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2021年2月22日(月)

コロナ禍で広がる“日記本”

コロナ禍のいま、あるジャンルの書籍が相次いで出版されています。日々の出来事をつづった日記を書籍化した“日記本”です。作家やアーティストなどの著名人が書いたものばかりでなく、一般の人が自費出版する例も増えているといいます。なぜいま広がっているのか。その背景を取材しました。

都内に誕生“日記本”の専門書店

去年(2020年)4月、都内にオープンした一軒の書店。並ぶのは、すべて「日記」です。時代や、国の内外を問わず、日記の形で書かれた本を専門に扱っています。店内には、直接店に持ち込まれた本を扱うコーナーもあります。最近、一般の人からの自費出版の持ち込みが増えているといいます。お店があるのは、「若者の街」として知られる下北沢。店内は、20・30代の若者たちで連日にぎわっています。“日記本”の魅力について、尋ねると「何かリアルというか、親近感がわきやすい。」「人の日常みたいなのがすごい、自分とかぶる。」などの回答がありました。

書店の店主 内沼晋太郎さん
「日記というものが見直されているみたいなところは少し感じている。(コロナ禍に)翻弄されて生きていくことに、みんなちょっと疲れてきてしまっているようなところはあって、足元を見つめるというか、自分がこういうふうに感じているということを確認しているところがある。」

日記を通して伝えたい思い

コロナ禍で広がる“日記本”。その先駆けとなった本があります。去年4月に自費出版された「個人的な三月 コロナジャーナル」です。社会の混乱と、それに戸惑う様子が記録された本は、発売3日間で完売。自費出版としては異例の2,000部を売り上げました。著者は、植本一子さん(36歳)。都内で写真家として活動してきましたが、コロナ禍で写真集のイベントや撮影の中止が相次ぎました。3年前、夫と死別し、2人の娘と暮らしてきた植本さんにとって、経験のない状況に募る不安を吐き出す先は、12年前から続けている日記だったといいます。

“2020年3月5日 木曜 曇り
朝ツイッターを見ていたら「#フリーランス悲鳴」というハッシュタグが話題になっている。思わずリツイート。今の時代の自己責任の雰囲気の強さには、自由の権化だと思っている私でさえ怯えている。大阪のトークイベントを中止したのも、何かあったときに無責任でいられないと思ったのもある。自分は間違っていないと思っていても、何かに逆らって生きるのは疲れる。”

(植本一子「個人的な三月 コロナジャーナル」より)

いま感じている不安や違和感は、どんなものなのか。植本さんは言葉と向き合い続けました。見えてきたのは、大事な人たちの存在。その事が、日記の内容に変化を及ぼします。

“2020年3月15日 日曜 晴
昨日からの気圧の差のせいか、さっきから頭痛がする。バファリンを飲んでヨコになった。きょうは夕飯もミツ(パートナー)が作ってくれることになっている。タ方、頭痛も治り、ミツに誘われて下の娘も一緒にスーパーに出かける。大きな声で三人でしりとり、風は春、こういう時間が一番幸せかもしれない。”

(植本一子「個人的な三月 コロナジャーナル」より)

“2020年3月27日 金曜 曇り
「魔女の宅急便」を見ながら大量の生地で延々たこ焼き。サヌキくん(友人)によれば、四月二日までの三週間は週末の外出自粛が続くらしい。今週の土日だけだと思っていた私はびっくりしたものの、まあそりゃそうか、とも思う。そんなに簡単に結果が出るはずがない。土日の撮影の予定はこれから組み直そう。もう、これまでと同じようには生きられないんだ。そう考えると、震災の時にも感じた気持ちをふと思い出した。(中略)子どもたちは久々に私とミツ以外の大人と遊べて楽しかっただろう。カードゲームもたくさんした。”

(植本一子「個人的な三月 コロナジャーナル」より)

自身のために書き始めた日記を、なぜ公表しようと思ったのか。SNSが当たり前にある、この時代に、なぜあえて“日記本”を選んだのか。あらためて植本さんにきいてみました。

植本一子さん
「(緊急事態宣言が出された2020年4月当時は)SNSは、とにかく強い言葉であふれてたし、みんなの不安がまん延してて、ちょっとでもつつくと破裂しちゃうんじゃないかみたいな。(たとえば、外出自粛をめぐっても)東京の人、来てほしくないみたいな雰囲気がある、っていうのを、割とがっつりSNSで発信していて、あ、なんかそういう事言えちゃうんだなあって思ったのはきついな、と思いましたね。(SNS以外の媒体で)『私もそうだよ』って言ってくれる人を見つけたかった、探してたみたいなところがあって、『私はこういう気持ちですよ』って。うまく言えないけど。」

“私もそうだよ” 広がる共感

植本さんの日記に、背中を押された人がいます。広島市に住む柚木藍子さん(38歳)です。友人と会って話す事もできないなか、自分の行動や考え方は正しいのか、考えることが増えたといいます。そんな時、手に取ったのが、植本さんの日記でした。柚木さんが、印象深いと挙げてくれたのは、植本さんの2020年3月25日の日記です。自宅で過ごす時問が多い中、知らず知らず負担が増える家事について書かれた部分に、共感したといいます。

“2020年3月25日 水曜 晴
午前中は事務所でこまごまとした仕事。いつも行く下北の写真屋さんへ、ここ数か月分の現像を一気に出す。フィルムー六本、約五七六枚。この日記は三月で一旦書き終わることにして、ーケ月分の日記を自費出版で売ろうと思っている。(中略)昼過ぎに家に戻り、冷蔵庫にあった材料で肉うどんを作る。(中略)食べてから原稿書き、昼寝。起きたらもう夕飯の時間。子どもたちが休校に入ってもうすぐ一ヶ月になるが、常にご飯を作っている気がする。”
(植本一子「個人的な三月 コロナジャーナル」より)

柚木藍子さん
「日記だと、自分はこの日どうだったっけ、とかそういうふうに戻りながら考えられるので、自分がモヤモヤしていたことと、全く同じ事が書いてあったりして、同じ様に思っている人がいるということを知るだけで、すっと気持ちが楽になりますね。」

不安を感じたり戸惑ったりすることも多いいまだからこそ、日々記録しておくことの意味が大きくなっているのではないでしょうか。飾らない素の感情で書かれる日記だからこそ、共感できる部分が多いのかもしれないと感じました。

取材:鈴木俊太郎(NHK広島)

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