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2020年7月2日(木)

「日本にも人種差別」語り始めた若者たち 米抗議デモ受けて

アメリカから世界に広がっている人種差別への抗議デモを受け、親がアフリカ出身など、アフリカにルーツを持つ日本の若者たちがみずからの思いを発信し始めています。6月末に開かれたオンライン集会では、参加者たちが日本でも外見などを理由に、差別を受けてきた体験を口にしました。

「今まで話せなかった」アフリカにルーツを持つ若者たち

オンライン集会を主催したのは、アフリカにルーツを持つ若者を中心に結成されたアフリカンユースミートアップという団体です。自分たちの思いを広く知ってほしいと、集会は一般に向けて公開され、全国から86人が参加しました。参加者たちはいじめを受けた体験などを語り合いました。

オンライン集会参加者
「ずっとバスケをやってきていて『茶色い人のマークについて』や、『あの人黒人なのに全然うまくない』と言われて。」

オンライン集会参加者
「髪の毛や肌の色を冷やかされることが多くて、だんだんといじめのようになっていってしまいました。」

参加者の1人、コンゴ民主共和国の父と日本人の母を持つ、あやかブランディーさん(23)は、生後2か月から日本で育ちました。周りの何気ない言葉に傷つき、悩んできたと言います。

あやかブランディーさん
「『何でこんな子ここにいるの』と言われて、直接的な黒人という言葉はなかったんですけど、かなりその言葉にショックを受けた記憶があります。」

たどりついた思い“自分の肌の色は尊い”

あやかさんが肌の色を強く意識したのは、小学2年生。自分の絵を描いたときに言われたひと言でした。

あやかブランディーさん
「小学2年生までは肌色で描いていて、クラスの男の子に『あやか肌色じゃなくね』って言われて。そこでかなり深く自覚したというか。」

※肌色:クレヨンなどで使われていた色の名称。見直されて「うすだいだい」などになった

転校を機に、嫌がらせを受けるようになったというあやかさん。学校でも、就職した会社でも、周りに人一倍気を使い、とけ込もうとしたと言います。しかし去年(2019年)、仕事の悩みも重なって、うつ病を患いました。

あやかブランディーさん
「日本人らしくなるべくしなきゃと思っていました。なるべく目立たないようにしなきゃとか。見た目もそうだから変なふうに捉えられるんじゃないかって変な恐怖心を持っていました。」

そんなあやかさんを変えたのは、心配した友人からの「大切なのはあなた自身が幸せなこと」という言葉でした。あやかさんは周囲の目を気にして自分を押し殺していた人生を見つめ直したといいます。勤めていたIT会社を辞め、夢だったデザイナーに挑戦しました。題材の1つは、自分自身です。コンプレックスを抱えていたありのままの自分の姿を作品にして、個展やSNSなどで発表するようになりました。

「日本にも差別はある」子どもたちが苦しまないために

人種差別の問題に対して、いま自分たちに何ができるのか。オンライン集会であやかさんは、みずからの経験を踏まえて呼びかけました。

あやかブランディーさん
「本当に自分の肌の色は尊くて、自分が傷ついてきた歴史は誰にも変えられない。こういった経験があるからこそ、私たちにできるアクションはあると思うので、みんなで力を合わせて頑張っていきたいって私はすごく思ってます。」

オンライン集会の参加者たちは、差別や偏見のない社会を目指し、声を積極的にあげ続けていくことを誓い合いました。あやかさんも、自分と同じような思いをする子どもがいなくなるよう、アクションを続けていきたいと考えています。

あやかブランディーさん
「日本に差別はないって思っている人もいると思うんですけど、それは近くにそういう人がいなかったりとか、関わらなかったりしてるから、そうなのかなって私は思うんですよね。差別をゼロにするのは本当に難しいことだと思うんですけど、少しずつでもいいから一人一人の意識を変えていける自分でありたいなって私は思います。」

取材:加藤麗ディレクター、田村銀河記者

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