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岡山空襲78年 戦争の悲惨さ・平和の大切さを若い世代に

NHK岡山「もぎたて!」
  • 2023年06月28日

岡山空襲は78年前の昭和20年6月29日、アメリカ軍の空襲を受けて、岡山市の中心部の6割以上が焼失したもので、1,700人を超える市民が犠牲になったとされています。空襲を経験した人たちは「自分たちと同じ経験を2度としてほしくない」と各地で講演を開き、小中学生などに対して戦争の悲惨さや平和の大切さを訴えています。

“戦争に耐えたのは私たちで十分”

近藤 京子さん(93歳)

15歳の時に空襲を経験した近藤 京子さん(93歳)は、総社市の昭和小学校で児童に空襲の経験を話しました。昭和20年の6月29日の未明、近藤さんは学校の寮で寝ていたときに焼い弾が落ちる大きな音で目が覚め、水にぬらした布団を頭巾の代わりにして火の中を逃げ続けたということです。

(近藤 京子さん)
やっと目の前から火が見えなくなったと思うと、飛行機の音がして、また次々と爆弾が落とされた

空襲のあと、電柱などが燃え続けるなか、焼い弾による火災で亡くなった何人もの焼け焦げた遺体を目の当たりにしたことが、今でも記憶に残っていると語りました。

(近藤 京子さん)
目の前で燃えている火の手を早くくぐって逃げなければと友だちと一生懸命逃げた。やっと火の手をくぐって、はあーっと言っているときにまた爆弾が落ちる。今でも目をつむると、真っ黒に焦げて焼け死んだ人々の姿が目に浮かぶ

(話を聞いた小学5年生の男子児童)
目の前に爆弾を落とされたら僕だったら諦めかけていると思った。それでも生き延びたのがすごいと思った。たくさんの命を奪う戦争ほど惨めなものはないなと思った

(近藤 京子さん) 
子どもたちに戦争がいかに悲惨なことか、今ある平和がどれだけ豊かなのかを感じてほしい。苦しい戦争に耐えたのは私たちで十分。誰にも味わってもらいたくない。人と人の争いを起こすべきではない

“平凡より幸せなことはない”

川野辺 郁さん(83歳)

5歳の時に岡山空襲を体験した川野辺 郁さん(83歳)は岡山市中区の県立岡山操山中学校で行われた平和学習で講演し、空襲の当日を次のように振り返りました。

(川野辺 郁さん) 
窓越しに見えていた景色が空から何から真っ赤になった。逃げていたら目の前に焼い弾が落ちて、前の人が直撃を受けて亡くなった

さらに、あちこちで建物が燃え広がる中、火の手から逃れるために家族とともに岡山市内を流れる西川に飛び込んだ体験を涙ながらに話しました。
川野辺さんはロシアによるウクライナ侵攻の報道を見ると、80年近く経った今でも夢でうなされると話しました。

涙ながらに自身の経験を語る川野辺さん

(川野辺 郁さん)
平凡より幸せなことはない。罪のない市民を戦争に巻き込まないでほしい

(講演を聞いた中学1年生の女子生徒)
将来海外で働きたいので、海外の子どもたちにも“戦争はいけないこと” だと広めたい

“世界に平和が広がってほしい”

吉原 康雄さん(84歳)

吉原 康雄さん(84歳)は、空襲当時6歳で、現在の岡山市北区に母親と弟、生まれたばかりの妹と住んでいました。空襲が始まった午前3時ごろ、母親に起こされて、着の身着のままで避難したといいます。

(吉原 康雄さん)
頭巾も何も取る時間がなく、切迫していた。逃げるのに必死で、記憶があまりない

同級生の女の子の頭に焼い弾が直撃して犠牲になったことをあとになって知ったことや、重いやけどで両腕の皮膚が垂れ下がってしまった女性を見たことなどを語りました。

(講演を聞いた小学6年生の女の子)
6歳でまだ小さかったのに、きちんとお母さんについて避難してすごいなと思った。ロシアによるウクライナの軍事侵攻も続いているが、世界に平和が広がってほしい

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