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2020年8月5日(水)

原爆開発の中で 医師が見たものは

広島に原爆が投下されてから、2020年8月6日で75年。第2次世界大戦中に原爆を開発したいわゆる「マンハッタン計画」には多くの科学者が関わっていましたが、被爆の調査をした医師もいました。その医師の資料や手記をまとめた本がアメリカの現地時間8月6日に出版されました。NHKは今回、出版前のこの本を独自に入手。本をひもとくと、技術革新が続く現代社会にあって、その技術と私たちはどう向き合えばよいのかという現代にも繋がる教訓が見えてきました。

◆広島に原爆が投下されてから8月6日で75年。第2次世界大戦中に原爆を開発したいわゆる「マンハッタン計画」に被爆の調査などで関わった医師の資料や手記をまとめた本がアメリカの現地時間8月6日に出版されました。
◆本で主に描かれるのは産婦人科医のジェームズ・F・ノーラン医師。放射線によるがん治療の研究を行っていた経験もあったことで計画に参加。
◆著者はノーラン医師の孫で社会学者のジェームズさん。人類を滅亡させることが出来る核という当時の最新技術。その威力を目の当たりにした祖父の足跡をたどれば、技術革新が続く現代社会にも通じる教訓を見つけられるのではないかと考え、研究を始めました。
◆祖父ノーラン医師の生涯を研究して感じたのは、人類を滅ぼしかねない技術に、私たちは、どう向きあうべきなのかという、現代の私たちに問いかけるテーマでした。

祖父が残した資料を見つけたことで研究を始めたジェームズさん

およそ300ページにわたって、マンハッタン計画に関わった複数の医師の証言を集めたこの本。中心人物として描かれているのは、産婦人科医のジェームズ・F・ノーラン医師。放射線によるがん治療の研究を行っていた経験もあったことで、27歳のとき、「マンハッタン計画」に参加。その後、一貫して、医師の立場から、放射線の人体による影響を調べてきたエキスパートです。

本を執筆したのは、ノーラン医師の孫であるジェームズさん。きっかけは8年前、父の遺品から祖父が残したマンハッタン計画に関する資料を見つけたことでした。

ジェームズさん
「父からは何も聞いていなかったんです。資料を詳しく調べると原爆の歴史をひもとく、重要な情報であることがわかりました。」

ジェームズさんは、社会学の教授として、現代社会と科学技術の関係を長年、研究しています。人類を滅亡させることが出来る核という当時の最新技術。その威力を目の当たりにした祖父の足跡をたどれば、技術革新が続く現代社会にも通じる教訓を見つけられるのではないかと考えました。

ジェームズさん
「祖父の役割に関する個人的な興味だけでなく、技術が人類社会にどう役割を果たすのか、学者としても研究したいという思いがありました。」

早い時期から放射線の危険性に気付き、行動を始めていたノーラン医師

ジェームズさんがまず驚いたのは、ノーラン医師が、原爆投下前という早い段階から、人体に及ぼす放射線の危険性に気がついていたことです。原爆投下、1か月前、アメリカで行われた世界初の核実験。

実験前、ノーラン医師は付近の住民たちに放射線の危険が及ぶとして、避難計画を、マンハッタン計画の最高責任者、陸軍のグローブス将軍に進言します。ノーラン医師が、これほど早く、その危険性を察知していたのは、ある放射線事故の経験があります。この進言の2週間前、マンハッタン計画が行われたロスアラモス研究所付近で放射線事故が発生し、少なくとも3名が高レベルの放射線をあび被爆しました。患者を診察したノーランら医師たち。その時、患者が述べた症状の報告が残されています。

“独特の臭いや味に気づいた。”

“彼らの体の奥深くにあるチクチクする感覚に気づいた。”

しかし、計画の最高責任者グローブス将軍は、この進言を聞き入れませんでした。

ジェームズさん
「グローブス将軍が気にしていたのは、秘密裏に爆弾を製造することでした。放射線の危険性については考えていなかったと祖父は書いています。」

原爆投下後、被爆した人たちと出会うノーラン医師

その後、アメリカ軍は、原爆を投下する計画を着々と進めていきます。ノーラン医師は、原爆を北マリアナ諸島のテニアン島に運ぶ極秘任務を任せられます。そして、(1945年)8月6日、広島に原爆投下。ノーラン医師が、実験当時、進言した、放射線による被曝の危険性はほとんど考慮されませんでした。

1か月後、ノーラン医師は原爆の威力を知るため、アメリカ軍調査団の一員として広島に入ります。しかし、ノーラン医師が残した手記には、いつ広島に入ったかなどの事実だけしか書いておらず、広島で見た惨状の記述はなかったと言います。後に、親族に広島の経験を話すよう促されたノーラン医師。その時にもらした、たった一言が、本には記されています。

“それは想像もつかないような惨状だった。”

当時の最新技術で生み出された原爆による放射線の威力。それを目の当たりにしたノーラン医師はどんな思いだったのか。

ジェームズさん
「祖父は、自問自答したと思います。自分は、人類にとってよい貢献をしたのか。それとも、破壊的な貢献だったのか。」

ノーラン医師の半生が今に伝えるメッセージとは

ノーラン医師の半生を通じて戦争とは何か、それを考える授業が広島大学の医学部で行われています。

広島の医学資料を研究している久保田明子さんです。医学史の授業で、ノーラン医師について教えています。

久保田明子さん
「人の命を救うという誓いを立てたお医者さんが大量殺戮、しかも民間人を殺す兵器の心臓部のウランを、持ってくっていう矛盾をどう感じますかと。医学を志す者としてどう考えますかっていうのは、考えていってほしい。単純に、原爆を落とした嫌なアメリカで悪い人間って、簡単に結論をしないでほしい。」

本を執筆したジェームズさん。祖父ノーラン医師の生涯を研究して感じたのは、人類を滅ぼしかねない技術に、私たちは、どう向きあうべきなのかという、現代の私たちに問いかけるテーマでした。

ジェームズさん
「人工知能、ナノテクノロジー、遺伝子研究などの技術が、独り歩きするかもしれません。もしそれが人類にとって害のある技術だと分かったときは、私たちはそれにノーと言わなければならないのです。」

取材:麓直弥ディレクター

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