2022年06月10日 (金)
散歩の安全どう守る? 大津園児事故から3年
想像してみてください。
散歩中、交差点を渡ろうと信号待ちをしているときに突然車が突っ込んできたら。
3年前、その事故は滋賀県大津市で起きました。
散歩中だった保育園児2人の命が失われ、14人が重軽傷を負いました。
子どもたちはいま、安全に散歩ができているのでしょうか。
NHKが大津市内すべての保育施設を対象にアンケートをとったところ、9割近くの園が「移動中は車を意識し緊張している」と答えました。その実態とは。
(大津放送局記者 稲田慎太郎・丸茂寛太)
■園児の列に突然、車が・・・
事故は3年前の2019年5月8日の午前10時すぎに、大津市の交差点で起きました。
右折しようとした車に直進してきた対向車が衝突し、そのはずみで対向車が道路脇の歩道に突っ込みました。
歩道では散歩をしていた園児たちが信号待ちをしていました。
2歳の園児2人が亡くなり、保育士を含む14人が重軽傷を負う大事故になりました。
現場には車道と歩道を区切る防護柵がありませんでした。
事故を起こした車のドライバーは前方を確認しないまま曲がったことなどが原因だったとして、過失運転致死傷などの罪に問われ、禁錮4年6か月の実刑判決が確定しました。
■152園を対象にアンケート
事故後、園児たちの散歩の安全を守ろうと、さまざまな安全対策が講じられました。
NHKでは、3年をへて園児たちの散歩がいまどうなっているのか探ろうと、大津市内152あるすべての保育施設を対象にアンケートをとり、120の園から回答を得ました。
※アンケートの回答の詳細は文末に掲載。
質問した項目は以下の3つです(選択式、複数回答)
①園児事故をきっかけに行っている安全対策
②園児の散歩の際の不安や課題、感じていること
③散歩の安全を確保するため社会に求めたいこと
■“安全対策として付き添いを増員” が70%
「園児事故をきっかけに行っている安全対策」で最も多かったのは、「散歩の付き添いを増やしている」で、70%の園が取り入れていました。
「散歩の付き添いを増やしている」と回答した大津市にある小規模保育園です。
0歳から2歳までの園児12人を受け入れています。
この保育園は園庭がなく、散歩は欠かせません。事故は人ごととは思えなかったといいます。
「3年前の事故の日も、同じように散歩に出かけていました。すごく衝撃を受けたという記憶が残っています」
(石山くじら小規模保育園 松本英美 園長)
園では事故後、散歩コースを見直したうえで、より多くの目で安全を確かめようと、付き添いの人数を2人から3人に増やしました。
3人目は列の後ろから全体を見渡し周囲を警戒する役割で、今ではなくてはならない存在になっています。
「ともだちと一緒に季節を感じるなど、散歩は子どもたちの発達を促すためにもとても大事です。子どもたちを守るために、みんなで乗り切っている状況です」
(石山くじら小規模保育園 松本英美 園長)
一方、自由記述欄では、人手を確保できないときは散歩を中止したり、回数を減らしたりしているといった声も寄せられ、一部の園では慢性的な保育士不足が散歩に影響している実態も明らかになりました。
■“移動中は車意識し緊張” が88%
アンケートで次に尋ねたのは、「園児の散歩の際の不安や課題、感じていること」です。
「移動中は車を意識し緊張している」と答えた園が88%にのぼり、最も多くなりました。
次いで多かったのが、「今の道路環境では車に突っ込まれれば完全に防ぐことはできない」と答えた園で、75%でした。
浮かんできたのは、散歩の際の付き添いの人数を増やすなど、園としてできる安全対策はとっているものの、今も多くの園が散歩をすることに不安を感じている事実です。
一方、行政は事故後にどのような安全対策をとってきたのでしょうか。
国は一斉の緊急点検を行って全国で2万8000の危険か所をリストアップし、令和3年度末の時点でおよそ9割にあたる2万5000か所で、防護柵やガードレールを設置するなどの対策が完了したとしています。
滋賀県は一部、国と重なりますが、県道などで454の危険か所を見つけ、4か所を除きすべて対策を完了したとしています。
また、大津市でも一部、国と重なりますが、市道で814の危険か所を見つけ、対策をすべて完了したとしています。
■現場の要望を受けて対策する場所も
現場からの要望を受けて対策がとられた現場もあります。
大津市中心部で0歳から5歳までの園児60人を受け入れている保育園です。
ビルの一角にあり、散歩は欠かせません。
この園では事故後、散歩コースを見直しましたが、どうしても不安の残る場所の安全対策を市に要望しました。
1つは、県道の交差点です。
事故現場と同じように車道と歩道を区切る防護柵がなく、信号待ちをしている時に車に突っ込まれれば防ぎようがありませんでした。
こうしたなか、事故後の一斉点検をもとに、県が防護柵と縁石を設置しました。
もう1つは、県道の横断歩道です。
青信号の時間が短く、園児が渡りきれないことがありました。
警察に相談したところ、散歩をしている平日の午前10時から12時の間は青信号が以前の2倍近い45秒に延長され、落ち着いて渡れるようになったといいます。
■対策進むもまだ危険
アンケートの自由記述欄では、保育施設側が行政の安全対策を一定程度、評価する一方で、対策をさらに進めてほしいという声が多く寄せられました。
▼最低限の改善しかされておらず、まだまだ危険と感じるところが多くある
▼車道と歩道が区切られていない道路はまだたくさんある
▼縁石があっても車が歩道に乗り上げてこられるので、縁石をもっと高くしてほしい
■“ドライバーの安全運転への自覚を求めたい” が83%
アンケートの最後の質問は、「散歩の安全を確保するために社会に求めたいこと」を尋ねました。
「ドライバーの安全運転への自覚」と答えた園が最も多く、83%にのぼりました。
自由記述欄では、各地で危険な運転が行われているという切実な証言が多くありました。
▼子どもたちが横断歩道の前で手を挙げていても車は止まってくれない
▼お散歩をしていると歩行者が道を譲る場面やスピードを落とさない車がある
▼横断旗を振って減速をお願いしているが、スピードを落とさず声を荒げて怒り、走り去るドライバーがいて恐怖を感じる
取材に応じた保育園からは次のような声があがっています。
「私たちも以前より緊張感を高め、注意をしていますが、園児たちが散歩から帰ってくるまでは無事に帰ってこられるかどうか心配しながら過ごしています。
本当に難しい問題だと思いますが、横断歩道で子どもたちの列を優先するなど、ドライバーさんには余裕を持って運転していただき、互いに注意をしながら行動できたらいいです」
(浜大津保育園 藤沢和子 園長)
「想定を超える事故は起こりえるんだと。もしそんな事故が起きたら、わたしたちでは子どもたちを守り切れないこわさを感じています。自動車というとても危険なものを動かしているのだという意識を社会のみんなで共有して、より安全な運転を心がけてほしいですし、自分もそうしていきたいと思います」
(保育士)
■“事故で何が起きたか知ってほしい”
事故から3年。
その間も、2021年6月に千葉県八街市で下校中の小学生5人が死傷する事故が起きるなど、子どもが巻き込まれる事故は後を絶ちません。
大津市の事故で被害を受けた女の子の父親が、今回、取材に応じ、今の思いを伝えてくれました。
女の子は当時3歳で、骨盤や足の骨を折る大けがで2か月半の入院を強いられました。
今後も定期的な通院が必要で、激しく運動したあと骨折をした足が痛くなることがあるといいます。
家族はいまも道路を渡るときは事故のことを意識する一方、事故の風化を感じています。
「時がたつにつれ多くの人の記憶が薄れていると思う。無理な交差点への進入や、赤信号になってからの直進、半分信号無視のような見切り発車を毎日のように目にし、いつ同じような事故が起きてもおかしくない。少し気をつけるだけで事故は防げると思うので、3年前の事故で何が起きたのかを知ってもらい、安全運転につなげてほしい」
(事故で大けがを負った女の子の父親)
■小さな命を守って
今回の取材では、行政が安全対策を進めたとする一方で、園へのアンケートでは十分ではないという指摘があり、両者の認識には隔たりがあることがわかりました。
対策にはコストがかかり、限界があるのも事実です。
しかし、悲惨な事故が起きてからでは取り返しがつきません。
行政は危険を感じる現場の声を繰り返し聞き、優先順位をつけて対策を進める必要があると思います。
そして、何よりもコストをかけずにでき、今すぐにでも求められるのは、ドライバー 一人一人の安全運転への自覚です。
3年前の事故は、ドライバーが漫然と運転していたことで引き起こされました。
車が歩道に突っ込んできたら大人でも身を守るすべはありません。
小さな命を守るため、ハンドルを握る私たち大人の心がけが問われています。
大津市の保育施設アンケートの詳細
NHKが行ったアンケート結果の詳細です。(152園対象120園回答)
▼「園児事故をきっかけに行っている安全対策を教えてください」(複数回答、多い順)
▽「散歩の付き添いを増やしている」70%(84園)
▽「園独自の安全マニュアルを運用している」68%(82園)
▽「安全対策のグッズを導入している」68%(81園)
▽「散歩の内容を見直した」65%(78園)
▽「警察に散歩コースなどについて安全指導を受けている」62%(74園)
▽「安全対策の研修を行っている」57%(68園)
▽「警察が配布した安全マニュアルを運用している」43%(51園)
▽「一時的に安全対策を行った」8%(10園)
▽「散歩の際、地域の見守りが続いている」7%(8園)
▼「園児の散歩の際の不安や課題、感じていること」(複数回答、多い順)
▽「移動中は車を意識し緊張している」が88%(105園)
▽「いまの道路環境では車に突っ込まれれば完全に防ぐことはできない」75%(90園)
▽「防護柵やガードレールなどの車止めが少ない」63%(75園)
▽「安全確保が難しい」33%(39園)
▽「警察や行政の対策は不十分」23%(27園)
▽「散歩の代替案を探し続けている」13%(15園)
▽「散歩コースのどこに危険があるかわかりにくい」7%(8園)
▽「安全確保を求める保護者との間で板挟みになる」4%(5園)
▽「散歩を取りやめたい」0%(0園)
▼「散歩の安全を確保するために社会に求めたいこと」(複数回答、多い順)
▽「ドライバーへの安全運転への自覚」83%(100園)
▽「道路への防護柵やガードレールなどの増設」68%(81園)
▽「道路と歩道の完全な分離」63%(76園)
▽「キッズゾーンなどドライバーへの視覚的な注意喚起の増設」49%(59園)
▽「保育士の増員」が41%(49園)
▽「園への警察の定期的な安全指導、アドバイス」38%(46園)
▽「散歩の際の地域の見守り」28%(33園)
▽「通行禁止などの交通規制」14%(17園)
▽「自動運転社会の実現」8%(10園)
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