ページの本文へ

NHK岡山WEBリポート

  1. NHK岡山
  2. 岡山WEBリポート
  3. NHKアーカイブスで振り返る瀬戸大橋 なぜ児島坂出ルートに?

NHKアーカイブスで振り返る瀬戸大橋 なぜ児島坂出ルートに?

NHK岡山「もぎたて!」
  • 2023年06月16日

本州と四国をつなぐ「夢の架け橋」とよばれた瀬戸大橋の開通から35年。児島と坂出をつなぐルートが決まるまでの香川県高松市と坂出市の激しい対立・論争、建設の様子や開通当日の盛り上がり、宇高連絡船の最後の雄姿、その後の瀬戸大橋ブームなど、NHKが保管する懐かしのアーカイブス映像でたっぷり振り返ります!

◆「夢の架け橋」瀬戸大橋

岡山県倉敷市と香川県坂出市を結ぶ「瀬戸大橋」は昭和63年4月10日に開通しました。総事業費は1兆円以上にのぼり「世紀の難工事」と呼ばれましたが、当時の最先端技術を駆使し10年近くの歳月をかけて完成しました。昭和43年に撮影した、瀬戸大橋が架かる前の瀬戸内海はこちら👇

こちら👇は、昭和59年に撮影した工事の様子です。

◆瀬戸大橋開通で大きな変化

開通した初日に瀬戸大橋を渡ろうと、児島インターチェンジには多くのドライバーが詰めかけました。地元はもちろん、全国からやってきた車で行列ができました👇

瀬戸大橋ができる前は、自動車で岡山市から四国に行く場合、まず玉野市に向かい、宇野港からフェリーで香川県へというのが一般的で、3時間かかりました。開通した後は、同じ3時間で岡山市から、愛媛・徳島・高知の各県庁所在地を含む四国のほとんどの場所に行けるようになりました。

始発電車に乗ろうと、JR岡山駅でも大にぎわい。瀬戸大橋線の快速マリンライナーを使えば、岡山駅から高松駅に1時間ほどで移動することができるため、瀬戸大橋を使った通勤や通学も拡大しました。

国勢調査によると、岡山県と香川県を行き来する就業者は、橋が開通する前の昭和60年は1045人でしたが、35年後の令和2年には3007人と2.9倍に増加しました。通学者は、昭和60年の320人から令和2年には1445人と4.5倍に増加しています。

◆開通を記念したイベントも

開通を記念して「瀬戸大橋博覧会」も開かれました。岡山会場には、およそ160の企業や団地が20のパビリオンを出展し、296万人が訪れました。その様子は👇

開通10年となる平成10年にはSLが走り、開通20年となる平成20年には、瀬戸中央自動車道の瀬戸大橋の区間が全面通行止めにされ、ジョギングやウォーキングなどの大会が開かれました👇

◆開通で街はどう変化した?動画でさらに深掘り!

瀬戸大橋は「200年利用できる橋」を目指して日々点検が行われています。「目視」での確認のため、作業員が高さ180mもあるケーブルの上へ行くことも。スマホやAIを使った最新技術も導入されています。200年先も使える橋を実現するために奮闘する、その現場に密着しました👇

“200年利用できる橋”を目指して(岡山 NEWS WEB)

瀬戸大橋の役割や橋ができたことによる効果を振り返りながら、建設に費やした巨額債務など、未来への課題について考えます。交通担当の小山記者が解説します👇

瀬戸大橋の役割と効果・未来への課題(岡山 NEWS WEB)

瀬戸大橋の開通前、四国の玄関口としてにぎわった玉野市。一方、瀬戸大橋の開通で利便性がアップし、人口が大きく増えた倉敷市の茶屋町地区。2つのまちの35年の変化を通して、将来に向けた対応や課題を探りました。茶屋町出身の美濃田記者が解説します👇

まちの変化から見る将来に向けた対応や課題(岡山 NEWS WEB)

瀬戸大橋の開通で便利になった一方、周辺の島の人口は大きく減り、倉敷市の松島も一度は無人島になりました。その島にひとり飛び込んだのは、26歳の脇村拓嗣さん。島おこしに取り組んでいます👇

移住者が島の魅力を発信!脇村拓嗣さん(岡山 NEWS WEB)

NHK高松でもシリーズ企画「瀬戸大橋35年」を公開。瀬戸大橋が現在のルートに決まるまでの歴史や政治の内幕、ブームに沸いた開通当時などを、懐かしの映像で振り返ります。宇野港と高松港とを結んでいた「宇高連絡船」も登場します👇

かがわWEB特集「瀬戸大橋35年」
ページトップに戻る