2021年08月06日 (金)
息子の銅メダルを通じて・・・在日コリアンが見つめる五輪
「オリンピックが『多様性』に目を向けるきっかけになってほしい」
こう語るのは、柔道・韓国代表として銅メダルを獲得した在日コリアンの選手の父親です。
さまざまなルーツや背景を持つ選手が出場しているオリンピック。
父親は「違い」を尊重する世の中になってほしいと願いながら大会を見つめます。
(NHK大阪放送局 記者 三橋昂介)
■メダルを通じて伝えたかったこと
京都市に住む在日コリアン2世のアン・テボムさん(56)の長男、アン・チャンリン選手(27)。
東京オリンピックの柔道・男子73キロ級に韓国代表として出場し、銅メダルを獲得しました。
アン・チャンリン選手(写真提供:HO SANGHO)
金メダルには届きませんでしたが、父親のテボムさんは在日コリアンというルーツがある長男が表彰台に立ったことに大きな意味を感じています。
在日コリアン2世 アン・テボムさん
テボムさん
「幼いころから金メダルを目指していたので、結果については悔しいですが、“在日”という名前すら知らない人も多い中で、銅メダルをとってくれてうれしいです」
■目指してきたオリンピックの金メダル
テボムさんとチャンリン選手(小6のころ)
アン・チャンリン選手は在日コリアン3世として東京で生まれました。
移り住んだ京都で6歳のころに柔道を始め、小学5年生のときには全国大会に出場するほどの実力をつけていきます。
小学6年生のときに、チャンリン選手が書いた作文には『オリンピックに出て金メダルをとりたい』と書かれていました。
作文「私の夢」(小6)
■国籍を変えずにオリンピックを目指す決意
筑波大学に進学したチャンリン選手は2年生のときに、全日本学生柔道体重別選手権で優勝します。
本格的にオリンピックを目指していく中で大切にしたかったのが、自分のルーツに関わる「国籍」でした。
東京生まれでずっと日本で育ちましたが、国籍は韓国です。
周囲からは日本国籍を取得してオリンピックを目指すことを勧める声も多くあったと言います。
しかし、チャンリン選手は国籍を変えずに東京オリンピックを目指すことを固く決意していました。
全日本学生柔道体重別選手権で優勝(筑波大2年当時)
テボムさん
「チャンリンはかたくなに『国籍は変えたくない』と言っていました。終戦のころに日本に来た祖父母や、親が守ってきた国籍の重みを感じていたのだと思います。国籍を変えることによって必死で守ってきたものを否定してしまうような気持ちが本人の中であったのでしょう」
■“在日代表という気持ちで”
オリンピック開幕直前、テボムさんは、チャンリン選手の母校である京都朝鮮初級学校に招かれました。
「夢をかなえて」や「金メダルを取ってください」とメッセージが書かれた横断幕をプレゼントされたテボムさんは、チャンリン選手の代わりに子どもたちにこう伝えました。
「チャンリンが韓国の代表であることは間違いないが、民族の代表、在日同胞の代表、学校の代表でもあります。お世話になった日本の方々もたくさんいらっしゃいます。そういうこと含め“在日社会の代表”と思ってオリンピックに出場するという気持ちです」
チャンリン選手の母校で
■「違い」を尊重し合う世の中に
アン・チャンリン選手(写真提供:HO SANGHO)
迎えたオリンピックの試合当日。
チャンリン選手は準決勝で惜しくも敗れましたが、3位決定戦でアゼルバイジャンの選手と対戦、一本背負いで勝って銅メダルを獲得しました。
テレビで観戦するテボムさん
オリンピックが無観客開催となったことで、テボムさんはチャンリン選手の試合をテレビで観戦しました。
生まれ育った日本で開催されたオリンピックに韓国代表として出場した息子の姿を、特別な感情を抱きながら見つめました。
「時には、日本では韓国人として差別を受けたり、韓国では逆に半日本人として心ない言葉を言われたり、世界を見ると「在日」の存在や言葉すら知らず、ましてや歴史やこれまでの経緯も知らないと思います。銅メダルではありますが、少なからぬ発信力や影響力をもって在日のことを皆さんに知っていただけたのかなと思います」
「肌の色や人種、性別、LGBTなどいろんな多様性を認めて、初めて平和というのは構築されると思うんです。多様性がクローズアップされ、認め合って尊重し合って、結果的にいいオリンピックだったという流れになってほしい。それが今後マイノリティーの方々が自分たちの置かれた状況に対して、下を向くのではなく自分のルーツを肯定的に捉えて胸を張って堂々と生きていく、そういう世の中につながってほしいです」
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