消えていったものと理解しております。北海道伊達市は、本貫の地であります宮城県亘理町の震災直後から支援体制をとり続けております。維新で華々しく語られる官軍側の裏で日本国形成に尽力を尽くした人々のことをこれからも是非多く取り上げて頂きたく願っております。

  • ひよこ

    2017年12月12日 19時23分

    あさひさん、こんばんは。

    伊達市でのリポートご苦労様です。
    日本の食糧庫となったのも、
    開拓を進めた伊達家の人々のお陰ですね。

    有珠山の火山と小豆を活かすとは。
    努力と知恵の賜物だと思います。
    次回放送も楽しみにしてます。

  • 四国犬

    2017年12月15日 21時06分

    井上あさひ様

    "お殿さまの北海道開拓史"ですが福岡県では今夜が初回放送で拝見しました。
    戊辰戦争で敗軍、賊とされた人達が海道開拓の手本はもとより今の日本の礎のひとつを作ったなんて何とも天晴、感服ものでした。
    今回のあさひさんのロケパートでは道の駅でのお野菜の説明の場面が好きでしたが、看板の前を歩くあさひさんにもほっこり幸せな気分になれました。
    ところで、あさひさんのチークが少し赤かったですが緋の衣をイメージされていたのでしょうか?とっても魅力的でしたよ。

  • 井上あさり

    2017年12月17日 14時52分

    あさひさん、こんにちは。
    九州では一週間遅れでの放送でした。おはぎ、美味しかったですか?

    北海道に伊達市という地域があるのは知っていましたが、”何故、北海道に伊達?”と、ずっと疑問に思っていました。長年の疑問の一つが解消され、すっきりしました。
     それにしても、中央から遠い蝦夷での実績が国策に大きな影響を与えた事は、地方分権が話題に取り上げられる現代の我々も見習うべき点ですよね。邦成公は先見の目を持っていた名君だったんですね。今回の放送で邦成公の知名度は上がったと思いますが、もっと知名度があがると上司にしたいランキングにもノミネートされるかもです。青葉城の近くで学生時代過ごしていたのに、政宗公以外にこんな名君がいたとは・・・
     最近のヒストリアは、歴史上マイナーだけども、歴史って面白い&この人物もっと調べたいという話題が多く楽しいです。
     

  • 合木 祐美子

    2017年12月17日 23時12分

    放送をとても懐かしく、嬉しく拝見しました。
    私は、伊達邦成とともに海を渡り開拓をした家臣の子孫です。
    子供のころから開拓時の話を聞いて育ちました。開拓民の誇りを忘れず、どんな困難な時でも人として誠実に生きること、いつも周りの人に感謝を忘れずにいること、困難は時に好機に変わること、など生きていくうえで大切なことをたくさん教えられました。そのおかげどんな困難もいつかは乗り切れると強く思うことが出来ました。故郷を遠く離れて30年以上がたちますが、伊達邦成とその家臣たちはいつまでも私の心に生きています。