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西日本豪雨5年 いまも続く写真洗浄 支えるボランティアたち

NHK岡山「もぎたて!」リポート  真備町で継続される取り組み
  • 2023年08月17日

ことし7月で西日本豪雨から5年が過ぎました。甚大な浸水被害が出た倉敷市真備町では当時、家族や友人と写ったスナップ写真や、入学式や成人式などの記念写真など、大切な思い出が泥や水で汚れてしまう事態が相次ぎました。実は、そうした写真を洗って持ち主に返すボランティア活動が今も続けられています。地道な取り組みを支える人々の思いを聞きたいと取材しました。
(NHK岡山放送局 ディレクター 溝口悠之介)

“東京から、地元から” 思い出の写真を洗い続ける人たち

写真洗浄を行うのはボランティア団体「あらいぐま岡山」です。いまも週2回、真備町の拠点に集まり、5年前の豪雨で泥や水につかってしまった写真を1枚1枚、手作業で水やアルコールを使ってきれいにする活動を続けています。

作業にあたるのは20人ほどのボランティアの人たち。もちろん報酬は出ません。活動は西日本豪雨の2か月後、2018年9月に始まり、これまでに40万枚以上の写真を洗浄して持ち主に届けてきました。団体の立ち上げメンバーのひとりが福井圭一さんです。実は東京出身で、東日本大震災で被災した写真を洗浄する活動を東京で行っていました。もともと父親が倉敷市出身だったということもあり、「見過ごせない」と真備町にやってきたと言います。いまでは真備町と東京を行き来する生活を続けています。

福井圭一さん
「この場所から出られなかったですね。ずっといると顔なじみの人も増えていって、僕にも大切な場所になった。そんな真備で写真洗浄をやらせてもらってることがうれしいんです」


福井さんとともに活動するボランティアメンバーの多くは真備町や近くの町から通ってきています。真備町に住む前田弘さんもそのひとり。自宅が高台にあったため浸水被害は免れました。

前田弘さん
「活動があるときは必ず来て、少しずつ作業して、早く持ち主の人に返す。ただそれだけの積み重ねの5年です。1枚1枚、どうきれいにすれば喜んでくれるか考えながら洗っています」


倉敷市内の別の地域から5年間通い続けている諏訪久美さん。自宅が川の近くにあるため「ひと事と思えなかった」と言います。

諏訪久美さん
「ちっちゃな子どもたちが写った写真は2度と撮ることができないので、できる限りきれいな写真として残してあげたい」

写真洗浄を依頼した人も洗浄活動に参加

江口佳名枝さんは真備町にある自宅と、父親そして祖父が暮らす家の3軒が浸水被害にあいました。たまたま団体の活動を知って家族の思い出のアルバムの洗浄を依頼しました。その後、豪雨翌年から洗浄ボランティアに加わるようになりました。いまでは「仲間に会える」という思いから、週2回の活動にほぼ欠かさず参加しています。

江口佳名枝さん
「顔見知りのボランティアさんがたくさん来られていたんですね。そういう人たちに会いに来てたっていうのはあったと思います。すごい助けてもらったという思いはあります」

去年から参加した人も 「ずっと力になりたかった」

1年前から活動に参加するようになったメンバーもいます。真備町の隣・総社市から通う吉澤光子さんです。豪雨直後から「何か力になりたい」と思いつつも、両親の介護などで忙しい毎日だったそうです。

吉澤光子さん
「5年前はすぐ近くで救助のヘリコプターが活動している光景をただ見守るだけで何もできなかった。少しでも地域のためにできることがあればとずっと考えていました」

「5年は節目ではない」 最後の1枚まで探し続けるメンバーも

団体では、週に1回のペースで町内の住宅を訪問して、1軒ずつ写真を探す「ローラー作戦」も行っています。5年たった今も「被災した写真」を持ち続けている住民が少なくないことがわかったためです。新型コロナの影響が落ち着いた今年春から訪問活動を本格的に始めることにしました。

1日30軒ほど訪問して、依頼を受けるのは多くて数軒ですが「ローラー作戦は必要」と強い思いをもって取り組んでいるメンバーが佐藤大輝さんです。倉敷市玉島在住の佐藤さんは会社勤めをしながら、土曜は朝から夕方まで写真洗浄、日曜はローラー作戦に取り組んでいます。

佐藤大輝さん
「写真洗浄を行うなかで、まだ活動を知らない人や写真を持ったままの人がいると肌で感じた。洗浄の依頼がある限り続けたい」

写真家でもある、メンバーの森田靖さんです。被災写真を持ったままの人に「できれば早めに出してほしい。写真は汚れたままだと取り返しがつかなくなることがある」と訴えていました。

「5年は節目じゃない。10年たとうが20年たとうが写真をきれいにしてほしいという依頼があればこたえたいんです」

  • 溝口悠之介

    岡山放送局ディレクター

    溝口悠之介

    岡山市出身の1年目
    西日本豪雨のときは高校生でした

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