キロクとキオクを生かして大分大学減災・復興デザイン教育研究センターの小林祐司さんと防災アドバイザーの花宮廣務さんをスタジオに迎え、『大分県災害データアーカイブ』を通して県内の過去の災害を振り返り、これから起こる災害への備えについて考えました。
(2019年4月19日放送)
「アーカイブ」をどう生かすか大分大学では「アーカイブ」の活用に関する検討会が行われました。一方、日田市に住む視聴者からは66年前の水害写真が見つかったと連絡を受け取材に急行しました。
(2019年8月8日放送)
"リスクを知り 命を守る" 防災フィールドワーク災害が多発する中で、地域のリスクを知り、命を守る行動につなげようと「防災フィールドワーク」を行う日田市天瀬町の中学校を取材しました。
(2020年9月30日放送)
減災シンポジウムin中津 フィールドツアー2019年11月16日に中津市内で中津北高等学校の生徒や大分大学の学生らが行った「減災シンポジウムin中津 フィールドツアー」の様子です。
(※NHKサイトを離れます/制作:大分大学 減災・復興デザイン教育研究センター)
令和4年1月地震 大分市寿町午前1時08分頃に日向灘を震源とするM6.6の地震が発生。大分市では最大震度震度5強を観測した。大分市寿町では、水道管が破裂したことにより、マンホールから水があふれ出し、道路が冠水した。
令和4年1月地震 大分市下郡午前1時08分頃に日向灘を震源とするM6.6の地震が発生。大分市では最大震度震度5強を観測した。大分市下郡北の住宅街では、民家のブロック塀がおよそ30メートルにわたって道路に倒れ、ブロックが周囲に散乱した。
令和4年1月地震 大分市神崎午前1時08分頃に日向灘を震源とするM6.6の地震が発生。大分市では最大震度震度5強を観測した。大分市の海沿いにある水族館「うみたまご」の駐車場付近では、複数の亀裂が発見された。
令和4年1月地震 竹田市岡城跡午前1時08分頃に日向灘を震源とするM6.6の地震が発生。竹田市では最大震度震度5強を観測した。竹田市の岡城跡では、石垣の一部が高さおよそ1.5メートル、幅およそ4メートルの範囲で崩れているのが見つかった。
令和4年1月地震 竹田市有氏午前1時08分頃に日向灘を震源とするM6.6の地震が発生。竹田市では最大震度震度5強を観測した。竹田市の七里田温泉館 下ん湯では、地震直後から湯量が通常時の1/10程度に減少。特徴であった炭酸泉の泡も消え、不純物が混ざるなど入浴できない状態となったため、24日から休業した。パイプの詰まりを解消し、およそ3ヶ月後の4月29日から営業を再開した。
令和2年7月豪雨 日田市天瀬町玖珠川が氾濫し、川沿いの天ヶ瀬温泉街に流れ込んだ。これにより新天瀬橋が流失し、自宅にいた女性が濁流にのまれて亡くなった。浸水の深さは最大でおよそ2.5mに達していたとみられる。
平成30年4月斜面崩壊 中津市耶馬溪町金𠮷住宅の裏山が幅約160メートル、長さ約220メートル、最大深度約35メートルにわたり崩壊し、4棟が巻き込まれ、6人が死亡。崩れた土砂の量は約13万立方メートルに及んだ。調査の結果、原因はしみ込んだ地下水によってもろくなった部分が、地下水の水圧などが加わり、地すべりを起こしたと考えられている。
平成29年9月台風18号 津久見市 9月17日、大分県では断続的に激しい雨となり、佐伯市や津久見市に記録的短時間大雨情報を計4回発表した。津久見市では、住宅1棟が全壊、308棟が半壊、床上浸水575棟、床下浸水646棟などの被害が発生した。また、津久見川は市の中心部で堤防が20メートルほどにわたって崩れた。
平成29年7月九州北部豪雨 日田市小野地区県道宝珠山日田線沿いで高さ300メートル、幅200メートルにわたり大規模な土砂崩れが発生。現地で活動をしていた40代の消防団員の男性と60代、70代の女性2人が巻き込まれた。男性は心肺停止の状態で病院に運ばれたが死亡が確認された。女性2人は全身や頭にけがをした。現場は崩れた土砂が地区を流れる小野川をせき止め、一時ダム湖を形成した。
平成29年7月九州北部豪雨 日田市大鶴地区7月5日昼頃から福岡県や大分県、佐賀県などで局地的に非常に激しい雨が降り、大分県日田市では18時44分までの1時間に87.5ミリの猛烈な雨を観測した。大鶴地区では大肥川が氾濫し、広い範囲で浸水被害が出た。
平成29年2月火災 別府市楠町長屋から出火。強風により燃え広がり住宅4棟が全焼し、ほかに住宅4棟が一部焼けるなどの被害があった。焼けた面積はあわせておよそ1250平方メートル。火元の長屋に住む1人暮らしの高齢の男性と、高齢の夫婦のあわせて3人が死亡した。
平成26年2月積雪 日田市天瀬町JR久大線の天ヶ瀬駅〜杉河内駅の間で、普通列車が線路の上に倒れていた木に乗り上げて脱線した。当時、列車には乗客の男性2人と運転士のあわせて3人が乗っていて、このうち乗客の55歳の男性が肩や顔にけがをして病院で手当てを受けた。現場の線路の上にはおよそ30メートルの長さの木が倒れていた。現場付近では雪が降り続いていたため、雪の重みで木が倒れた可能性があるとみている。この事故や雪の影響で、JR久大線は大分駅〜日田駅間で終日、運転を見合わせた。
平成24年7月九州北部豪雨 日田市7月3日は明け方から午前中にかけて雷を伴った激しい雨が断続的に降り、西部や北部を中心に記録的な大雨となった。3日8時00分には、日田市日田付近で1時間約110ミリの猛烈な雨が解析された。7月4日の午前中にも日田市を中心に1時間に30ミリを超える激しい雨が降った。花月川の越水により下流の上手町、丸山町、吹上町に広く浸水被害が出た。
平成24年7月九州北部豪雨 中津市耶馬溪町7月3日は明け方から午前中にかけて雷を伴った激しい雨が断続的に降り、西部や北部を中心に記録的な大雨となった。耶馬溪(中津市)では、3日6時45分までの1時間に91.0ミリの猛烈な雨を観測し、観測史上1位の記録(統計開始1976年)となった。中津市耶馬溪町では農協の加工場で作業していた男性が川に流され、行方不明になった。
平成24年7月九州北部豪雨 竹田市荻町南河内7月3日は明け方から午前中にかけて雷を伴った激しい雨が断続的に降り、西部や北部を中心に記録的な大雨となった。竹田市荻町南河内では、80代の男性が田んぼの様子を見に行って外出したあと行方がわからなくなっていたが、15日11時20分に大分市白滝橋付近で遺体で発見された。
平成20年6月大雨 臼杵市野津町増水した川(吉田川)に70代の女性が乗っていた軽トラックごと転落、行方不明になっていたが、16日8時50分頃、津久見市保戸島の北約4.5キロメートルの海上で遺体となり発見された。女性は地区に住む人に「田んぼの見回りに行く」と言って軽トラックを運転していた姿が見られたあと行方がわからなくなっていた。
平成9年9月台風19号 宇佐郡安心院町木裳宇佐郡安心院町木裳にある木裳橋では、二本の橋脚のうち1本の底部が水流で洗われ崩壊。一部を残して橋げた約45メートルが崩れ落ちた。橋下にはNTTの電話回線が通っていたため、電話回線が切れた。
平成8年5月突風 玖珠郡玖珠町21日夜から22日朝にかけて上空に寒気を伴った気圧の谷が通過したため、大気の状態が不安定となり積乱雲が発達。22日2時すぎ玖珠町と九重町で突風が吹いて、民家の瓦が飛んだり窓ガラスが割れるなど、玖珠町では住家の一部破損50棟の被害があった。
平成5年7月台風5号 下毛郡耶馬溪町山移民家の裏山が、幅約50メートル・長さ約150メートルにわたって崩れ落ち、大量の風倒木を含む土砂が民家を押しつぶし、家にいた80代の女性、50代の女性、小学5年生の女の子の3人が死亡した。
平成3年9月台風19号 日田郡前津江村この台風は典型的な「風台風」だった。人的被害はすべて強風によるもので飛んできた屋根がわらやトタンが直撃したり、倒木の下敷になるなどして死傷者がでた。林業被害は県の西部・北部で杉やヒノキが根こそぎ倒れたり、折れたりして山林の被害は22529ヘクタールに及んだ。
平成2年6月大雨(豊肥水害) 竹田市7月2日9時には、低気圧が対馬海峡付近に達し、梅雨前線の活動が非常に活発となったため、竹田・直入地方を中心に日降水量が300ミリを超える大雨となり、竹田市では市内を流れる稲葉川、玉来川が氾濫し、濁流は民家に津波のように押し寄せ、床下・床上浸水が相次ぎ、流された大木、コンクリート片や車が道路に散乱した。女性1人が濁流に流され死亡したほか、荻町では土砂崩れで1人が死亡した。
平成2年6月大雨(豊肥水害) 竹田市大雨のため流失。平成2年7月2日以降、不通となっていたJR豊肥線の緒方~宮地駅間は、同年7月16日から代行バスによる運行を行っていたが、平成3年10月19日、1年3か月振りに全線が復旧開通した。
平成2年6月大雨(豊肥水害) 竹田市入田小高野長さ150メートル、幅50メートルにわたって土砂崩れが発生し、木造平屋建て住宅1棟が3000立方メートルの土砂に埋まり一家3人が死亡した。竹田市では29日から雨が降り続き、1日の災害発生時までの総雨量は160ミリに達し、地盤も緩んでいたと見られるが、災害現場には建設中の農道工事で出た土砂が捨てられ、斜面にたまっていた。
昭和57年7月大雨 竹田市24日09時過ぎ、竹田市の中心部を流れる稲葉川が4.0mの危険水位を超え10時には6.0mとなり11時過ぎ堤防からあふれた濁流が市街地に流れ込んだ。国鉄豊後竹田駅前に架かっていた“たけだ橋”沿いにあるクリ一二ング店があっという間に濁流に流されたのをはじめ民家4戸が流失した。また、床上・床下浸水家屋は300戸にのぼり、商店街の一部も水につかったが、午後には水も引き始めた。市内駅前にある商店主は「水がたけだ橋を超えたのは60年ぶり」と話していた。
昭和57年7月大雨 竹田市城原地区の住民や消防団員など34人が水路を埋めた土砂の取り除き作業を行っている最中、山林が幅35メートル、奥行き20メートルにわたって流出。またたく間に住宅や畜舎3棟を壊し、16人を土砂に巻き込み、国道まで押し流した。重機などを使い救助作業が行われたが、50代の女性2人、60代の男性3人、40代の男性1人が遺体で発見された。
昭和56年7月大雨 下毛郡山国町17時ごろ草木地区大曲の通称”上の山”が長さ約300m、幅約50mにわたって崩れ、山津波となって大量の土砂が民家2戸(3棟)を押しつぶした。その際、4人が倒壊した家の下敷になり、間もなく救出されたが救出作業の人と計5人が重軽傷、また、1人が避難しようとして負傷した。草木地区大曲、槻木地区屋形、三郷地区奥谷などのがけ崩れで幹線・生活道路が寸断され、約250戸が孤立状態となった。山国町としては、昭和28年の水害を上回る、町始まって以来の大災害となった。4日、町内の5つの小中学校、4つの保育所は全て臨時休校・休園となった。
昭和55年7月大雨 日田市坂井町住宅の裏のがけが、高さ30メートル、幅15メートルにわたって崩れ落ちた。このため、山側の6畳居間で寝ていた2人が生き埋めとなった。午前8時過ぎにやっと堀り出したが2人は死亡していた。
昭和55年5月大雨 大分市新田国鉄豊肥線中判田〜竹中間の人道橋(長さ29メートル)が壊れ、土砂と共に線路上に崩れ落ちた。このため、同線は、中判田と犬飼で折り返し運転、博多発別府行き急行「火の山1号」など急行7本、ローカル16本の計23本が全面または部分運休した。復旧は同日いっぱいかかった。
昭和54年10月台風20号 杵築市山間部で増水したため池が幅約30メートル決壊、約5万tの鉄砲水がみかん畑や稲田を押し流し、近くの人家は浸水。水は約1800メートル離れた八坂川に流れ込んだ。この事故で杵築市消防署では、池の下手にある住民に避難命令を出すなど警戒したが、人畜に被害はなかった。
昭和53年9月土砂崩れ 耶馬溪町柿坂20日朝、耶馬溪町柿坂字木崎の耶馬溪ダム建設の取り付け道路工事現場で土砂崩れがあり、作業員8人のうち5人が生き埋めになった。近くにいた同僚らが助け出し、町内の病院に運んだが、3人が死亡、2人が重軽傷を負った。この付近では19日夜から20日朝にかけて25ミリの雨が降り、地盤がゆるんだらしい。
昭和51年9月台風17号 速見郡山香町南畑上河内住宅の裏山が高さ20メートル、幅10メートルにわたって崩れ一家6人が生き埋めになった。地元消防団などが救助にあたり、2人は助け出したものの、この家に住む40代の男性、30代の女性、中学1年生の男子生徒、小学4年生の男子生徒が死亡した。集落は浸水などで通行不能になっていたため、救急車が現場に行けず救急活動が思うようにできなかったという。
大分県中部地震県内で初めて震度6弱を観測し、記憶に新しい熊本地震。実は過去にも県内では大きな直下型地震が発生しています。1975年に起きた「大分県中部地震」です。当時大きな被害が出た集落を取材。過去の経験から得られた教訓を探りました。 (2018年4月16日放送)
昭和50年4月大分県中部地震 大分郡湯布院町付近は道路の亀裂が多く、料金徴収所は、西の方へ倒壊していた。また、ここから阿蘇寄りに1200メートル行ったところの道路が長さ100メートル、高さ50メートルにわたり大きく決壊し通行止めとなった。
昭和50年4月大分県中部地震 大分郡庄内町内山震源地に近いこの地区はもっとも被害が大きく、ほとんどの家が全半壊し、集落に通じる道路も数か所にわたって決壊したため交通が途絶えた。被害の状況からこの地区での震度は、6程度と推定された。
昭和49年9月台風18号 大分市下判田市営住宅の裏山が高さ25メートル、幅約30メートルにわたり地すべりを起こし、空き家2棟を含む3棟を押しつぶした。このため一人暮らしの60代の女性が土砂の中から遺体で発見された。
昭和41年3月大雨 日田市夜明中町前線が停滞し、さらに低気圧が通過したため大雨となり、土砂崩れが発生。軽自動車1台が押し流され、2人が夜明ダムに転落。行方不明になった。崩壊した土砂は1000立方メートルと推定されている。
昭和36年10月大雨 大分市仏崎大分発亀川行きの大分交通の電車が仏崎のカーブにさしかかったとき、高さ15メートルのコンクリート壁の上にある崖が100立方メートルにわたって崩れ落ちた。車両の前方の一部を残して電車は埋まったため、乗客70人中、死者31人、重軽傷者36人を出した。
昭和29年9月台風12号(ジューン台風)台風12号は日田の西方を9月13日21時すぎ通過し、その後下関付近を通つて日本海へ進んだ。県下は台風の東側にあたり、13日の昼前から同夜半にわたりおよそ12時間、暴風雨となりかなりの被害を与えた。被害額93億円余の過半数をしめる50億円余が農作物の被害で、南西の強風で発生したフェーン現象の乾風のために生じた白穂の被害が含まれている。
昭和28年6月梅雨前線(西日本水害)大雨のため25日の夜半頃から急に河川が増水し、堤防の決壊や橋の流失、浸水などの被害が出た。大分川流域では26日の昼過ぎに多くの堤防が決壊し、久大線の向之原駅から大分川河口まで延々14キロにわたり細長く、湖のように浸水し、その面積は約21平方キロメートルに及んだ。また筑後川流域では玖珠郡野上町付近から日田をへて、福岡県境にいたるまで延長約40キロにわたり激流に洗われた。
昭和25年9月台風29号(キジア台風)大分県下は全県にわたり近年にない大被害を被ったが、特に海岸地帯では、満潮時刻と台風襲来時刻が一致したため全沿岸にわたって高潮が起りさらに災害を倍加する結果となった。被害総額は、53億9056万余円にのぼった。
市街地を襲った大水害県内で過去最大の被害を出した昭和18年の台風26号。データをひもとくと現在の大分市鶴崎でも多くの犠牲者が出ていました。なぜ市街地で大きな被害が出たのか。現場を取材しました。
(2019年4月19日放送「フカイロ!キロクとキオクを生かして」より)
予期せぬ山崩れ昭和18年の台風26号では、宇佐市で大規模な土砂崩れが発生。27人が死亡しました。現場はふだん災害が起きると思われていない場所。地域のリスクをどう把握すればよいのか考えました。
(2019年4月19日放送「フカイロ!キロクとキオクを生かして」より)