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2020年7月20日(月)

よみがえる “海の貴婦人”

相模湾に今年(2020年)、あるヨットが3年ぶりに戻って来ました。帆を広げた姿の美しさから“海の貴婦人”とも呼ばれる帆船・シナーラです。建造から90年以上たったビンテージ・ヨットで、すべて木で作られています。世界的にも貴重なものです。老朽化が進み、かつては、もとの姿を取り戻すことは難しいと言われてきましたが、3年前から修復作業が続けられてきました。所有する日本の企業が、東京オリンピックのセーリング競技が行われる会場でのお披露目を目指し、作業を進めてきたのです。シナーラに、かつての雄姿を取り戻すことで、“復興五輪”の一翼を担いたいと始まった修復プロジェクト。その舞台裏を取材しました。

復活を果たした“動くミュージアム”


今年3月、神奈川県三浦市にあるヨット・ハーバーで、修復作業を終えたシナーラが、3年ぶりに海の上に戻されました。船体は、全長およそ30メートル。総重量73トン。外装やデッキばかりでなく、ロープが結ばれた滑車や舵など細部にいたるまで、すべて木で作られています。国内に現存する数少ないビンテージ・ヨットの1つです。ヨット・ハーバーで行われた進水式には、船の修復を祝おうと、多くのヨット関係者が訪れていました。

日本セーリング連盟 河野博文会長
「だんだん帆船が世界中から減っていく中で、シナーラが修復されたことは、非常に貴重なことです。大変美しい姿でよみがえっているということは、日本のセーラーにとってですね、大変な励みになりますね。」

シナーラが作られたのは、1927年です。イギリス王室のヨット建造を請け負っていた造船所が、「世界で最高のヨットを作る」という信念のもと、10年以上かけて完成させました。欧州の富豪やヨット愛好家たちの手を経て、日本の企業がオーナーとなったのは1970年代。その後、シナーラは全国のヨット・イベントに出展。世界を周遊する様子が、26回にわたって全国でテレビ放送されたことから、広く知られる存在となりました。このシナーラを、19年前に引き継いだリゾート運営会社の代表・渡邊曻さんは、次の世代にこの船を残したいと、大規模な修復を決断しました。

リビエラホールディングス 渡邊曻代表
「歴史そのものを背負った船ですから、価値がある。動くミュージアムだと私は思っているんですけれども。若い人たちが、多様な文化や歴史を学ぶ1つの材料になればいいと考えています。」

技術の粋を集めた修復作業

船の修復は、2017年、三浦市のヨット・バーバーにつくられた特設ドックで始まりました。最初の作業は、船の部材を1つ1つ取り外していく、船の解体。建造当時の木材を生かして、船を再生させるためです。日本国内では、前代未聞の修復プロジェクト。ヨット建造の本場・ヨーロッパなどから、総勢50人の職人たちが集められました。


のみや木槌の音が響く作業現場。職人たちは、それぞれ、古い木材の加工に取り組んでいます。元の部材として、多く使われていたのは、手に入れるのが難しいミャンマー産の高級木材です。職人たちは、傷んだ部分だけを取り除き、同じ種類の木材で埋め直しています。修復作業のリーダーは、イギリス出身のポール・ハーヴィーさん。造船に携わって30年のべテランです。どれだけオリジナルの木材を残せるか、その見極めに多くの時間を費やしたと、ハーヴィーさんは言います。

船大工 ポール・ハーヴィーさん
「この船はヨットの黄金期に生まれました。造船技術の絶頂期にあって最高のものです。私たちが心血を注いだのは、船をよみがえらせることだけでなく、もとのデザインをどれだけ尊重できるかということでした。」

“発見された”建造当時の設計図

建造当時の姿を忠実に再現したいと考えるハーヴィーさん。その前に立ちはだかったのは、90年の月日でした。たび重なる航海を経て、船の部材は変形し、腐食によって原形を留めていない部分もあったからです。開始当初は、手探りの状態だったという修復作業が大きく前進したのは、ある図面の発見がきっかけでした。ないと思われていた建造当時の設計図が、ロンドンにある国立海洋博物館の所蔵品の中から発見されたのです。この図面が修復作業を進める職人たちにとって、大事な“コンパス”になったとハーヴィーさんは言います。


船大工 ポール・ハーヴィーさん
「見つかった図面から、船の形状やものの配置、個々のパーツの細かい部分まで、設計当時の姿を知ることができます。かなりの頻度で何度もこの図面を見直していますが、見るたびに新たな発見がありますね。」

日本に伝承されるヨット修復の技

修復作業には、多くの日本人も参加しています。ヨーロッパの技術を吸収するためです。内装を担当するのは、家具職人の橋本真弥さん、25歳。タンス作りで名高い広島県の府中市から参加しました。取材に訪れた日、橋本さんは、船体にとりつける板の調整を繰り返していました。船の船体には、いたるところにカーブがついています。そのカーブに合うよう、カンナで板を削っているのです。その調整はすべて“ゲンブツアワセ”。難しい作業にも、橋本さんは笑顔で取り組んでいました。
航海中の船には前後左右さまざまな方向から、いろんな力が加わるため、細工の仕方にも工夫が必要です。細工には、特殊な道具も使われます。橋本さんにとっては、初体験の仕事ばかりですが、だからこそ得られるものは大きいと感じているそうです。

家具職人 橋本真弥さん
「普通の家具だと、ほとんどが直角なんですけれども船の場合は、いろんなところに角度がついているんで、なかなか簡単にとりつけられないんです。難しい作業ですが、いままでやったことがないことばかりなんで面白い。毎日楽しみながら、作業していますね。」

相模湾に戻った”海の貴婦人”

5月末、修復を終えたシナーラの、初めての帆走テストが行われました。舞台は、東京オリンピック・セーリング競技の会場となる相模湾です。マストに帆が張られると、真っ青な海面に白い波をたてながら、シナーラは勢いよく走り始めました。
さまざまな荒波を越えて、よみがえった“海の貴婦人”。新型コロナウイルスの影響で、外国から来た職人が作業半ばで帰国したり、資材の輸入が止まるトラブルもあったそうです。そんな中、日本に残った職人たちが、国内で新たな資材を探し出し、工法を工夫することで、この日のテスト帆走に、こぎ着けることができたということでした。帆走するシナーラを見守っていたハーヴィーさんに心境をたずねると、真っ先に返ってきたのは、仲間たちに対する感謝の言葉でした。このチームでなければ、修復は成し遂げられなかったといいます。

船大工 ポール・ハーヴィーさん
「この仲間たちと出会えて、私はハッピーです。イギリスで生まれた、このヨットがはるか日本に渡り、いまや日本の文化の1つになろうとしていることを誇りに思います。今後100年、シナーラが航海できると期待しています。そのすばらしいスタートが切れたと思います。」

シナーラは今後もテスト帆走を重ね、来年(2021年)のオリンピックに向けて準備を進めていくということです。2021年の7月には、セーリング競技に挑むアスリートの活躍とともに、相模湾に浮かぶシナーラの姿も話題になりそうです。

取材:田邊幸ディレクター

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