2021年01月22日 (金)
虚構新聞に聞く トランプ時代~「現実が虚構を追い抜く」
『敗北トランプ氏、「日本初の外国人総理大臣」に意欲』。
去年、アメリカの大統領選挙の直後にネット上で話題となったジョーク記事です。
記事を書いたのは、「虚構新聞」というネット上のニュースサイトを運営する、滋賀県の男性。
17年にわたって数々のジョーク記事を世に送り出してきた男性は、今月のトランプ大統領の退任を複雑な思いで迎えました。
「虚構」を発信し続けてきた男性は、「フェイクニュース」やコロナ禍をどう見るのか。
匿名を条件に取材に応じました。
(大津放送局記者 松本弦)
■“お面”姿で現れた社主
「こんにちは。UKと申します。」
NHKの大津放送局。約束の時間に現れたのは、1人の男性。男の子の顔がデザインされたお面をかぶっています。話してみると丁寧にあいさつをする物腰やわらかな印象。
UKというのはイギリスに関心があったからということですが、個人の特定につながりそうな情報は記事にしないよう念押しされました。
■きっかけはエープリルフール
「虚構新聞」を立ち上げたのは2004年。きっかけは、学生時代、趣味のサイトで「ウソ」を載せたことだったといいます。
虚構新聞のページ
「エープリルフールに合わせてウソの記事を載せたら、読者からウケたんです。その反応が楽しくなって、『虚構新聞』を立ち上げました。参考に京都新聞を見ていたとき、“KYOTO”という文字を1文字変えて“KYOKO”(虚構)にしてみたのがはじまりです」
それから17年間。
UKさんは政治や文化、はやり物などのネタを扱い、1000本以上の虚構の記事を配信してきました。
例えば、コロナ禍のソーシャルディスタンスをテーマにした記事。
“人”が密になっているため、政府が「傘」や「卒」という漢字を使わないよう要請するというもの。
「使わざるをえない場合でも、人の部分を2メートル以上離して書くよう呼びかけ」などクスッと笑える内容になっています。
「記事を書くときには、みんなが関心のあるメジャーなネタをねらいます。大切にしているのは情報のバランスです。説得力をつけるために、まるっきりウソではなく、本当にありそうだけど無いという絶妙な距離感・バランスを保つようにしているんです」
■虚構を発信し続けるワケ
「ウソを発信する意味がわからない。」
「紛らわしくてだまされそうになった。」
事実とウソが同居する記事に批判を受けることもあるというUKさん。
それでもなぜ、虚構の記事の発信を続けるのか。
その源泉は「読者にクスッと笑ってもらいたい」という思いに尽きるといいます。
そのために、最近では、見出しから「明らかに虚構だ」とわかるように工夫をして、誤解を生まないようにしているといいます。
ネットには、虚構新聞を楽しむ読者の声もみられます。
「現実のニュースとリンクしていて、逆に世間の時事に関心がわく。」
「超一流のパロディ。」
なかには「虚構新聞の記事がメディアリテラシーの教材に良いのではないか」という声まで。
「自分の中でうまく書けたという記事が、読者の反応とバチッと合うときがいちばんうれしいです。読者がおもしろいって言ってくれて、そして次は何を書こうかな・・・というラリーがずっと続いてきてできたことなので、もし読者から反応が返ってこなくなったら虚構新聞を続けることもできません」
■虚構新聞が恐れる“誤報”
しかし、なかには「ウソと事実のバランス」が崩れ、記事に書いたことが現実になってしまうことも。
そうなると、虚構新聞にとっては「誤報」。
最近出してしまった「誤報」は、新型コロナウイルスにまつわるものでした。
「東京の小学校で、児童どうしの距離を確保するために、長さ2メートルのバトンで運動会のリレーを行うようにした」という記事です。
ジョークとして書いたつもりでしたが、記事を出した直後、神奈川県の小学校で、実際に2メートルのバトンを使った運動会が開かれたのです。
すぐに虚構新聞のサイトに「おわび」を載せ、「痛恨の極み」「コロナ禍でスクープを得ようと急ぐあまり、現実で起こる可能性を甘く見積もった結果だ」と謝罪。
ネット上ではたちまち話題になりました。
■衝撃受けたトランプ大統領の誕生
そんなUKさんが5年前、衝撃を受ける出来事がありました。
アメリカ大統領選挙でトランプ氏が勝利したことです。
「まさか勝つとは思わなかったので本当に驚きました。当然、ヒラリー候補が勝つと思っていたので、選挙後に出そうと、虚構の記事を用意していたんです。でも、トランプ候補が勝ってしまったのでお蔵入り(ボツ)になりました」
■フェイクニュースの拡散で危機感
さらに選挙の最中から、SNSを中心に事実ではない情報が拡散され、次第に「フェイクニュース」ということばが注目されるようになりました。
「ローマ法王もトランプ氏を支持」
「クリントン氏がIS=イスラミック・ステートに武器を売却」
事実に基づかないフェイク情報は実社会にも影響を及ぼすようになります。
2016年12月には、「クリントン氏が児童売春組織に関与している」というフェイクニュースを信じた男が、アメリカの首都ワシントンのピザレストランに押し入り、銃を発砲する事件も起きました。
UKさんは当初、フェイクニュースの拡散に歯止めがかかると考えていましたが、多くの人が真に受ける様子に危機感を感じることもあったといいます。
■虚構とフェイクに線引きを
ここで1つ疑問が・・・
虚構とフェイク。そんなに違うのでしょうか?
UKさんは大きな違いがあると主張します。
「フェイクと一緒にしてほしくはないです。大きく違うのは発信者の意図です。フェイクニュースは、政治的に都合のいい話をねつ造して、特定の考えを広めたいという思惑があると思います。けれど虚構新聞は、笑ってもらえる作品をつくるという意識があります。読めばウソだと分かるよう工夫していますし、フェイクのように、読者の考え方をコントロールしようという意図は全くありません」
■エープリルフールに込めた“事実”への思い
そんなUKさんも、予想もしなかった「現実」が、去年、突然訪れます。新型コロナウイルスの出現です。
感染が広がりつつあった去年4月1日。UKさんは、ある特別な思いを込めて、1本の記事を掲載します。
見出しは、“新型コロナ「『他人事』ではなく『自分事』に」”。
科学に詳しい人物に新型コロナウイルスについて取材し、感染した際の症状や感染防止策を伝えるという内容です。
ふだんと違い、書かれていることはすべて「事実」だといいます。
「エープリルフールは1年で1回、ウソをつくことができる日ですよね。虚構新聞にとっては逆で、本当のことを書く唯一の日なんです。ちょうど感染が広がってきていた中で、メディアでも真偽不明な情報が入り乱れていました。だから、コロナをとりあげて真面目なジャーナリズムをやろうと決めました。コロナについて臆測ではなく、いま分かっていることだけを伝えるのが、読者にとっていちばん利益のあることだろうと思ったんです」
■トランプ後の時代は・・・
フェイクがまん延する現代。
UKさんは時代が進むにつれ、「虚構」に思わぬ役割を感じることがあるといいます。
「この数年で『現実が虚構新聞を追い抜いている』と言われるようになりました。トランプ大統領の当選に、イギリスのEU離脱も、今までなら『それは無いだろう』ということが現実になるようになりました。大量の情報を受け取れる時代で、みんなが情報をそのまま受け取るんじゃなくて、一歩立ち止まって『これ虚構新聞じゃないか』と思ってもらえるという気づきがあるだけでも」
2時間に及んだインタビュー、トランプ後の時代をどう見るか、最後に尋ねてみました。
「“ニューノーマル”の時代と言ってますけど、“ニュー”とか無くていいんです。普通に“ノーマル”に戻ってほしいです。ネットで“バズる”とかも、もう、その言葉自体も古くさい気がしています。これからの時代には、『常識』という柱をもう一回しっかり取り戻してほしいですね。コロナが収まることも含めて、4、5年前のように世の中が淡々と続いている、普通の時代に戻ってもらうのがいちばんありがたいです」
■虚構新聞と私
私は記者になってまだ3年。
さまざまな情報があふれる現代、「フェイク」と「虚構」は受け取る人によっても異なるかもしれません。
「事実」と「ウソ」を見分けること自体が難しくなり、何が事実なのか、事実を伝えるということはどういうことなのかと迷い、悩むこともあります。
UKさんが語った言葉が印象に残っています。
「事実というのは基本的にすごく当たり前のことなので、魅力的ではないかもしれません。しかし事実がしっかりと土台にあるから、虚構新聞のようなふざけた情報とかがあるのであって、メディアの役割は地味な仕事かもしれないですけど、頑張ってほしいなと思います」
「事実に向かって地味に頑張ろう。」
その決意をあらたにした2021年の始まりでした。
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