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2020年10月6日(火)

障害者殺傷事件の被害者 自立へ

4年前(2016年)、神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた障害者殺傷事件。入所者19人が殺害され、職員を含む26人が重軽傷を負いました。やまゆり園では今、施設の建て替え工事が進められ、来年(2021年)に控えた完成を前におよそ120人の入所者は施設に戻るのか、新たな住まいを探すのか、選択を迫られています。そうした中、被害者の一人、尾野一矢さん(47)が踏み出した新たな生活を取材しました。

<この記事のポイント>
◆津久井やまゆり園で起きた障害者殺傷事件。入所者19人が殺害され、職員を含む26人が重軽傷を負いました。
◆事件から4年がたち、やまゆり園では今、施設の建て替え工事をしています。来年に控えた完成を前におよそ120人の入所者は施設に戻るのか、新たな住まいを探すのか、選択を迫られています。
◆そうした中、被害者の一人、尾野一矢さんはヘルパーの支援を受けながら一人暮らしを始めています。
◆施設とは違い、食べるものや買いたいものを自分の意思で選ぶことができます。こうした暮らしは尾野さんにこれまでにない変化をもたらしています。

やまゆり園を退所して一人暮らしへ

4年前の事件で腹部や首を刺され、重傷を負った尾野一矢さん。9月にやまゆり園を退所して、アパートで初めての一人暮らしをしています。尾野さんは重度の知的障害と自閉症があるため、常にヘルパーが寄り添い、意思を確認しながら支援にあたっています。

尾野さんのヘルパー
「いまはもうここが一矢んちにしたの、自分の家にしたと言って何度も確かめるようになりました。」

やまゆり園では現在、施設の建て替え工事が進められています。施設の完成を来年に控え、およそ120人の入所者は施設に戻るのか、新たな住まいを探すのか選択を迫られています。

自立した暮らしが送れることに気づいた両親

尾野さんが、施設に戻らず、一人暮らしを選んだのはなぜか。
父親の尾野剛志さんと、母親のチキ子さんです。

尾野さんは10歳を過ぎたころから、自傷行為などがひどくなり、自宅で育てることが難しくなったため障害児の施設に入所。そこで、施設の職員から自宅に戻ることは難しいと告げられました。

父 剛志さん
「一矢は障害が重たいよっていうふうに言われて、だから一生施設暮らしをすることを、お父さんお母さんも覚悟しなさいって言われて、本当にショックでしたよね。」

やまゆり園で20年以上暮らした息子は、施設しか生きる場所がないと思っていた両親。転機は、あるドキュメンタリー映画との出会いでした。去年(2019年)公開された『道草』。重い知的障害がある人たちが、地域で一人暮らしをする様子が描かれています。自由に散歩や買い物に出かける、自立した地域での暮らし。こうした生活を可能にしていたのが「重度訪問介護」。重い障害のある人でも長時間ヘルパーが付き添い、家事援助や身体介護、移動支援などさまざまなサポートを受けながら日常生活を送ることができる制度です。

父 剛志さん
「えっ、そんなのあるのって本当にガツンという衝撃を受けました。それは普通の生活、暮らしだよねって。重度の知的障害があっても、していいじゃないと思ったんです。」

人と関わりながら作る“その人らしい暮らし”

およそ1か月の体験期間を経て始まった、尾野さんの一人暮らし。施設とは違い、食べるものも自分の意思で選ぶことができます。この日の昼食は尾野さんの大好きなカレーをヘルパーが作りました。

尾野さん
「カレー。」

尾野さんのヘルパー
「カレー食べる?おかわりする?」

尾野さん
「する。」

尾野さんがいま何を望んでいるのか。ヘルパーがやりとりを重ねながら、気持ちをくみ取っていきます。こうした一人暮らしは尾野さんにこれまでにない変化をもたらしています。

尾野さんのヘルパー(スーパーで)
「かんちゃん(尾野さん)、納豆とか食べる?」

尾野さん
「納豆やめとく!」

尾野さんのヘルパー
「わかった、じゃあやめとこう。」

自分の思いを受け止めてもらい、やりたいことを実現できる。そうした経験を積み重ね、尾野さんらしい暮らしをヘルパーとともに作ろうとしています。

尾野さんのヘルパー
「表情がね、どんどん豊かになってくる。やっぱり会ったころと比べたらずいぶん表情豊かになったし、自分をどんどん出してくる感じがある。」

事件から4年。新しい一歩を踏み出した尾野さん。地域での自立した暮らしが人生に豊かさをもたらしています。

母 チキ子さん
「なんかもう信じられない気持ち。うれしいけど、悔しかったね。もっと早くなんでこの制度に気付かなかったんだろうって。でもまあいまからでも遅くないから、やれることだけはしっかりやって支えたいと思っています。」

取材を振り返って 中野淳アナ

4年前の事件で重傷を負った尾野さんが、アパート生活に踏み出してから表情が豊かになり、「自分の家」と話すまで生き生きとしている姿に驚きました。尾野さんが何を望んでいるのか、本人の「意思」は関わることで見えてくるものだと気付かされました。私自身も、取材中に尾野さんが大声を出したことがあって最初怒っているのかと思ったのですが、実はうれしくて興奮していたんだとわかった瞬間がありました。尾野さんの姿は重度の知的障害のある人と「ともに生きる」ことの意味を問いかけていると感じます。
一方で、尾野さんのように地域で一人暮らしをしている人は珍しいケースです。やまゆり園の入所者も、およそ120人のうち、ほとんどの家族は施設に戻ることを希望していて、施設以外を希望しているのは10人程度に留まります。尾野さんが利用している「重度訪問介護」という国の制度は6年前に知的障害の人も使えるようになったばかりで、ヘルパーを確保することも難しく全国的に広まっていないのが現状です。こうした選択肢を知らない家族も多く、社会がさまざまな暮らしの選択肢を用意し、本人が望む生活を選べるようにすることが求められていると思います。

重度の障害のある人の暮らしの場をどう支えていけばいいのか。「ハートネットTV 相模原事件から4年 “パーソナル”な暮らしをつくる」の記事もご覧ください。

【特集】相模原事件から4年(1)“パーソナル”な暮らしをつくる

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